めったに怒らないやつが怒ると大惨事になるよね?
戦乱などで一般人に危害を加える種類の残酷・残虐な描写があります。
苦手な方は次回までスキップされる事を強くおすすめします。
進行方向の向こうには、下田の市街があるはずだった。
なのに、そちらの方の精霊たちが妙に騒がしい。なんだか嫌な感じに。
それでマオに確認を頼んだんだけど。
「ユー、車とめて!」
「おう!」
とっさに、道の脇にある空き地に車をいれ、止めた。
「どうだった?」
「なにかおかしい──てんいもんがある?」
「な!?」
俺は絶句した。
「まて、転移門が下田にあるってのか?マジでか?」
「……」
いや、落ち着け俺。マオがくだらない冗談など言うわけがないぞ。
つまり、少なくともマオにはそれが転移門と感じられたって事になる。
「マオ、確認するぞ。
そいつは確かに転移門っぽい感じなんだな?少なくとも、おまえはそう感じたんだな?」
「うん、そう」
「……マオ、よくやった!」
俺はマオの頭をなでた。
「♪」
「それと、ありがとな。すぐに車止めたのはいい判断だ」
下田の市街まで。もう10kmないはずだ。
転移門がもし本物なら、現物だけポンとあるわけがない。誰かがいるだろう。
いくら音を消してるといっても、近寄ればそいつに発見されるかもしれん。
安全対策という意味で、すぐ車を止めたマオの対応は満点だと思う。
「こんどは俺が探査する。
マオ、おまえは休憩しろ。またすぐ仕事を頼むかもしれんけど」
「わかった」
「ユミ、マオをみててくれ」
「わかりました」
ふたりの意思を確認すると、俺は精霊たちに呼びかけた。
「みんな、遠見を頼む。俺の耳目を運んでくれ」
『いいよー』
『わかったー』
遠見とは精霊術の一種で、現地の精霊の耳目を借りるものだ。まるでその場にいるように感じる事ができる。
俺の精霊術の先生、エキドナ様の得意技で、俺も不完全ながら使うことができるんだ。
でも。
「な」
現地にいる精霊目に切り替わった時、俺は絶句した。
下田の町があったはずのところは、まるで異世界のように変わっていた。
市街のあるべきところが更地になり、その周囲に膨大な瓦礫が積み上げられていた。
その更地の中心には、巨大な石造りの門──どこかギリシャ・アテネにある古い時代の門を思わせる門があった。
その周囲に陣取っているのは、この世界にいるはずのない兵隊たち。
人数は多くないが、おそらく精鋭部隊であろうはずの連中。
そして。
「っ!」
全裸の人間が鎖につながれていた。
ずいぶん小さいし遠いが人間なのはわかる。髪も黒く、おそらく日本人だろう。
◆ ◆ ◆ ◆
「たしかに転移門だ、間違いない。
しかも、それだけじゃないぞ。
誰か鎖でつながれてて、まわりにざっと百人くらいの──人間族がいる!」
「!」
「!」
待機していたマオとユミは、ユウの発した言葉に顔色を変えた。
ユウは今、精霊に感覚を預けて本体は待機状態になっているが、こちらの物音は聞けるししゃべる事もできる。
「マオ、おまえ遠隔破壊できるか?」
「できる」
「じゃあ、そこから『門』を壊せるか精霊にきいてくれ。
下田の町のあったところに転移門が作られてて──その向こうは異世界で、しかも今現在も開いてる!」
「なんですって!」
ユミも目を剥いた。
「すでに人間族も入ってきてる!今すぐ門を破壊しないと!
