魚とり
浜辺に立った俺は精霊に頼み、周辺の魚群を調べ始めた。
「どう、ユー?」
「……予想より魚多いな、これなら、よりどりみどりだぞ」
「ほんと!?」
「ああ」
だが多すぎる。
ここは南伊豆と違って小田原などにも近い。
なんでこんなところに大型魚が……あ?
「ああそうか、なるほどなぁ」
「?」
「なんでもない、単に俺の勘違いだよ」
沿岸から漁船が出てないんだ。
そりゃあ、魚が増えるのは当たり前だろ。
精霊は万能だけどポンコツだってのは、俺の持論だ。
念じれば何でもやってくれるけど、それはある程度までの事。複雑な事や変わったことをさせようとすると、とたんに融通がきかなくなるんだよ。
これが、意外なところで問題として響いてくる。
たとえば。
「……なんの魚かわからないんだよなー」
「?」
「気にすんな、ただの戯言だ」
「うん」
魚群探査という概念がないので、魚の群れを探すイメージを送る。
けど、そうして見つけた魚をその場で分析できない。なぜなら分析もまたイメージが必要だからだ。
サンプルを捕まえるか、一度探査を切らなくちゃいけない。
微妙にかゆいところに手が届かないというか、まだるっこしい。
大きさや形だけなら普通にわかるんだよね。
ところが、じゃあ種類はなんだって話になったら、とたんに難易度が上がってしまう。
そして俺もそんなに魚に詳しいわけじゃないから、サンマのつもりでカマスがかかっていたとしても、釣れてみるまでは区別がつかないってわけだ。
……まぁ、ゲームみたいなもんだと思ってるけどな。
「お、魚群発見……こりゃあサバかな?」
しかし、まるで小魚の群れみたいな大群落になってやがる……マジか、こんな近海で?
出漁が世界的に停止しているせいかな?
いやしかし、ものすごい数だわ。
「なぁマオ」
「?」
「小さいのがいっぱいと、大きいのが少しと、どっちがいい?」
「んー……小さいのって、どれくらい?」
「これくらいだ」
だいたい50cmくらいをマオに教えてやる。
「小さいねえ」
「ふむ、さすがにもう少し大きいのがいいか……おっ!」
よくわからんが、メーター級のがひっかかったぞ。ブリかな?
「いた?」
「いた。ちょっと水揚げしてみよう──頼む」
『いいよー』
『オケー』
精霊に頼み、力場で三尾ほど捕まえてもらった。
「よしいける、水揚げするぞ、カゴの用意はいいか?」
「いいよー」
「おけ、『じゃあ頼む!』」
『おけー』
『いくよー』
そんな精霊たちの反応があったかと思うと、水中から三尾の大きな魚が現れた。
うん、やはりブリのようだ。
そのまま引き上げて、マオの取り出した大かごに誘導する。
「ほれ」
「きたー!!」
どさっとカゴに入る重みに、うれしそうに覗き込むマオ。
「どうだ?」
「ん、知らない魚。でもおいしそう」
「どれどれ……ああ、いいブリだな。季節外れだけど悪くなさそうだ」
「ぶり?」
「ああ、鰤だ。俺たち日本人にはとても馴染みのある魚だよ」
「解体していい?」
「もちろん、好きにばらしてみろ」
「やる!」
この季節だとちょっと油が足りないけど、生でも食えるくらい美味なはずだ。問題あるまい。
マオは大きな板をとりだした……もちろんまな板だ。
生き物の解体は精霊任せの俺だけど、魚だけは俺自身がやってたからね。
だからマオも、その流れにそっているんだろう。
「~♪」
ん?鼻歌?
