エキドナ登場
しばらくして、ユミが落ち着いたところで話を再開した。
『知らせにあった転送ゲートじゃが、こちらではだいぶ前に機能停止を確認しておる。
ただ向こう側がわからず困っていたが、ユウの連絡で裏付けがとれた感じじゃな』
「そうですか、ありがとうございます」
どうやら異世界勢も動いてくれていたようだ。
「エキドナ様、他にゲートが作られてる可能性ってありますかね?」
『作りかけがあったが破壊した。他にはなさそうじゃな』
「そうですか」
そりゃ不幸中の幸いだ。
『で、やはり石廊崎周辺に拠点をかまえるつもりかえ?』
「あ、はい、そのつもりで……なんで地名まで知ってるんです?」
しかも発音、完璧じゃん。
『わらわの方にも独自の諜報網があるからのう。
それよりそなた、手足を奪われた娘を保護しておるのじゃな?』
「あ、はい……なんかマジで情報早くないです?」
ちょっと不気味なレベルだぞ、さすがに。
『その娘が真に生き延びる事を望むなら、わらわが出向いて再生してやってもよいぞ。
マオ、そこにマオはおるか?』
「いる」
ふと気づくと、マオが俺の横にいた。
『その娘に、魔獣となっても生きるつもりはあるかと確認してみよ。できるかえ?』
「わかった。今、確認する」
『うむ』
「って、なんでエキドナ様がマオに?」
普通に命令してるんだ?
俺が首をかしげると、エキドナ様は笑った。
『マオはそなたと別れ、わらわが再生して以来、十年近くに渡りわらわの元におったからのう。
そなたから見ると妹弟子という事になるが、師事した時間はそなたより長いぞえ?』
「マジすか」
おー、マオに抜かれたのか俺。
そんなことを考えていたら、ちょっと席を外していたマオが戻ってきた。
「確認してきた」
「はやっ!つーか起きてないだろ!」
「夢見てた。割り込んで本音を聞いてきた」
……おい、個人の夢に割り込めるのかおまえ。そんな能力いつの間に。
「エキドナ様」
『なんじゃ?』
「なんかマオ、妙な方向に力が伸びてません?」
見ている夢に入り込むなんて、俺だってできないぞ。
『そもそも魔とは、生きとし生けるものの心そのものでもある。成長に個人差や個性があるのはあたりまえじゃ。
特にマオは何かに潜入するような力に長けておるからのう。
してマオや。当人の希望はどうじゃったかのう?』
「生きたいって」
『魔獣になるなら何がいいと?』
「狼か犬がいいって」
『ほほう、そうかそうか。わかったぞえ』
む?
『ユウよ』
「はい」
『そこは拠点候補地ではないのであろ?すぐに移動するがよい。
現地には、できるだけ広い場所を確保しておくれ。
そして、改めてもう一度連絡してくるのじゃ、よいな?』
「あ、はい。わかりました」
それだけ言い残すと、エキドナ様の通信は切れた。
「よし、移動するぞ」
「うん」
「わ、わかりました」
なんだユミ、まだ少し硬くなってるな。
あとでゆっくり話をしてみるかな。
手足のない女の子を、万が一にもケガしないよう布でくるんで車に乗せた。
くるんでいる最中、思わず触ってしまったおっぱいの感触にときめいていたら、邪魔だとマオに追い払われた。
そして俺抜きで車の後部座席に彼女を積み込んだ。
「わたしが隣に」
「よろしく」
この車の後部座席は商用タイプで、ヘッドレストなどがついてない。本来、それは荷物を積む時にきれいに畳むためにそうなっているものだ。
で、それの何が問題かというと、意識がない状態で後ろに乗ると、首が固定できない事だ。
これって最悪、ムチウチってやつになるぞ。
ユミが膝枕をしていくらしい……うむ、ちょっとうらやましいかな。
「ユー」
「わかってる」
俺も車に乗り込み、エンジンをかけた。
伊豆半島最南端、石廊崎には集落といくつかの施設がある。
ビジターセンターや消防団の詰め所、灯台などがあるが、あいにく石廊崎とそれにつながる土地は高台になっていて、吹きさらしっぽい地形なので俺は候補に入れなかった。
代わりに選んだのは、その東側にある石廊崎漁港。
このあたりは毎年秋になると伊勢海老の水揚げがあり、知る人ぞ知る有名なポイントだ。もしゾンビ騒ぎがなければ、そうした賑わいを体験することもできたかもしれない。
だが今、石廊崎漁港はひっそりと静まり返っている。
当然だ。
肝心の漁民の皆さんも、伊勢エビが目当ての観光客も、今は誰もいないのだから。
漁港を見張るように佇んでいたゾンビを燃やし、途中の細道をカンタンなバリケードでふさいだ。
大きな駐車場と漁港はその細道だけでつながっているので、それだけできれいに切り離された。
あまり多くないゾンビたちは、こっちに入ってくる事はなくなる……俺たちの誰かが直接見つけられ、追われたりしない限りは。
「ここ狭くない?」
「ああ狭い、悪いけど、まわりの林を少し切り開かせてもらおう。
精霊たち、ごめん頼む」
『いいよー』
『やるよー』
できるだけ自然の地形を変えるべきではないから、海から遠い方──町に近い方で、なおかつ波止場から離れているところを切り開く事にする。
土が流れそうなところには精霊に頼み、下草や芝生で覆ってもらう。
よし、これで土砂が流れにくくなるはずだ。
「はぁ……精霊使いですねえ」
「ん?そうか?」
気がつくと、ユミが後ろに来ていた。
「こんなの普通に魔法でやったら、どんな大魔法使いでも一発でぶっ倒れますよ?
