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勇者なんかイヤだと帰還した男の新生活構築記  作者: hachikun
どうなってんだこれ
30/76

認識のズレ

「ですから、魔法を使う時、どこで発動するか、どこに向けて使うかというのは基本にして最重要なんですよ。

 欠落していたら、魔法なんてまともに発動しませんから。

 これは魔道具や魔剣なんかでも同じなので、前世のわたしにも馴染みのある概念なんです」

「え、そうなの?」

 俺の気が散るとまずいという事で、話題を魔法の話に変更する事になった。

 本を交え、マオとユミが話し合っている。

 そして俺は基本的に、ふたりの会話をBGMに運転する感じだ。

 

「マオさんは猫族ですけど、拠点潜入や暗殺みたい事はしました?」

「やった。得意」

「猫族の頃は自前の爪や牙があったわけですけど、今は何を得物にしてます?」

「これ」

 マオは焦げ茶色のダガーをユミに見せた。

「これは精霊刀の一種ですか?」

「最初はミスリルダガー使ってたけど、ダメになった」

「なるほど、精霊は金属の武具を嫌がりますからね」

 ウンウンとユミさんがうなずいた。

「普通は金属にしか付呪(ふじゅ)できませんけど、精霊刀ならできるでしょう。やってみますか?」

「んー……」

 マオはしばらく悩むと、ひとまわり小さな尖ってるやつを出した。

「これでできる?」

「これは……峨嵋刺(がびし)にも似てるけど違いますね」

「がびし?」

「こっちの中国という国の武器の事です。で、これは?」

「ひとの目に刺して脳を壊す。こっちじゃあまり使わない」

「なるほど、ゾンビには使いにくいからですか?」

「そう」

「わかりました、貸してください」

「うん」

 ユミはマオからその武器を受け取ると、アイテムボックスから何かを取り出した。

「魔石?」

「はい魔石です」

「ちょっと待った、なんで地球に魔石が?」

 魔物の体内には魔石がある。

 だからもちろん、ゾンビにも魔石はあるだろうけど……ゾンビの魔石なんて砂粒みたいなもんだ。

 少なくとも、ユミが今持っている魔石のサイズにはならないはずだ。

「ゾンビの中にハイゾンビが混じってたんですよ、それの魔石です……よし」

 少したつと、ユミは武器をマオに返した。

「貫通力を強めてみました。目からでなくても脳を破壊できますよ」

「あとで試す、ありがとう」

「いえいえ」

 ユミとマオはなごやかに会話しているが、内容は物騒極まるものだった。

 ところで、俺が気になったのはソレじゃない。

「ちょっとまて、ゾンビにハイゾンビが混じってたって?」

「え、驚くことですか?魔物がいるなら進化もありえるでしょう?」

「そういう問題じゃねえって」

 俺は焦った。

「こっちにゾンビが出て、たった一年ちょっとなんだぞ。

 ……ユミ、ハイゾンビの進化先って何か知ってるか?」

「たまにグールになるってきいたことありますけど?」

「ああ知ってる、その先はレッサーヴァンパイアだよな?」

 そっちもそっちで危険だけど、かなりの経験値と年月が必要なはずだ。

 けど、やばいのはそっちじゃない。

「別の進化先知ってるか?」

「グール以外ですか?いえ?」

「たとえば一例だけど、リッチもハイゾンビの進化先だぞ」

 え、という声が聞こえた気がした。

「え、リッチってあのリッチですか?」

「そうだよ」

「初耳なんですが。ゾンビの進化先っていうとハイゾンビで、それでグールになるって。

 リッチってスケルトンが変な進化したものだとばかり」

「リッチになる種族はいくつかあるって聞いたけど、ハイゾンビからが一番多いって話だぞ」

「知りませんでした……」

「それで質問なんだけど、そのハイゾンビを倒したのはいつ頃?」

「春ですね。先日までに二体ほど」

「なるほどレアっちゃあレアなのか……けど、その流れでいくと、低確率ではあるけど、あと二年たたずにリッチが出る可能性があるな」

「……まさか!」

「俺もまさかと思うよ。でも今の地球って十億レベルでソンビがいるんだろ?