いや……そもそもこいつ、鼻歌なんて歌うのか──
(あぁ)
そういやあっちの世界でも、たまに上機嫌の時にスンスン、スンスン言ってたな。
だけど身体構造が猫だったせいか、ちゃんとメロディになってなかったが。
そうか、あれ鼻歌だったのか。
まさか、こんなところでマオのクセの意味を知るとは。
あははは、かわいいもんだなぁ。
「なぁマオ」
「なに?」
「その鼻歌って」
「うん、ユーがよく解体しながら歌ってたの。覚えた」
「……え、俺が歌ってた?」
「うん」
俺のマネなのか?
「……自分じゃ気づかなかった。そうなのか?」
「うん。ご機嫌になるとよく歌ってたよ?」
「……そうか」
全然気づいてなかったよ。へぇ。
上機嫌で笑っていたら、なんか向こうでテント立てていたユミが変な目で見てる。
あ、なんか歩いてきた。
「よう、テントはどうだ?」
「あとは装備品ですけど……で、どうしたんですか?」
あー、そういうことか。
「いやなに、マオが鼻歌売ってるからソレどうしたのって聞いたら、俺の真似だって言われてビックリしてた」
「えっと、どういうこと?」
「あー、要は俺も知らない俺のクセをマオが真似してて、しかも向こうでは全然気づいてなくて、それを改めて知らされた」
「……ああ、そういうこと」
ユミは謎の納得をして、そして「仲良しですねえ」と口元に手をやって、うふふと生暖かい笑みで笑いやがった。
ああ、うん、まあ。
「さて、じゃあ続きしてます」
「おう、もう少しなんでよろしくな。ところでリクエストあるか?」
「もしできるなら、おさしみ食べたいですけど」
「お、いいねぇわかった、一本だけ挑戦してみるよ」
俺はマオに顔を向けた。
「マオ、今とってるヤツは……ああ、それはそのままでいい」
「うん」
マオは内臓を海に捨てて身を洗い、蒲焼きみたいに串刺しを作り始めていた。焼く気まんまんだな。
実は俺、マオに生魚を食わせた事がない。
だってさ、異世界の寄生虫なんて知らねえもん。
だから「中に毒虫がいる事があるから、生で食っちゃいかん」と教育してある。必ず熱を通すか、一度完全に凍らせろと徹底してる。
「今から揚げるやつは、ちょっと特殊なことをするから俺がやる。そっちは任せた」
「わかった」
「あと、コレ使ってみるか?」
「これなに?」
「日本の醤油だ」
「え、これショウユなの?」
「うむ、家の倉庫にあったやつだ……ちょっと確認する」
醤油のボトルをアイテムボックスから取り出し、封を切って少し出してみた。
「んー、ぺろぺろ……いいようだな」
元々の用途を思えば、たとえプラスチックボトルでも冷暗所に一年なら問題ないだろうとは思っていたが。
このぶんだと、各地を探せば当面の醤油は確保できそうだな。
醤油をマオに渡した。
「これも『ペットボトル』なんだ」
「軽くて運びやすいからな」
けど、これはこれで長期保存には不利なんだけどね。
「もっと大量なら知らないけど、この量を瓶や樽で売買しないと思う。
それで本題だが、向こうのと比べると辛くないと思う。ほれ、舐めてみ?」
「ちょっとまって……あ、ほんとだ辛くない!」
こわごわ舐めてみて、マオも納得したらしい。
「すごい……ユーの言ったとおりだねえ」
「ん?」
「言ってたでしょ、ニホンのショウユはこんな辛くないって」
「そうだ、よく覚えてたなぁ……使えそうか?」
「ためす!」
「おーよしよし、任せるから好きにやってみろ」
「わかった!」
醤油はよく似たのが向こうの世界にもあったが、マオにはちょっと塩辛すぎた。
塩分控えめの最近の日本製はどうかと思ってたが、使えそうかな?
