いろいろ
目覚めた時、俺はぬくもりの中に包まれていた。
「……」
言うまでもなく、眠るマオに抱きしめられていた。
満足げで安らかな寝顔。
以前は猫の顔だったし、こっちに来てからはドタバタしていたから、こんな幸せそうな顔は初めて見たなぁ。
彼女の種族は明確に確認してないけど、たぶんアレだろうと思う。
──魔獣『ネコマタ』。
あっちの世界じゃ『人』と獣には明確な境界線が存在しない。
地球で人間というとホモ・サピエンスの事になるけど、向こうでソレを区別するなら『知的生命全般』とでも言うしかない。
だって、ドワーフやエルフみたいな「いかにも」な亜人種はともかく、動物とも人ともつかない連中がわんさといるんだよ。
おまけに、その混沌ぶりにくわえ、おとぎ話の魔物みたいに姿を変えられる種族までいる。
つまり、形態でヒトかどうかの区別は一切不可能なんだ。
だったら。
あとはもう──知性そのもので判断するしかないって事になる。
何を言いたいかというと、今のマオはネコミミ&しっぽ装備の人間みたいな姿だけど、いわゆる獣人族ではないってこと。広い意味の人間種族ですらないんだ。
ネコマタをひとことで言えば、幻獣要素をとりこみ、人っぽい姿にに化けた猫。
そう。
実は、マオは人間に似た姿になった今もなお、遺伝子のひとかけらにすら人間要素がないんだよ。
だけどマオは、猫族の時も今も、向こうでは知的種族扱いだ。
向こうの世界にはこのマオのように、「どこまで人でどこまで動物なのか」の境界線のやつらがゴロゴロいるわけで、いちいち区別してられないから。
まさしく混沌の世界だ。
ところが、たった一種だけ例外が存在する。人間族だ。
こいつらだけは、他の人間種族の一切を動物としか見ていない。
それと、その人間族だけをべったりと守っている女神もしかり。
なぜ人間族だけは、自分たちだけを人間と考える?
なぜ女神は人間族だけを守り、それ以外のすべての種族には見向きもしないのか?
まったく、わからない事だらけだ。
まぁ──もう戻ることもないし、関係ないっちゃあないんだけどね。
「……んー」
「……」
もぞもぞと動く全裸のマオを見ていると、つい、いたずらしたくなってしまった。
かすかに動いている無防備な胸に触れる……やわらかい。
うむ、どことは言わないが、ツンと生意気な突起が目の前に。
昨夜のことを思い出し、舐めてみようとして。
──ぐいっ。
マオの手が俺の頭を掴み、逃げられなくなった。
動けない。
目線を上にずらすと、人形のように整った愛らしい顔が俺を見ていた。
猫だった頃と同じ、ひととは違う縦長の瞳。
猫と女の融合という、ある種の人には夢のような存在が、とろけた目で俺を誘っている。
「っ!」
認識した瞬間、下半身にギュッと血が集まった気がした。
そして。
「──ん」
「……」
導かれるままに、俺は彼女にむしゃぶりついていた。
「おそようございます、たいそうお楽しみでしたね」
「……お、おう」
「まぁ勧めた身としては文句は言えませんが、まさか朝になっても続いているとは思いませんでした」
「いやー若いもので」
めっちゃイヤミ言われた。
ま、そりゃそうか……あはは。
「どうしろっていうんですか、もう……というわけなんで、さすがに今後はできるだけ夜だけにお願いしますね」
「可能な限り善処したいと思う所存であります」
「……はぁ」
そんな、わけのわからない会話をする朝。
保存食と昨日の残りから食事を作っていたユミに混じり、朝の風景を作ったんだけど。
「まさか、伝説の精霊パンを異世界で」
なんかユミが頭を抱えていた。
「え、これって伝説なの?」
「伝説ですよ!
高位の精霊使いしか作れないんですよ?