ここで俺が見て確認するから、今すぐ!」
「まって……ユーごめんむり!」
精霊と話そうとしたマオが首をふった。
「せーれーが近づけないって!手が出せないって!」
「なんだと?……クソ、女神の妨害か!」
女神はろくでもない存在だが、単体の力は非常に強い。
「なんか方法はないのか!」
精霊が近づけないってことは、精霊術では壊せないってことになる。
ユウはもちろんマオでさえも、精霊術の助けなく建築物の破壊なんて無理な話だった。
その時だった。
「えっと、わたしなら壊せるかもですけど?」
「え?」
あまりの予想外の反応に、ユウまで遠目の術を解いてユミを見た。
「壊せるって、どうするんだ?」
「これです。ホームセンターで拾ったんですけど」
ユミは、ひとふりのハンマーをもっていた。
「それ普通のハンマーだよな?」
「ええ、ただの鉄ハンマーですよ。ソリッドで大変重いですけどね?」
「なんでそんなもん拾ってきたのさ?重かったろう?」
「だって、こんないいハンマー見過ごせないです。乙女のたしなみですよ?」
「いやいやいや、あんたもうドワーフじゃないから!つーか、どこに隠してた?」
「乙女の秘密ですよ?」
「便利だな乙女の秘密!つーかもしかして、アイテムボックスいらなくね?」
「うふふ、まさかですよ」
ころころとかわいらしくユミは笑った……当人の頭と比べるような大きなハンマーを持って。
「扱える魔力が増えたおかげで、ドワーフ時代のスキルがいくつか使えるようになりまして。
その中に、ハンマーを一時的に強化して、本来そのハンマーでは壊せないオリハルコンやアダマンタイトを曲げたり壊したりするスキルがあるんですよ。
ま、要するにただの宴会芸ですけどね?」
「宴会芸?鉄ハンマーでオリハルコン打つのが」
「真っ当な鍛冶師なら、ちゃんとオリハルコンにはソレ用のハンマー使いますよ。わざわざ鉄でやる鍛冶師はいないです。
だから宴会芸なんですよ。わざと定石外して笑いをとるんです」
「それでウケるのっておなじドワーフだけだろ……まぁいい、それでできるんだな?」
「壊すだけなら。
ま、これでできなきゃ、あっちの世界から専門家をお呼びするしかないですけど」
そう言いつつも、自信ありげにユミは笑った。
「問題は行きと帰りです。わたしには移動技術がありませんから」
「わかった、やってみよう。短距離転送は俺がやる。
だけどユミ、たとえ破壊できなくても無理すんな、ダメならダメで、すぐにマオと逃げるんだ。いいな?」
「はい、わかりました」
ユミは真剣な顔でうなずいた。
「マオ、おまえ先に行け、おまえの現着を狙ってユミを転送する。
そんでユミが仕事したら即座に回収して逃げてくれ。
できないと判断した場合もな──できるか?」
「わかった」
「よし行け!マオ!」
「うん!」
そういうと、マオは素晴らしい速さで下田にむけて走り出した。
少しして、ユミが言った。
「あのー、転送できるなら、マオさんもいっしょに転送すればよかったんじゃ?」
「転送はまだ一度にひとりしかできないんだ。しかもすぐには連発できない。
で、気づかれずに向こうに先行して、おまえが行くまで待てるヤツなんてマオしかいないんだ」
「なるほど。で、マオさんはそのへん理解してると」
「相棒だからな。
それより、そろそろあいつが着くぞ。いいか?」
「はい、いつでもどうぞ!」
◆ ◆ ◆ ◆
見知らぬ異界に開いた転移門、そのまわりで男たちは作業中だった。
門を開いたのはいいが、異界の町のど真ん中だったのだ。しかもゾンビだけでなく、生きた住民もいたもので余計な仕事が増えてしまった。
それでも彼らは先遣隊の名に恥じぬ仕事をした。
非戦闘員のメス14匹をのぞく原住民を皆殺しにすると、ゾンビもろとも市街を破壊して片付けた。
そして、やっと落ち着いたところで天幕を張り、キャンプをこしらえたのだ。
キャンプ地落成記念に宴会もした。おいしい食べ物こそなかったが、異世界のメスは見た目よりはるかにいい味で、全員がいい思いをした。
メスどもはたくさんいたが、楽しんだあとに始末した。
これは衛生上決まっていて、衛生面や風土病対策の問題から、異郷でとらえたメスで楽しんだあとは、必ず消毒をうけて道具は始末──すなわち、使い終わったメスは殺して焼き捨てよと軍規で決まっていた。
だが、それすらも彼らは楽しめる遊びを思いついた。
すなわち、泣き叫ぶメスの手足を縛り、生きながら火をつけたのだ。
他にも焼けた鉄の靴を履かせたり、色々と手をこらして原住民が苦しみ、叫び、大小漏らしながら死んでいくさまを飲み物片手に楽しんだ。
残酷極まる殺し方であったが、これを上層部は問題にしなかった。ほかに娯楽もないし、牛馬で手足を結び走らせる『股裂き』よりは衛生的なので、まわりに延焼させないようにと注意されただけだった。
彼らは健全に娯楽を楽しみ、やるだけやって飽きたメスはすべて焼いていった。
一匹だけ、貧相な体つきで不人気だったメスが残っていたが、これは本隊がきたら脳から情報をとるという事で、かろうじて生かして残されていた。
そして作業中、その事件は起きた。
転移門はよじ登れるような構造になってなかった。
この世界によくいるらしいトリとかいう小さな羽毛ドラゴンも、門を異質なものと感じるようで近寄らなかった。
だから門の上に何かがいるのに最初、誰も気づかなかった。
気づいたのは、金属と金属がぶつかり合うような、ガキン!という大きな音。
腹まで響けと響き渡ったその音に、さすがの彼らも異常に気づいた。
「な、なんだ?」
あまりの音のでかさに、休憩中の者まで天幕から出てきた。
そして門の方を見て絶句した。
なんとドワーフらしき女が小型のハンマーのようなものを持ち、門の上でフムフムと何かを確認していたからだ。
「なるほど、たしかにコリャ硬いわね。けど強化したって石材は石材だからねえ」
そしてニヤリと笑う。
「生まれながらに地の精に愛されし民、ドワーフをなめんなよ?『ハンマー強化』!『腕力超向上』!『支点固定・最上級』!」
「あのドワーフを止めろ!間違えて門を撃つな!」
補助魔法の光に包まれたドワーフ女がハンマーをふりあげたのを見て、あわてて男たちは弓をとりだし、魔法の詠唱をはじめた。
だが門を撃ってはならないと命令が、わずかに彼らの出足を遅らせる。
その間に、女は門にハンマーを叩きつけはじめた。
──ギン!