マオに醤油を渡して、それから味噌も持参していたのを渡した。
俺は追加のブリを数尾とり、一尾だけ残して、これの残りも渡した。
よし。
「うし、みんな頼むぜー」
『わかったー』
『いくよー』
俺はどうも手先が不器用なので、イメージ通りに解体したい時は精霊に頼むのが確実だ。
で、ブリを精霊術で解体していく。
「ああ、やっぱり虫いたか」
『いるよいるよ』
「とっぱらってくれ」
『はーい』
魚には時々寄生虫がいる。
ブリの寄生虫といえばアニサキスが有名だが、他にもいろんな種類がいる。
実は有害なのはアニサキス含めても少しだけなんだが、無害な寄生虫でも別の問題がある。
ぶっちゃけるとだな、寄生部は不味い。味も歯ざわりもやられちまう。
当然、取っ払う。
さて。
「これでいいかな?」
『虫とれたよー』
「おう、ありがとな」
精霊に細かいとこまで確認してもらい、一本分の身を確保できた。
そのへんの石を削ってもらって即席の皿を作ると、そこに薄くスライスした刺し身を……。
あ、そうだ。
「なあなあ、ちょっと聞いていいか?」
『なにー』
「天城かどっか、このへんで山葵あるよな?ちょっとだけ、これくらい欲しいんだけど」
指先をピッと出して質問してみる。
さて、どうなるかな?
『あるよー』
「あるのか。もらってこれるかな?すぐ揃うか?」
『んー、魔力いっぱいくれる?』
「おう、頼む」
精霊に取り寄せを頼むと、難易度で必要魔力量が変わる。
まぁ当たり前だけど、遠いとコストがかかる。
あとは、めんどくさいやつ……現地で加工が必要とか、そういうのも大量の魔力がいる。
要するにだ。
どこにあるのかも知らないワサビを、ちょっとだけ収穫してもってきて、なんて虫のいい頼み事をしようとしたら、とんでもなく莫大な魔力がいるんだよね……魔術や精霊術の専門家がいたら、おまえバカかと笑われるレベルで。
いいじゃん別に。
人生なんてそんなもんだよ。
第三者的に無駄でも無意味でも、当人が満足してればそれでいい。
そういうもんだと俺は思ってる。
お、なんか説教くさいセリフになったな、ごめん。
で、問題のわさびだけど。
「キター!おお、ありがとな!」
『あははー』
『なんくるないさー』
なんで沖縄?まぁいいけど。
さっそく精霊からわさびをもらうと、ちょっとすりおろして皿の横に盛り付ける。
「つーかおまえらも参加しないか?」
『え、いいの?』
「もちろんいいとも、ていうか向こうじゃみんなとよく宴会したよ」
『おー』
さっき見つけておいた流木を即興で削ってもらい、精霊用の小さい皿やコップを作った。
「よし、できた。マオ、そっちはどうだ……って、いい匂いだな」
「焼けるの待つだけー」
見ると、普通の串焼き魚、醤油を塗った串焼き魚のほか、よくわからないスタイルもあった。
炎の近くの木の上に並べてある。
「なぁ、これはなんだ?」
「エルフ焼きにミソ入れた」
「あ……エルフ焼き!おまえ作り方習ったのか!」
「うん、ユーがおいしそーに食べてたから」
「おお、よくやった!すごいぞ!」
「えへへ」
すげーなとマオの頭をなでてやると、めっちゃ幸せそうな顔しやがった。
馬鹿野郎、幸せなのは俺の方だっての。
このかわいいやつめ、どうしてくれよう。
ん?エルフ焼きってなんだって?
そうだな、簡単に説明しておこう。
【エルフ焼き】
食材にエルフ式味噌、通称エルフ豆を塗るか漬け込むかして、それを焚き火か精霊炎のそばで炙って焼き上げる。エルフ領の冬場の風物詩になっている。
味噌漬けをホイル焼きにする感覚に近い。
燻製のようにして、携帯食として持ち歩くこともある。
まぁ要するに味噌焼きのたぐいだと思う。
説明おわり。
「よし、いいかな。……ユミ、そろそろ食えるぞー」
「はーい」
きちんと作られた一人用テントサイトから、ユミの声が返ってきた。




