別視点・合流
今年最後の更新です。
ユウが謎の車をゲットしていたその時。
マオとユミのコンビは、これまた謎の会話をしつつ平塚の町を回っていた。
「!」
「どうしました?」
ピクッと反応したマオに、いぶかしげにユミが質問した。
「今、ユーが車ゲットした」
「そうですか。だったらこちらは探索切り上げですか?」
「けど困ってるって」
「え?どういうことですか?」
「予備の燃料と入れ物がほしいって」
「なるほどわかりました……では行くしかないですね」
「行くしかない?」
「ホームセンターです」
ユミはためいきをついた。
困った時のホームセンター、なんて言葉がある。
資材や物資で困るとホームセンターは実に頼りになるものだ。登山用品などの先鋭化したものはあまり期待できないものの、その代替品──たとえば登山用品でなくファミリーむけの安価なキャンプ用品、夏の日焼け対策に農業用の腕抜きなど、妥協が許される前提ならこれ以上なく頼りになる。
だがこれは同時に、大型ショッピングモールなどと同様の問題もはらんでいる。
つまり資材を占有する「人間」がいるということだ。
ふたりは郊外にある小さなホームセンターに近づいていた。
「マオさん、あそこに人がいるかどうかわかります?」
「……いる、男が4、女が2」
「これでもいるんですか……困りましたね」
「これでも?」
「これ、ホームセンターとしてはかなり小さいんですよ。
物資を占有したい人は当然、大きな店に行きたがります。モノが多いですから。
だから、ここにはいない事を期待していたんですが」
「……なるほど」
転生者であるユミは、地球の知識のないマオにもわかりやすく説明した。
「音を消して、遠隔で運び出す事はできますか?」
「どれを運べばいいのかわからない」
マオのひとことに、ああとユミはうなずいた。
「なるほど、そうですね……じゃあどちらにしろ、潜入しないとダメですね」
「どうして?」
「予備の燃料を持ち運ぶためには、ガソリン携行缶というものが必要なんです。
ガソリンは常温だと容易に揮発する危険物ですから、頑丈な金属製の缶に入れます。
つまり重くなりがちなので、容量少ないけど軽いものから、いくつか種類があります。
状況によっては3つも4つも必要になりますね」
ユミはためいきをついた。
「マオさん、ユウさんから『燃料をどれくらい入れたいか』についての指定ありました?」
「聞いてみる」
そういうと、マオはしばし黙った。
「今乗ってる車が40。一回満タンにするくらいは欲しいって」
「40、ああ40リッターですね」
なるほどとユミはうなずいた。
「このあたりのホームセンターで買えるのは、たいてい最大で10リッターの缶だと思います。
つまり40リッター確保したいなら4つの携行缶を持ってくる必要があります。
もし運良く20リッターの缶があればラッキーですけど、20リッターの携行缶となると重くなりますし、何かあった時のリスクも大きくなります。
マオさん。
金属製で、ぶつけると大きな音がする4つの缶を、音がしないよう、中の人に見つからないように外まで運べますか?」
「即答できない。けど」
「けど?」
「そういうのマオは苦手」
マオは困ったように言った。
「そうですか……だったら仕方ありませんね」
「仕方ない?」
「始末しましょうって事です」
「……」
マオはユミをじっと見た。
「マオさん、やるならユウさんが来る前にしないと」
「……ユーに聞かないの?」
「ユウさんが見れば、女性を助けようとするかもしれませんね。わたしを助けてくださったように」
「うん」
マオの返答に、大きくユミはうなずいた。
「けど、仲間あるいは女として共存しているのか、意思に反して飼われているかの判別は難しいですよ?
人の心の機微はややこしい。下手すると本人ですらわからない事もあります。
ユウさんは、そんな人の世の混沌を普通に飲み込めるほど大人じゃない。そうですよね?」
「……」
「ですので今、マオさんに提案するんです。ユウさんがいない状態で。
これなら、敵か味方かでさっくり処断できるでしょう」
「……」
「これは推測ですけど、今までマオさんはひとりでそうなさってきたのでしょう?ユウさんを守るために」
「!」
ピクッとマオが反応した。
「ユーはそこまで弱くない」
「ええ、それはわかりますよ。
ユウさん本人は自分を強いと思ってないようですけど、そもそも『弱者』なら人間族の召喚対象になるわけがない。彼は間違いなく強者でしょう。
けど同時に、誰かを見捨てて平然としている種類の人でもないでしょう。
なぜなら、そういう人じゃないと他人のために戦ってくれないから。そういう人物を狙って召喚しているはずです」
「……ユミ、あんた何者?」
「元ドワーフの一般人ですよ?
……まぁ、かつての夫はドワルゴの重鎮のひとりでしたから、ちょっと余計な事を覚えてはいますけど、わたし自身はただの鍛冶師です。夫がデスクワークに振り回されているため、子どもたちや使用人と鎚をふるっていましたが」
「……そんな生活でも鍛冶はするんだ」
「は?ものづくりは人生の基本ですよ?そんなエルフじゃあるまいし」
「……本当にドワーフ」
「うふふ、それほどでも」
「ほめてないから」
マオは、ユウがよくやるように大きなためいきをついた。
「そこまでわかるなら、なんでユーについてくる事にしたの?」
「なんでって、こんな状態で勇者パーティのお誘いですよ?渡りに船じゃないですか」
「人間族のユーシャが信用できるの?」
「ご本人とマオさんを見て、これで信用できなきゃ誰が信用できるっていうんですか?