前世でよく、大規模工事には精霊使いって聞きましたけど、これ見たらホントにそう思います」
「……そこは得手不得手ってヤツだろ。逆に細かい仕事になったら、精霊使いは燃費最悪だぞ」
「ですねえ」
いちいち精霊にたのんで間接的にやってもらうってのは、そういう事。
さて。
森を切り開き、木を切り倒し、丁寧に整地。場所によっては草木で覆って土砂も流れないように。
「ずいぶん丁寧にするんですね」
「ここ漁港だからね。海に土砂を流し込むわけにゃいかんでしょ」
土砂が海に入ると、漁獲に大きな影響を与えるからな。
「……」
「なんだ?」
「もう漁民なんて残ってないのに、そこまで気にするんですか?」
「なくてもだよ。勝手に使わせてもらうんだ、最低限の礼儀は通さないとね」
「……」
「なに?」
「ユウさんて勇者様むきの性格ですよね。ま、だからこそ召喚されたって事でしょうか」
「ははは、ないない。勇者なんてガラじゃないさ」
「そうですか?」
「だって俺、お城なんて四時間といなかったんだぜ?精霊に頼んで速攻逃げちゃったよ」
「あはは」
勇者向きの性格ね。
ちょっと誇張しているだろうユミの褒め言葉を笑って流すと、俺は周囲を確認した。
「よし、こんなもんかな」
北側にある観光向けの駐車場にはちょっと負けてしまうが、100平方メーターほどのフラットな土地を生み出した。もちろんゾンビが来たら困るから、伐採で出た木材で外との境界にはカンタンなバリケードも作った。
よし、これでいいだろう。
そろそろ精霊に頼もう。
「みんな、エキドナ様に連絡してくれ」
『わかったー』
『いいよー……その場から動くなって』
「へいへい。ユミ、そろそろ危ないから向こうへ下がって」
「あ、はい」
しばらく待っていると、急に空気がグッと重くなった気がした。
周囲に風がふきはじめ、膨大な魔素が満ちていく。
──くる!!
「うおっと!」
もう飛び退いても大丈夫だろ。
俺が下がった瞬間、切り開いた土地のど真ん中に半径40mはある巨大で輝く魔法陣が広がった。
それはこの世界にない、向こうの世界の古代文字やら、あとは俺にもさっぱりわからない、どこぞの異郷の言語と思われる記述などがたくさん入っている。
「──!!」
出現してくる巨大な質量に、背後にきていたユミがペタンと座り込んだ。たぶん腰が抜けたのだろう。
車のドア音がした。女の子についていたマオが外に出てきたようだ。
そして。
空中から、ゆらりと影のように現れたのは、まさに怪獣サイズの巨大な蛇だった。
その蛇は、これまた巨大な人間の、女の上半身をつけていた。おまけに女の背中からは巨大な翼が生えているという、どこからどうみてもRPGのラスボスをリアルで見るような大迫力の存在だった。
ははは……。
このサイズ、この迫力。
石廊崎漁港の風景が、怪獣映画のミニチュアセットみたいに見えてしまいそうなこの威容。
ああ、うん。あいかわらずだな。
なんか背後でアンモニア臭が漂い出したが、知らんぷりしよう。顔も向けないぞ絶対。
「お疲れ様です、エキドナ様!」
「うむ、直接は久しいのうユウ、それとマオよ。仲良くは──しておるようじゃな」
巨大な翼蛇女は、マオをひとめ見て、そして俺を見て楽しげに笑った。
「な、なんのことですかね?」
「ふふふ、魔獣や幻獣のことで、このわらわにわからぬ事などありはせぬ。
ちゃんと番になっておるようではないか。ん?」
「……」
なんでこの巨体でこの人、こんなおばちゃんみたいな顔で笑うかな?
いやま、昔からそうなんだけどさ。




