ネカマとネナベ
「『ま○もっこり一号』て、ムキムキハゲのドワーフ親父じゃねえか!」
「それはこっちのセリフですフィーフィーちゃん?やっぱりネカマだったじゃないですか!」
「だから、その名前を言うなぁ!」
「やーい、ネコミミ友の会さぁん?うすい・ひくい・かるい・ネコミミ・ゴスロリメイドのフィーフィーさぁん?あらら、どうしたのかなぁ?」
「やめろっつってるだろうがっ!!」
「あららぁ?メンタル弱いんですねえ?」
「やかましいわ!そっちこそ、夜な夜なギルドホームでジャニ男の萌えポイントの話してただろうが!」
「む、どうしてそれを?あれは深夜の主婦グループのお楽しみ会で」
「どうしても何も、怪しい集団がいたから保安上チェックしただけだろうが!」
「あらら、けど噂にはなってないですよね?」
「あたりまえだろ、ホモ集団の隠れ集会なんて、誰が言いふらすかよ!
他人のコアな趣味はスルーするのが現代人のお約束だろーが!」
そこまで言って、俺は気づいた。
「ちょっと待て、あれ全員主婦だと!?」
「ええ、まぁわたしは前世の、を省略してましたが」
「ふざけんな!世紀末ヒャッハーからムキムキおやじまで、どいつもこいつも漢の中の漢ばっかじゃねーか!
あれが全員ババアだと!?」
「えー、ロリとエロゲキャラ出して人生とかほざいてるネカマに言われたくないですよ?」
「ンな事俺ぁ言ってねーよ、誰のセリフだそれ!」
ギャーギャーと言い合いをしていたのだけど。
「うるさい」
「あだっ!」
「いたたた……」
マオに頭を叩かれて、ふたりとも座り込んでしまった。
野営地を片付け、出発する事になった。
まぁ片付けといってもせいぜい皿とカップを洗ったくらいだけどね。ユミがひとり用テントを撤収している間に、俺とマオは天幕をアイテムボックスに収容した。
「いいですねフィーフィーちゃん、わたしもアイテムボックスほしいです」
「誰がフィーフィーちゃんだ、って、アイテムボックス持ってないのか?」
「ありませんよ?だって精霊使いなんてこっちにいなかったし」
「ああそうか」
言われてみたら、そりゃそうだ。
「マオ」
「なに?」
「悪いが、ユミにアイテムボックスあげてくれ」
「……うん、わかった」
「よろしくお願いします!」
マオとユミが向かい合い、精霊たちが集まってきた。
アイテムボックス、つまり空間倉庫。
多くの荷物が収容できる事でゲーム等でもおなじみの仕掛けだけど、いくらファンタジー世界でも、こんなもんがホイホイと存在するのは普通おかしいよな?いわゆるステータス画面もそうだけど、ゲームじゃないんだからさ。
けど、向こうの世界では、ステータス画面こそないけどアイテムボックスは結構使われてる。
で、これを維持・貸し出しているのは精霊たちなんである。
つまり。
これは「この人にアイテムボックスをあげてくれる?」という意思を精霊に伝える事ができればいいんだよ。あとは生活魔法が使えるくらいの魔力があれば、最低限のアイテムボックスを維持できるんだ。まぁ生活魔法レベルじゃ、使えるのもお弁当箱くらいだけどね。
で、一度設定すると死ぬまで使える。
向こうの世界では、アイテムボックスの設定って、精霊にコンタクトできる人(精霊使いとは限らない)の副業みたいな位置づけだったんだよね。誰もが欲しがるし、容量の大小を別にすれば、魔力のある人間なら使えたから。
……精霊とつきあいのない人間族にも、なんか女神謹製のアイテムボックス的なもんがあったらしいけど、そっちは俺はよくわからない。
「これで使える」
「うわ、ほんとだ……やったぁ、これでリュックから開放される!ありがとうございます!!」
本気で嬉しそうで、マオに抱きついてスリスリする始末だった。
「礼ならユーに言って」
「うんうん、わかってますわかってます!んー、わたしもやっぱり立候補していいですか?」
「もちろんかまわない、けど、その前に」
「ですね、生活拠点を作らないと!」
なんか、やたらと気合を入れてうなずいているし。
……立候補って、何に立候補するんだ?