精霊伝承の物語でも、人間族の悪魔狩りに追われた精霊使いが飢えた仲間を守るため、命がけで精霊パン作る話があるじゃないですか!」
「ごめん、読んだことない」
「だぁぁぁ……だから、それほどに魔力めちゃめちゃ無駄遣いするんですよ?」
ああたしかに。
「たしかに魔力は食うけど、俺なら問題ないよ。
それに、ごはんもパンもないのは寂しいだろ、な?」
「寂しいって……それだけ、たったそれだけの理由で作ったんですか?」
「あたりまえじゃん、食べ物だよ?」
「運良く条件が揃えば、神殿で祝祭として作り、関係者でひとカケラずつ分け合うような代物ですよ?
それを普通に食卓、しかも野営の朝食でもりもり食べるって……これだから日本人って」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないです!」
精霊パンとは文字通り、精霊に頼んで作ってもらった雑穀パンみたいなものだ。
自然界には驚くほど多くの穀類があるが、ひとつひとつの量は少ない。よく小鳥がついばんでるアレね。
だから精霊に頼み、これを広範囲に集めてもらう。
そして人間が食べられる部分、口にあう部分だけをかき集め、粉砕し、捏ね上げ、そして焼き上げたもの。これが精霊パンだ。
工程を考慮すれば当然の事ながら、たしかにものすごく魔力を食う代物だ、普通は割に合わない。
ユミのいう幻のパンというのも、たしかにうなずける話だ。
けど向こうで俺はよく作った。
理由?言うまでもないだろ?
魚や肉中心の食事をとっていると、穀物が欲しくなるんだよ……日本人というか、地球人のサガかもしれないな。
ただ俺の場合、本来の精霊パンよりも地球の雑穀パンに近いものが出来上がってしまう。
つまり、歯ざわりにちょっと雑味があるものの、ふっくらとした、いかにもパンらしいものに仕上がるんだよ。本当はもっと硬くて、パリッとしたもんらしい。
まぁたぶん、パンというものに持っている俺のイメージのせいだろうね。
たぶん俺は、某アルプスの少女アニメに出てくる黒パン、あれは作れないんだと思うよ。
だって、現物を食べるどころか見たこともあまりないからだ。
「で、味はどう?」
「おいしいです……ところでユウさん」
「なに?」
「戦う力はないって聞きましたけど……昨日の宴会といい今朝のこの食卓といい、十分にすごい能力なんじゃないですか?」
「ああ、旅するには本当に役立ってるよ。でも戦いはダメだろうね」
「……なぜでしょう?」
「逆に聞くけどさ。凄い剣を作り出す鍛冶師がいるとして、その剣を使った最高の剣士に勝てるかな?」
「いえ、それはないでしょう、作り手はあくまで作り手です……って、そういうことですか」
「うん、そういうこと」
剣の作り手なら基本的な扱い方くらいは知ってるかもしれない。
けど、それでガチで戦っても本職の剣士のようなわけにはいかない、当然だ。
「じゃあ、今まで盗賊に襲われたらどうしてたんです?追手もかかったんでしょう?」
「もちろん」
「その時はどうしたんですか?」
「基本は遠くにぶっ飛ばしてたよ」
俺は肩をすくめた。
「遠くに飛ばすだけ?」
「そうだけど、人間なんて100m上から落としたって死ぬからね」
「……なるほど」
納得してくれたみたいだ。
「あと、いろんな方法で発動の短縮化をしたよ」
「短縮化?」
「たとえば、既存の漫画やアニメ、ゲームに出てくる魔法があるだろ?あのイメージを使うんだ。
既存のイメージを使うわけだから当然、制限は出る。
だけど、かなり強力なものでもスパッと瞬時に発動できる利点は大きいよ」
「へー……工夫してるんですね。それって精霊魔法だけで?」
「いや、普通の魔法にも応用できるぞ。おすすめだよ」
魔法に必要なのは、どう実現するかのイメージだ。
けど別に、ゼロから何もかも作る必要はないはずだ。既存のイメージでもなんでも、あるものは使えばいい。
むかし夢中になって遊んだゲームの魔法。
大好きでよく見ていたアニメの必殺技。
使えるイメージなら何でも使えばいいだろうし、そして俺も使った。
「ん?必殺技?」
「ほら、格闘アニメとかで魔法みたいな技を使うだろ?あと魔法少女モノでもあるよね?