 ユミのいったハイゾンビの数がもし、地球全体のハイゾンビの比率だったらどうなると思う?

 ちゃんと計算してないけど、もしかしたら万単位、届かないとしても数千のハイゾンビがいてもおかしくないんだぜ?」

「!!」

「やばいだろ?だったら最悪を想定しとかないとね」

 俺はためいきをついた。

 

 リッチはやばい。本当にやばい。

 魔物転生モノの小説を読む人ならわかると思うけど、魔物に人間の思考をつけると生存率がドーンとあがる。自分の長所と短所を把握して、生き残るための最善を尽くすからだ。

 だからこそ、なりたての……単に思考するミイラみたいな状態のリッチのうちに倒さないと、本当に危険なんだ。うっかりエルダーリッチ経由で不死の王(ノーライフキング)なんかになられた日にゃ、アンデッドの王国さえ作りかねない。

 まったく、ゾッとするわ。

 

「とりあえず、俺は精霊経由であっちの世界の人に追加情報を流す。

 ユミは魔法の勉強や強化を進めてくれるかな?」

「ええ、わかりました」

 ユミは大きくうなずいた。

「マオ」

「なに?」

「おまえ移動中に広域探査できるか?」

「コウイキ?」

「つまり、広い範囲を索敵するんだ」

「できるけど?」

 コテンと首をかしげるので、説明してやる。

「運転中はどうしても散漫になるんだ。

 このうえ、精霊に通信まで頼んでたら索敵は無理だ。頼む」

「敵を探すの?いつ?」

「今」

「え?車でうごいてるのに?」

「ああ、そうだ」

 俺はうなずいた。

「強い反応がないか注意していてくれ。

 ゾンビと違うやつ、強力な個体がいないか。

 もしいたら、場合によっては寄り道して始末するかもしれない」

「わかった」

 拠点を作ってから戻ってきてもいいけど、嫌な予感がする。

 始末できるもんなら、さっさと始末するべきだ。

「みんな、ちょっといいか?」

『なになにー』

 集まってきた精霊たちに、俺は今の情報を向こうのハイエルフたちに伝えてくれと頼んだ。

「よろしくな」

『わかったー』

 

 

 安全性を考えるなら、熱海から一度三島方面に出て、国道414号でいわゆる天城方面を通るべきなんだと思う。山中で人口も少ないし。

 ただ、天城越えは基本的に一本道で迂回路がない。

 さらにいうと、道も決していいとこばかりではない。

 食料供給に問題があるとなれば、状況を確認しつつ東海岸ぞいに走るのがいいと思ったわけだけど。

「……いっぱいいるなぁ」

 人のいない道路を歩き回ってる個体はほとんどいないが、ゾンビ自体は多い。

 もちろん対応ずみだけどね。

 道路に出ない限り車の走行音は聞こえない。見えてからでは間に合わない。

 だから、最初から道に出ているゾンビ以外は無視して進めるんだけど。

「これじゃ休憩できないなぁ」

「このあたりを過ぎればそろそろ、あとは小さな集落ばかりになるんじゃないですか?」

「あー、言っとくけど下田(しもだ)は結構大きいぞ、南伊豆の拠点みたいなもんだし」

「そうですか……あまり伊豆は来たことがないんで」

「そりゃもったいないね、小田原近郊からだと伊豆は近場でいい遊び場なのに」

「家族と不和でしたし、そもそも旅行好きもいませんでしたし」

「あー……ごめん」

「いえいえ」

 失敗した。

 うちは親が好きで家族旅行が多かったけど、それは単に旅行好きなだけでなく、夫婦仲が悪くなかったってのもあるんだよな。

 逆に言うと、親が旅行嫌いだったり家族と不和だったら、そうそう旅行なんてできないわけだ。

 俺は元々あまり社交的な性格じゃないし、唯一の連れがマオだった関係で、移動中の会話に慣れてない。たった三人なんだし、うかつな失言して傷つけるような事は避けないと。

 うん、冗談ぬきで気をつけよう。

 それにしても。

「精霊が増えてきたな……自然が濃いせいかな?」

「ふえてきたねえ」

 温かい助手席で居眠りしていたマオが、いつのまにか起きて窓の外を見てる。

 窓の外にはものすごい数の精霊が、車にまとわりつくように飛んでいる。

 もちろん車内にもたくさんの精霊がいるが。

 