アイテムボックスは精霊のサービスだけど、もちろん無意味にやってるわけじゃない。
アイテムボックスを使うってことは魔力を扱うってことで、精霊を身体に住まわせる事になる……まぁ、そういうことだ。
しかも、魔法使いでなくとも魔物を倒せば魔力が増えて、アイテムボックスも少し大きくなる。
だからみんな、競って討伐してアイテムボックスを大きくしようとする……ってわけだ。
「ボックス作りたてなのに荷物全部入るのか。やっぱりユミは魔力多いよな。
身体強化系だけなのに、よくもまぁここまで」
「それだけじゃないですよ?」
「え?」
「ゾンビの群れをスーパー一軒に閉じ込めて、生活魔法で建物ごと焼いたりもしてますから」
「……え、そんな方法で魔力増えたの?」
「え?知らないんですか?」
「知らなかった」
「……まぁ、攻撃魔法だの精霊術が使える人なら、こんな手間かけなくてもいいですしね」
「それはそれで否定しないけど、高効率っていいよね」
「ああ、なるほど」
そんな話をしている間にも、どうやら俺たちの方も出発準備できた。
「それにしても、やっぱり便利ですよねえアイテムボックス!」
「うれしい?」
「当然!」
「もっと容量増やしたい?」
「はいもちろん!まずは攻撃魔法を覚えないとですね!」
そう笑うと、ユミは魔法の本を片手に、いそいそと車に乗り込んだ……いいけど酔うなよ?
俺もマオも続けて乗り込んだ。
「忘れ物確認、よーし。皆はどうだ?」
「ない」
「いいでーす」
「おけ、出発だ」
俺はクラッチペダルを教科書どおりに踏み込むと、左手でシフトがフリーであるのを確認、エンジンキーを右にまわした。
バリケードの一部を開けて街道に戻る。
念のためのそこで背後のバリケードを閉じ直すと、閑散とした誰もいない町を走り出した。
南に向かって走り出してすぐ、不思議そうにユミが周囲を見渡した。
「なんか、ゾンビいなくなってます?」
「いなくなってるね」
「なんででしょう?」
「車の音を、道路の外に届かないようにしてる」
「んー、それは昨日もやってたじゃないですか……もうひと工夫したんじゃないですか?」
「お、わかるのか」
「先生、できれば種明かしを!」
「マオも知りたい」
ありゃ、ユミに仕掛けたつもりがマオまで釣れたか。まぁいいだろ。
「実は撤収作業をはじめた時、市街地の方の数カ所で音を流したんだよ。国道の西側に偏るようにね」
「音でおびき寄せた!」
「そうだマオ、正解だ」
ウンウンと笑ってやると、助手席のマオはうれしそうだった。
「けど、音だけでこんな劇的に引っ張れるもんなんですか?このへん海辺だし雑音が多いですよね?」
「彼らは生前の行動を繰り返すからね。
常に聞こえる海辺の自然音なんて、地元の人は聞こえてても意識してないもんでしょ?そういうのは問題ないんだよ」
「!」
「それに、重要なのは道路から離れてくれる事なんだ。
あいつら、音やニオイには敏感だけど、視力はあまりないからね。
だから、直接道路を走ってるとこを見られない限り、」
「彼らは追ってこないってことですか……考えてますね」
「あっちの世界でもゾンビ対策は色々やったからね」
ゾンビが怖いのは個体の強さじゃない。数だ。
普通の魔物もそうだけど、弱くとも数が多いやつは本当に厄介なんだ。
「エルフの言葉にあるだろ、はちみつが欲しいならハチと戦うなってね。
向こうの大型のハチは話が通じるから、対話交渉ができる。
何も考えずに戦うんじゃなくて、相手を知り、相手に応じた対応をしなさいって事だね」
