魚とりを開始する
単に眠るだけなら建物をひとつ確保すればいいんだけど、地球文明に参っているマオのことを考えると、野営がいいだろうと考えた。
野営でも外にいれば建物は目につくだろうけど、天幕の中ならその心配はない。
「マオ、少し早いが野営地に向かうぞ」
「え?野営?まだ夕方にもなってないのに?」
当然の疑問に対し、俺は簡潔に説明した。
「ここいらで一息入れようぜ」
「?」
「あのな、小田原を出て伊豆半島に入ったから、これでめでたく関東を出られた事になるんだ。
ゾンビも減るし、緑もかなり増えてくる。
ちょうどいい区切りだ、ここいらでちょっとのんびり遊ぼうぜ。ダメか?」
「……ああ!」
マオが一瞬ポカーンとして、それから納得したように笑顔になった。
「ふん、ようやく理解できたか。
俺にとっちゃ、おまえを預けて以来だけど、おまえは十年ぶりか?それとも誰かと……」
「うん!うん!!ううん、ユーとしかしてないよ!!」
「そ、そうか」
「???」
どんどんテンションが上がっていくマオ。
そして対象的に、置いてけぼりのユミ。
「えっと……なんなんですか?」
「ああ、えっとね」
ユミにも説明しないとな。
「あっちの世界でさ、節目のたびに野営してバーベキューしてたんだよ。国越えしたとか、砂漠を渡ったとかね」
「……普通そういう時は、いいとこで食事するとかでは?」
「俺の連れはマオだぜ?しかも向こうにいた時、こいつは猫族だったわけで」
「あ」
うん、わかってくれたかな?
「ああ、そうなんだよ。
お高くとまった店だと、猫族がリラックスして心のむくままに食えないからなぁ」
「……たしかに」
「それにあっちの世界のそういう店って、猫族を人間扱いしてくれないんだよなー。ペットお断りって追い返すならまだしも、刺股みたいなの持って捕まえに来た事があってさ。
制圧してやったら、事件にはしないからもう来ないでくれと」
「……あー、人間族のお店が多かったですね、そういえば。ちなみにその件でユウさんは?」
「もちろん、事件の全貌をエルフに吹聴してやったとも」
「うわぁ……それって大変なことなんじゃ」
「うん。エルフが一切寄り付かなくなっただけでなく、エルフを交えた会合でも名前を出すだけで拒否られるありさまでさ。少数民族叩きって事でドワーフも利用拒否するようになって、とうとうドワーフ系国家やエルフ領の支店をみんな閉じちゃったらしいよ」
「それ、ホワンヌ商会系の食堂ですよね、あそこ売れてるけど微妙でしたねえ」
納得げにユミがうなずいた。
「それにしてもバーベキューって、どこからその発想が?」
「どこって、日本でもバーベキューするでしょ?そういうノリでさ」
「ユウさんは関東ですよね?バーベキューを日常的にするのは……北海道とか東北じゃないんですか?」
「そうか?まぁでもウチはやったからいいんだよ」
北海道のジンギスカン、東北の芋煮会、そして沖縄のビーチパーティ等。
あれ?そういや西日本であまり聞いたことない?
うーむ……廃れちまっただけなのか、もともと習慣ないのかどっちだろ?
けど、高知出身の親父は小さい頃、仁淀川ってとこの河川敷でバーベキューしたってきいたぞ?習慣がないってのは早計じゃないか?
ま、いっか。
「ユウさん、キャンプするって事ですよね?だったら、わたしからもお願いがあります」
そんな話をしていたら、ユミから声があがった。
「ほいほい、なに?」
「実は、ひとり用のテントがあるんですが……実はマオさんには言いましたけど最近、テストしてないんです」
「ほほう、じゃあテストすりゃいいさ。結界を広めに張るよ」
「ありがとうございます、お願いします」
俺とユミがそんな会話をしているうちに、マオの方は狭い車内でしっぽをバタバタさせる状態になっていた。
ははは、もうまわりが見えてないな。
けど。
「肉!!」
あ、まずい。そこだけは訂正しとこう。
「ちょっとまてマオ、ごめん、悪いけど肉は手持ちがない。狩りをしてないからな」
「……あ、そっか」
うう……かわいそうなくらい凹んじまった。
「つーわけで魚とるぞ魚」
「お魚!」
お、また復活した。
「ユウさん、そういえば手持ちの食材って」
「ないよ、でもここ伊豆だろ?目の前に海があるんだから、魚をとるさ」
「今からですか?でも釣りとかってそんなカンタンにとれます?」
「あー……そうか、ユミは知らないのか」
「?」
首をかしげるユミに。
「俺は戦いって苦手でさ、そんで精霊使いってのも魔力喰いで基本的には戦闘むけじゃないんだけど。
……けど、精霊使いには精霊使いの得意分野があるんだぜ?」
俺は笑った。
伊豆の好きな両親をもつ俺としては、真鶴はマイナーな場所ではない。
だけど、国内旅行に詳しくない今どきの旅人にとって真鶴はあまりメジャーではないだろう。親父なんか、若い頃に小松左京の小説で地名だけ見たよって言ってたっけ。
そんな真鶴にある小さな半島、その一角に俺たちはやってきた。
「ああ、ここ道を塞いどくか」
半島の中央あたりまで来たところで精霊に頼み、2つある道路をバリケードで塞いだ。
この時、まちがってもゾンビたちに姿を見せないようにしながら。
「よし」
ゾンビは生前の行動を繰り返す。
だから道路を塞げば、なにもない山を藪こぎしながら突破してくる事はないし、海を泳いでまで広がってくる事もない。
ただし、明確にこっちを認識していればこの原則が破れ、道から外れても追いかけてくるんだよ。