 そして、そうなると精霊見えないユミが今度は置いてけぼりだ。

「多いんですか?」

「数もすごいけど、車に並行して飛んだりすごい事になってるな。なんか空飛ぶ小魚の群れの中を走ってるみたいだ」

「それは……視界の邪魔にならないんですか?」

「これ以上はちょっと危険かな。まあその時は、前が見えないって言うよ」

「へぇ……精霊使いもそう言う意味じゃ大変なんですね」

「まぁな……ま、かわいいのは正義だけどね」

「なんですかその理由?」

 不思議そうに首をかしげたユミは、あっと気づいたように俺たちの方を見た。

「そういえば、精霊可愛いってユウさんよく言いますよね?かわいいんですか?」

「おう、可愛いぞ」

 そしたら、ユミは奇妙な顔をした。

「見えないものの容姿なんて、聞いても仕方ないとスルーしてましたけど……可愛い、ですか」

 なぜか、納得いかなそうな顔でユミは眉をしかめた。

「ひとつうかがいますけど、ユウさんには精霊がどんな姿に見えてるんですか?」

「え?透明な羽根の生えた、童話に出てきそうなちみっこい幼女だけど?キャーキャーいいながら飛び回ってるぞ」

「──は?」

「あと子猫とか子犬とか、おまえは萌え殺す気かってやつもいっぱいいるぞ」

「なんですかそれ?」

 え?なんか知らんけど頭を抱えちまった。

「あの、マオさんにはどう見えて?」

「……おなじ」

 マオはさっきから索敵に集中しているのか、一瞬だけユミを見ただけで生返事だった。

 仕方ないのでフォローしてやる。

「マオも俺と同じらしいぞ」

「羽根の生えた童話の妖精みたいな姿ってことですか?どうして?」

「そういや、子猫の頃はもっとこわい姿だったって聞いたかな。大人になってからは俺と一緒だって」

「……」

 ユミは沈黙してしまった。

「精霊って人によって別の姿に見えるわけだし、別に変じゃないんじゃないか?

 もしかしたら、マオは俺から聞かされ続けてイメージ変わったのかもしれないし」

「そのとおりですけど、限度がありますよ。いくらなんでも、羽根の生えたちっちゃな女の子たちって、なんなんですかそれ!」

 ユミはとうとう悲鳴をあげた。

「精霊ですよ!世界を統べる神ですよ!超がつくほど偉大な存在なんですよ!

 なんでそんな、ヲタクの夢ここにみたいな空飛ぶ幼女集団なんて想像してんですか!」

「──は?」

 だが、今度は俺の方が首をかしげてしまった。

「なに、神?精霊が?どういうこと?」

「……それを知らないっておかしくないですか?

 ユウさんたちって、エルフ領や魔族の国もいったんでしょ?誰にも、何も注意されなかったんですか?」

「いや、どんな姿に見えるかって言われて説明したら、なんでかみんなフリーズしちゃって、それからユニークですねって言われたけど、それだけだぞ?

 そういえばハイエルフのばあちゃ、長老なんて、おまえはそのままでよいって笑顔で言ってたなぁ」

「……それ、珍獣扱いのうえに、しまいにゃ匙投げられてますよ。医者もだまって首をふるってヤツですよ!

 だいたい、ハイエルフの長老って地球じゃローマ法王も土下座するようなレベルのお方じゃないですか!それをばあちゃんって!」

「えーと?」

「えーと、じゃない!!

 わかりましたよ、全部説明しますよもう!!」

 狭い車の中、お説教が始まった。


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