「……人間族も、ひとを見る目がないですよねえ」
「ん?」
ユミが、なぜかしみじみと言った。
「戦闘向きじゃないっていってもユウさん、それ、ガチの戦闘でなければ何とかなりますよね?」
「それは持ち上げすぎだよ」
「そうですか?たとえばユウさん、町に被害を出さずにゾンビだけ掃討できますよね?」
「あー……めんどくさいけど、たしかにできなくはないかな……何が言いたい?」
「すみません、これでも褒めてるつもりなんですが」
フフフとユミは笑った。
「たしかに、戦士という観点なら色々足りないんでしょうね。
でも、魔術師もしくは精霊使いという前提なら、ユウさんは間違いなく人間族国家の師団または軍団相手に戦えるレベルだと思うんですよね。つまり勇者級ってことです!」
「……買いかぶりだろう」
「いえいえ、そんなことないですよ」
ユミは肩をすくめた。
「いいですかユウさん。『めんどくさい』のひとことだけで、町ひとつに巣食うゾンビをまるごと殲滅できる人は、間違いなく有能な人材ですよ。これは間違いありません。
接近戦が苦手というのなら前衛をつければいいだけの事じゃないですか。昔話の勇者にもそういう人いますよ?」
「え、いるの?」
「魔族の伝説にある勇者ジーンです。彼は魔法は得意だけど武器戦闘はからっきしで、前衛は婚約者である聖女カチュアがこなしてたってのは有名な話ですよ?」
「男女逆じゃん……そんなんでよく勇者扱いされたなぁ」
「伝承によってふたりの職種が違うんですよ。ただ基本カチュアが肉弾戦で、ジーンは武器戦闘が苦手って点は共通してますけどね」
ふふふとユミは笑った。
「ユウさん、たしか召喚されたその日のうちに逃げ出したんですよね?」
「ああ、そうだけど……あれ?そこまで話したっけ?」
「少しは聞きましたけど、細かいところは憶測ですよ。
もしかして、いきなり拘束か、いっそ隷属させられそうになりました?」
「……よくわかるね、そのとおりだよ」
「それ猛獣や蛮族の戦士を従える時の手法ですね。まずは拘束して、会話も交渉もそれからという」
ユミは肩をすくめた。
「彼らが間違えたのは、そこですね。ユウさんの性質を見極めず、いきなり隷属させようとした。
ユウさんだって、いきなり召喚した事について丁寧に謝罪されて、悪いが手を貸してくれと理性的に応対されたらどうしました?」
「そりゃまぁ……少なくとも事情がわかるまでは様子見しただろ」
普通は、見知らぬ異世界で即日逃亡なんて無謀の極みだもんな。
俺はたまたま、精霊と仲良くなれたから無事逃げられたにすぎない。
「ひとを騙して言うことを聞かせようってんですから、もう少し慎重にあるべきだって事ですね」
「まったくだ。ま、そのおかげで今の俺があるんだけど」
本当に問答無用で隷属させようとしたもんなぁ。
苦笑していたら、ユミはなぜか眉をしかめ、考え込んでしまった。
「ん?どうしたユミ?」
「ですけど、ちょっと気になりますね」
「気になる?何が?」
「なんか、対応が変な気がするんです」
フムーとユミはうなった。
「人間族ってそんな、子供でもわかるような馬鹿な失敗をする人たちじゃないと思うんですよね。
彼らは魔族の魔力もなく、ドワーフの腕力もなく、エルフのような長命でもない。精霊も見られない。
だからそのかわり、知恵と情熱で世間を渡る、それが彼ら本来のモットーです。
生き汚いといわれますけど、彼らの本質を思えばむしろ、それは褒め言葉なんですよ。
そんな彼らが、どうしていきなりユウさんを奴隷化しようとしたんでしょうね?