とにかく、使えるイメージならなんでも使うんだよ」
「魔法少女のマネまでするんですかぁ、それはそれで見てみたかったですねぇ」
「別にコスプレして杖をふるわけじゃねーよ。だいいち男の魔法使いだっているだろ?」
「んー、いましたっけ?あまりアニメとかまんがとか見ないもので」
「俺だって大きくなってからは見てないよ。子供の頃に見たやつだって!」
「どうでしょうね……そういやマオさんの今の姿って、ユウさんの趣味なんでしょ?いかにも男好きしそうっていうか、エッチっぽいですけど」
下世話な顔して、にんまり笑われた。
「誤解だっての!たしかに俺のデザインだけどアバターでも一般NPCでもねえよ!」
「……え、そうなんですか?」
「そうなの!」
納得するかと思ったけど、ユミの反応は違っていた。
どこか不思議そうな顔で俺を見て、そして続けた。
「ん?どうした?」
「んー……差し支えなければ、その件もう少し聞いていいですか?」
「何か思い当たることでも?」
「ええ、実はマオさんによく似た容姿に心当たりがありまして。
ゲームやアニメの登場人物に似ているというのは失礼かと思ったんですが……できればくわしく」
「ほう?いいけど」
俺は続けた。
「ネトゲのキャラと言えばわかるか?
自分以外にサポートキャラを一名作れたんだ。で、それで作った容姿がマオの元ネタになってるんだ。実はマオの名前もそいつからとったんだぜ」
「……」
「えっと、ユミ?」
ん?なんでユミは固まってるんだ?
「……それってアミハイ、いえ『アーミーハイブリオ』じゃないですか?」
え?
「知ってるのか?」
「……知ってるもなにも」
フリーズして固まったかと思うと、ユミは俺をピッと指さした。
「マオさんの名前と見た目、それとアミハイ……。
──ネコミミ友の会の会頭、フィーフィーちゃんですよね?」
「!?」
たぶん俺は目をひんむいただろう。
けど、ユミの次の言葉に、俺は頭ン中が真っ白になった。
「えっと?」
「わたし、『まり○っこり一号』です!鍛冶師ギルド『スリカウニ2号店』の!!」
「な……なに?」
俺は思わず目を剥いてユミを見た。
そんでユミも俺を見た。
「いや、だって……お、おっさんじゃなかったのかよ!!」
「それ言うならネカマじゃないですか!!」
俺たちが思わず立ち上がり、お互いを指差して叫んでいる時。
「……」
マオは「うるさいなぁ」という顔をしつつも、おいしそうに魚の残りを食べていた。
【アーミーハイブリオ】通称アミハイ。
ユウたちが遊んでいたネトゲ。いろんな世界から流れ着いた人々が混在する多民族・多種族世界。
【まり○っこり一号】
鍛冶師ギルド『スリカウニ2号店』代表。ムキムキで浅黒い肌、髭面のおっさんドワーフであり、まさか若い女だとはユウは想像もしていなかった。
【フィーフィー】
獣耳&しっぽをこよなく愛するギルド、ネコミミ友の会の会頭。
サポート役に連れ歩いている獣人マオがムチムチ美女なのに比べ、うすい・ひくい・かるいをそのまま形にしたような小さな身体をゴスロリ衣装に包んだ猫耳&猫しっぽの女の子。
名前も意図的に狙って「フィー」の言葉をいれてある。
ネットの中の人推測では「おばちゃん」が多かった。
ゴスロリ美少女キャラの中身が少女でないのはお約束のようなものだが、開き直って男ですと言い切るにはユウは若すぎた。だから母をモデルにしてロールプレイを重ねた結果、おばちゃん認定されていた。
だが、ユミのように疑いを持っている人も一定数いた。