一発目、二発目は彼らの耳には、ただ跳ね返されたようにしか聞こえなかった。
しかし三発目。
──ガキン!
壊れないまでも、明らかにインパクトがどこかに届いたっぽい音が響いた。
そしてその瞬間、女がニヤリと笑った。
「くらえええ、『鎚王の一撃』!!!」
ギラギラと光り輝いたハンマーを、女は思いっきり門の上に振り下ろした。そして。
──バキン!!
明らかに破壊音に聞こえる音が響き渡った次の瞬間。
──ビキビキビキッ!!!!
上部を中心とした門全体に、とりかえしのつかない破壊の亀裂が走った。
そして術式まで壊されたのか、門の中に渦巻いていた何かがが途切れ消えた。
「……」
門上の女が何か言っているが、男たちには聞こえてなかった。
女は疲れたのか声が小さかったし、男たちも門の破壊に衝撃を受けており、それどころではなかったからだ。
そして、ふらりと倒れそうになった女を背後から、白い別の女の腕が捕まえた。
遠目には獣人族に見えるその女は、ドワーフ女をひっかかえ、男たちが驚く間もなくどこかに消え去ってしまった。
「お、追え……!?」
だが彼らの目的は果たされない。
なぜなら彼らのいる一帯が突然に結界のようなものに包まれ、出られなくなってしまったからだ。
「なんだこの壁!?」
「結界だ!いったい誰が!」
『俺だよ馬鹿野郎ども』
「!?」
男たちの間にその瞬間、知らない男の声が響き渡った。
どこにいるのかまではわからない。
『事情をきこうと思ったが気が変わったわ。このまま始末してやるよ』
そういうと、今度は魔法の詠唱のようなものが聞こえてきた。
『エゴ・エゴ・ア・ザラゴライ・エゴ・エゴ・ザメ・ラゴン……』
「!?」
「なんだこの呪文は!?」
きいたこともない言葉で奇怪な呪文が流れたかと思うと、とどめの一言が放たれた。
『喰らい尽くせ、「暴凶餓鬼地獄」!!!!』
その瞬間、結界の中に異形の怪物どもが湧き出した。
男たちは悲鳴をあげながら逃げ回るが、結界からどうしても出られない。
やがて次々に怪物に捕まり、生きながら貪り食われていった。
叫び声が響き渡る中、その声は響いた。
『……さんざん無理やり女食らって楽しんだんだろ?
だったら、お返しに食われたって文句ないよな?──じゃあな』
声はそれっきり聞こえなくなった。
やがて結界が消えた時。
そこには化け物たちも、生存者も、それどころか肉のひとかけらも残ってはいなかった。
呪文:
ユウは精霊にお願いして事象を引き起こすので呪文はいりません。
彼が叫んでいるのは、あくまでイメージを確定して威力をあげたり、力を節約するためのものです。たとえば「メラ」と既存のゲームの炎の呪文をわざと叫ぶことで、炎のイメージを送りやすくするのです。
これは本来、機械などの複雑な構造物を作ってもらう時に必須の技能でもあります。設計図な゛を記し、それを見ながらイメージを送るものです。
呪文のネタにつきましては、次回の本編で。