同じ利用するにしても、もっといい方法がたくさんあったでしょうに」
「……」
「どうしました?」
「いや、それならたぶん原因わかってるぞ」
「わかってる?」
「俺を召喚した魔法陣から、エネルギー収集システムを作ったっぽいんだな。
生きてる人からゾンビを作る時、命をエネルギーとして吸い上げて殺すだろ?
あれを使って地球人からエネルギーを吸い上げた……ゾンビ発生はその副産物だと」
「──な」
ユミは唖然として俺を見て。
そして、しばらくして目を見開き俺を見た。
「それほんとですか!?」
「少なくとも向こうのエルフ族、それから魔族の見解はそれっぽいぞ。
実際、あっちで人間族の国に攻め込んで、収集システムを破壊して資料も焼き払ったらしい」
「初耳ですよ!?」
「もう終わった事だから」
「ああ、少なくとも再発はないってわけですか……でも、なんてことを」
「ああ、まったくだよ」
ユミは頭を抱えた。
「本当に、再び開発される可能性はないんですか?」
「古代兵器の起動のためのエネルギー源にしたらしいからなぁ。
その肝心の古代兵器を破壊されちゃったら、そんなリスクの高いことやらないだろ?」
「え、古代兵器?ドワルゴのアレ破壊されたんですか?」
「は?ドワルゴのってなに?人間族国家にあった、反射衛○砲みたいなアレだよ」
「え?」
「え?」
俺はミラーごとにユミを見た。
ユミはビックリ顔で俺を見ていた。
ちなみに車は真鶴近郊を通り過ぎ、誰もいない料金所を抜けて熱海ビーチラインに入っていた。
え、遅い?
ゾンビを警戒してゆっくり走っているからね。
ってまぁ、それはいいか。
それより今は。
「ちょっと待ってください、古代兵器っていえばドワルゴの『古代戦艦』ですよね?」
「古代戦艦って、ドワルゴにある遺跡だろ?ちげーよ、もう動かないヤツじゃなくて現役の兵器だって!」
「なにいってんですか、古代戦艦は現役の船ですよ!保守もされてます!ただ燃料が今は入手困難なものなので、たまにちょっと動かすだけになってますけど!」
「なにいってんだよ、そんな馬鹿な!」
「バカはどっちですか!」
言い合いをしていたら、マオに唐突に頭を叩かれた。
「いたっ!」
「あたっ!」
「うるさい、ユーは前みて」
「お、おう」
仕切り直しになった。
「ユー、古代の遺物は人間族のアレだけじゃない。あきらかに危険な武器ってのがアレなだけ」
「え、そうなの?」
「そうなんですか?」
「そう。エルフ領で習った」
ほほう?
「ユミ、ドワルゴの船は『古代船』。戦艦じゃない」
「えぇ?でも戦艦だって」
「それは一般むけのデマ。『古代船』は探索船であって戦艦じゃない」
「……なぁマオ、おまえなんでそんなことまで勉強した?」
「あっちで言われた。ユーは何も知らないから、いっぱい勉強して助けてあげなさいって」
「……」
「……」
沈黙が流れた。
そして、プッ、クスクスと笑いだしたのはユミだった。
「な、なんだよ!」
「……うふふ……あはははっ!」
やかましいわ。
──と、その時だった。
「やべ、何かにつかまれ!」
「「!!」」
俺はとっさにハンドルをきり、路上に一体だけいたゾンビをパスした。
「うっへぇ、やばいやばい。有料道路だからって油断はできないな」
熱海ビーチラインは海沿いギリギリにあり、国道と違って市街や民家と直接は接していない。
けど、それでもゾンビがゼロとはいかないようだ。
「ユウさん……一緒に話していたわたしが言うのもなんですけど、気をつけてくださいね」
「ああわかってる、さっさと南伊豆いって拠点を確保するぞ」
「はい」