まぁたしかに性格面などに不安がありますけど、そこはマオさんがサポートしているわけですし」
「……」
「……」
ふたりは見つめ合った。
「マオさん、わたしにも背負わせてください。マオさんの手駒でいいですから」
「……それでいいの?」
「いいもなにも、相槌をふるってこその仲間でしょう」
この場合の相槌とはもちろん、鍛冶仕事をする時に共にハンマーをふるう相手のこと。対等な同僚や友人でやることもあるが、師弟や親子など、上下関係でもありうる。
マオはそれを察し、ためいきをついた。
「……つらいかもしれないよ?」
「マオさんだって、鎚が軽い時ばかりじゃないでしょう?
わたしにも分けてください、共にいい剣を鍛えましょう」
「……わかった」
いちいち出てくる鍛冶的表現は、おそらくユミも素で話しているためだろう。
無防備ぶりに苦笑しながら、それでもマオはうなずいた。
ふたりはウンと真剣な目をしてうなずきあった。
「それで、どうです?」
「ちょっとまって、今、確認する」
しばらくマオは目を閉じて口の中でブツブツつぶやいていたが、やがて顔をあげた。
「とれた。これ見て」
そういった瞬間、ユミの目の前に映像が広がったのだけど。
「あー、これはこれでわかりやすいですね」
「……趣味?」
「趣味でしょう。単に拘束するだけならここまでやらないです、変態がいるみたいですね」
「うわぁ」
「わたしは始末に一票。マオさんはどうします?」
「そんなの確認するまでもない」
ユミは大きくためいきをついた。
「今、イシを確認するよ。ちょっと待って」
「はい、よろしくお願いします」
しばらくマオは沈黙していたが、やがてウンとうなずいた。
「いこう」
「はい」
◆ ◆ ◆ ◆
結論からいえば、売り場には5リッターまでのガソリン携行缶しかなかった。
だが、男たちは20リッターのガソリン携行缶をふたつ持っていた。しかも燃料つき。
ただし別の問題が発生した。
20リッターのガソリンいりの金属タンクは重く、人外で力のあるマオはともかく、小さな体のユミは悲鳴をあげる事になった。
それでも「マオが持とうか?」というマオの申し出を断り、強化魔法も駆使してやっと出口まで運んだところで、小さなエンジン音が近づいてきた。
一台の軽自動車。運転しているのは当然ユウだ。
小さい車だが屋根の上に頑丈そうなキャリアがついていて、積載性はありそうだった。
ユウを乗せたそれは見通しのいい交差点で徐行し、律儀にウインカーを出して曲がると、ホームセンターの前で待っていたマオとユミの前に車を止めた……停車中とわかるようハザードランプまでつけて。
「やぁおつかれ。燃料もあったのか?」
「ユー、コレどうする?」
「まずは燃料屋を探すつもりだったが……そういう事なら、しまっとくよ」
そういうと、ユウはアイテムボックスにその大きなタンクを収容してしまった。
「容量ありますね」
「これくらい余裕だよ」
なぜか得意げなユウに、ユミが小さく微笑んだ。
「ひとつ質問なんですが」
「なに?」
「すると屋根の荷台は飾りなんですよね?」
「まぁ非常時にはキャリアとして使うけどな」
「だったら、その荷台にオリーブドラブのシートかけて紐止めしているのはなぜですか?
風でバタバタいいそうですし、しまった方がいいんじゃ?」
「ん?ブルーシートよりかっこいいだろ?」
「……」
「……」
遠くでカァ、カァと鳴き声がした。
「……いえ、重要なのは見た目のかっこよさではなくて、風対策として」
「あ、かっこよさをバカにしたな?
愛車がかっこいいのは旅人には大切なことだぞ、ホントだぞ?」
「……あー、よくわからないけど、わかりました。そういうことにしときます」
話しても無駄だと思ったユミは、それ以上の指摘をあきらめた。
「ところで、こんなホムセン前に止めといて今さらだけど、問題はなかったのかな?」
「本当に今さらですね……ありましたよ、六名の籠城者がいて、うち4名と戦闘になりました」
「倒したのか……残り二名は?」
「飼われてた女の人です」
「そうか……マオ、そのひとたちは「無理」……わかった」
マオのひとことに、ユウは悲しげな顔をした。
「何もきかないんですか?」
「事情があって助けられなかったんだろ?
あるいは、男である俺に見せるべきじゃなかった。そうだろ?」
「……はい」
「マオがそう判断したんなら、それでいいさ」
そういうとユウは肩をすくめた。
そして、そんなユウを見たユミは複雑な微笑みを浮かべた。
「信用なさってるんですね」
「相棒を信用できなくて誰を信用すんだよ。
マオのことだ、良かれと思ってやってくれたんだろうし、それでいいよ」
「聞いてみたら、納得できないことがあるかもしれませんよ?」
「そりゃあ、俺は平和ボケ日本人だからね、否定しないよ。
けど、言ったけどマオはそれを見越してよかれと判断しているはずだ。
……いつもいつもマオに迷惑かけてて、恥ずかしくはあるんだけどね」
「……」
「さ、乗れふたりとも。移動するぞ」
「うん」
「はい」
帰省いたしますので、次回更新は1/6になります。
皆様、よいお年を。