だから、あくまで姿を隠して道を塞いでいく。
「久々にやったけど、うまくいきそうだな」
「ひさびさ?」
「あっちの世界でもゾンビ対策は変わらないから」
「やったことあるの?」
「ああ、あるよ」
あらゆるアンデッドの中でも、ゾンビはちょっと特別だ。
スケルトンは決まった場所に配置されることが多いので、避けるのは難しくない。
ところゾンビの場合、ある程度の行動範囲だけ指示すると、あとは自由に徘徊させる事が多い。
勝手に徘徊しては人をゾンビにして仲間を増やし、さらに徘徊を続ける。
少数なら焼けばいいけど、千単位や万単位になると、そこいらの魔術師も神官も魔力なんて追いつくわけがない。魔道具や秘技にも限度がある。
結局、ケツまくって逃げ出すしかなくなる。
ゾンビが最もおそろしいのは、この数の暴力なんだ。
「よし、乗り越えたり迂回してくるヤツもいないな。成功だ」
「この奥にはいないんですか?」
「いるよ。多くないけどね」
「それはどうするんですか?」
「燃やしてもいいけど、こうする。ホレ」
「え?あ!」
俺の指差す方向を見て、ユミは驚いている。
そうだろうな、何か人のようなものが空を投げ飛ばされていくんだから。
「バリケードの外に投げてるんですか?燃やした方が楽なんじゃ?」
「建物を占拠しているグループは、建物ごと焼いちゃうよ。
あれは屋外を徘徊していた少数のグループだから、追い出しておわり。
焼くのって結構エネルギー使うんだよ」
「はぁ~……」
「さて、もうちょっとまっててね」
「はい」
しばらく待つと、真鶴半島の奥部からゾンビはいなくなった。
浜辺のひとつに車をおろし、念の為にその通路入口も閉鎖しておく。
さらに、ここぞと決めたあたりに結界を作る……公衆トイレをひとつ巻き込む形でな。
「ユミ、テントのテストするんだろ?この広さでいいか?」
「はい、大丈夫です。ユウさんたちは?」
「マオのテントたてて、それから魚をとるよ」
「え、マオさんテント持ってたんですか?」
「あっちから持ってきたんだと。──マオ、たのむ」
「うん」
マオはうなずくと、アイテムボックスに手を突っ込んだ。
「どこ?」
「サイズは?」
「前のやつ」
「ああ、あのサイズでいいのか……じゃあ、このへんかな?」
「わかった。入り口は?」
「南がいいかな、あっちだ」
「わかった」
そして、ずるりと手を滑らせたかと思うと。
そこには、ちょっと歪んだ大きなテントっぽいのが出ていた。
「お、ペリカじゃねーか」
「張り綱張る」
「手伝おうか?」
「反対側」
「ペグくれ」
そういうと、俺も張り綱の固定を手伝った。
二分もたたないうちに、そこにはエスニックな遊牧民風テントがドーンとたっていた。
「ペリカ式じゃないですか、いいですねえ」
「ドワーフ式みたいに荷物が入らねえけどな」
ペリカ式というのは、エルフ族が来客用に使うテントだ。まったり野営する時の愛用品である。
……って、あれ?
見覚えのある落書きや補修跡が。
「マオ、これ、俺が置いていったやつか?」
「うん」
「あのぽんこつ、ここまで直したのか……大変だったろ?」
「みんな手伝ってくれたよ?」
「そうか……」
俺は懐かしい顔を思い出した。
「ユミ、俺たちは魚をとるけど、テントのテストはどうだ?……って、おお」
見ると、俺みたいな軟派なキャンパーでもわかる、めっちゃ硬派な山岳用テントが。
「すげー、それ高いやつだよな?」
「でもシーリング弱ってるみたいで。これからシールします」
「手伝おうか?」
「大丈夫です、こちらこそすみません」
「気にすんな、自分の道具の責任は自分しかとれないからな」
「はい」
「じゃあ、終わったら混じってくれ。魚やってるから」
「はい」
海辺に移動した。
なんかビーチがあるけど広くなくて、どこか人工的な感じがする。
うーむ……魚は沖から引っ張るしかないな、よし。
「マオ、おまえカゴか何か持ってるか?」
なければ精霊に作ってもらおう。
「ユー、これ」
「え、まさかこれ」
「うん、もちろん」
なんとマオは、俺が向こうにおいてきたはずの道具類をもってきてくれたらしい。
精霊刀まで出てきた時には、ちょっと涙腺がほころんでしまった。
あ、ちなみに精霊刀って名前はカタナだけど、要は硬い木でできた包丁な。
「これも回収してくれたのか、大変だったろ?」
「マオが使う、ユーはお魚に集中して」
「……まかせていいのか?」
「もちろん、解体もできる」
「なに、解体覚えたのか?」
「チナイに習った」
「シナイだろ?でもそうか、シナイ婆さんに習ったか!」
「フッ、いつまでも『たべるネコ』ではない」
「おー、やるじゃねえか!」
「どや」
俺はマオの頭をなでてやった。
マオはというと、「まだ早い、褒めるのはちゃんとできてから」などと言いつつも嬉しそうだった。
シナイというのはエルフ領の人で、俺たち専用の担当として長老たちが世話してくれた人だ。
実はハイエルフの婆さんで、マオをえらくかわいがり、俺もずいぶんと親切にしてもらった。
たべるネコというのはシナイさんとの会話で「猫族には刃物で解体するという概念がない」という話をした時のことだ。
食文化の違いを婆さんは言ったんだけど、マオは「食べるだけで何もしない」と言われてると思ってズンドコ落ち込んでしまった……ってわけだ。
「わかった、じゃあカゴは任せる」
「ウン、任された」




