車探し
翌日、俺たちは出発した。
といっても伊豆に向かったのではなく、二手にわかれての車探しだった。
三人なのに二手に別れたのには理由があった。
マオと俺は精霊経由で通信できるけど、ユミはできない。
しかしマオは地球の車の知識なんか持ってないから、こっちも一人じゃどうしようもない。
そんなわけで二人を組ませ、俺は別行動になったってわけ。
そんなわけで、俺たちは平塚の市内を探索中。
俺もマオが来て以来の単独行で、身軽ではあるがちょっと寂しくもある。
そんなことを考えつつも市内を見物していく。
ところで。
「うぁぁ……ァア……」
当然のようにゾンビが、しかも大量にいる。平塚は結構大きな町だから当然っちゃあ当然だな。
とはいえ、音も熱も遮断しているから襲われはしないけどな。
今さらだけど、俺の立場を簡単にいえば、こうなる。
「逃げ出したレベル1勇者」
……なんていうか、ちょっと情けないけど事実だ。
脆弱な現代日本人である俺は、戦いはまるでダメだった。
向こうでは、かわいい女の子だって足腰がしっかりしている。歩くしか無いからだ。
俺も毎日歩いて慣れたけど、幼児時代から歩いてる彼らには到底勝てなかった。
そんな俺だけど、異世界初日から精霊にはやたらと好かれた。
ぼっちの時は精霊だけが話し相手だったし、毎晩のように精霊と語り合い飲み会をして。
そして気づけば、精霊使いと呼ばれる存在になっていた。
まぁ理屈はいい。
かわいい精霊たちのおかげで俺は道をひらき、帰ってこられたんだからな。
『たのしー』
「やぁ」
精霊のことを考えていたせいか、精霊たちがワラワラと集まってきた。
指をたててクルクル回してやると、それだけで精霊たちは指につかまり、くるくる回ってキャッキャ楽しそうだ。
うんうん、今日も愛いのう、げへへへ。
ってやべえ、うっかり本性出しかけた。
『遊ぶ?遊ぶ?』
「いいね、けど、その前にちょっとだけ手伝ってくれないか?」
『ん?なになに?』
「三、四人乗れて走れる車を探してるんだ。小さめで頑丈なやつ。このあたりにあるかな?」
はっきりいうと、さすがに無理かなとも思っていた。精霊に車の知識があるとは思えないしね。
けど、車の知識がない、イコール知らないとは限らないと思ったんだ。
そして。
『あるよー』
「お、あるの?」
『うんー』
『冬まで使われてたー』
「前の冬?ゾンビがもういたんじゃないの?」
『そだよー』
生存者が使ってた車ってことか。
「乗っていた人はどうした?」
『ぞんびー』
あー、ゾンビになっちまって乗り手がいなくなったのか。
ふむ。
「おもしろそうだな、案内してくれる?」
『いいよー』
『こっちー』
精霊のガイドで移動中、道端に止まっている車をいくつも見た。
けど正直、いい状態の車は見あたらない。
そりゃそうだ、風雪にさらされて一年、使えそうなやつはとっくに再利用されているんだろう。
かろうじて残っている状態いい車もあるけど、それは……。
『それ、さわるとうるさいよー』
「セキュリティーか」
素人の俺には手がつけられないし、だいいち、音でゾンビ呼ばれたらたまったもんじゃない。
ちょっと古い車などがあればいいのだけど、そんなん都合よく放置されてるわけもない。
やれやれ。
そんな移動の末、その店はあった。
「ここにあるのか?」
『裏のそうこー』
倉庫?ああ、車庫兼倉庫みたいなもんか。
自宅兼用の小さな古い車屋のようだった。シャッターが完全にしまっていて、店にも作業場にも入れないようになっている。
「中にゾンビいるか?」
『お店と中庭ー』
『一体ずつー』
了解。
「俺が入れるくらいに店のシャッター開けてくれ。
でかい音がするだろうけど、音をまわりに聞かせないようにできるか?」
『おっけー』
『できるー』
スルスルと音もなくシャッターが開いていった。
店舗は古臭いを通り越して完全に寂れていて、シャッターが開いていても営業中か半信半疑って感じだろう。たぶん固定客の車のメンテなどが主な仕事で、昔気質のおやじがひとりで仕切ってそうな感じのたたずまいだった。
そして。
「ああ」
店長とおぼしき老人ゾンビがいた。
もう一体がいるという中庭に誘導する事にする。
店内はボロくて小さいだけあって、誰の手もついてなかった。
小さい店の方がセキュリティは甘いという考えもあるだろうけど、あまりに小さいと、そもそも取るものがない。たぶんだけど、そんな理由で略奪者の手を逃れてきたんだろう。
老人ゾンビをつれて中庭に出ると、たしかにこっちにもゾンビがいる……婆さんが。
『よし、炎結界……ごめんな』
婆さんのゾンビもろとも、一緒に焼いた。
改めて、ほかにゾンビがいないことを確認してから調査開始。
倉庫は中庭の奥にあった。
作業場から中庭を挟んでつながっているし、妙に扉が大きい。
おそらく、作業場で修理したものを一時保管する役目もあるのだろう。
木製の粗末な扉を「大丈夫かこれ」と思いながら開くと、その中は部品と機械の山。
そしてその中央に、おもしろいものが鎮座していた。
年式が全くわからない軽四ワゴン車。
「なんだこの車?」
イエローカーキのボディだけ見たら、スズキの軽ワゴンをカーキ色に塗っただけに見えるんだけど……何か変な車だった。
具体的には、下回りが異様にゴツいし車高も高く、タイヤもやたら大きい。
こんな変なワゴン、スズキにあったか?
──あ、もしかして?
「そうだジムニーだ、ジムニーに他の外装乗せたやつだ!」
スズキジムニー。スズキが誇る世界的に有名な、小さくも偉大な四輪駆動車のロングセラーモデルだ。
この車は頑丈なうえに土台がしっかり作られているので、上のガワだけ載せ替えるような大改造をする人がいると聞いたことがある。
ははは、まさかこんなタイミングで現物にお目にかかるとは。
「もしかして、これかい?」
『そだよー』
『あたりー』
ほほう。
まぁいい、とりあえずキーを探してみよう。
店舗のカウンターの裏、キーをまとめてかけてあった。
その中のひとつのキーにタグ代わりの荷札がつけられていて、そこには結構きれいなペン字で『斉藤J』と書かれている。おそらくだけどあの車で、斉藤というのがオーナーの名前かな?
店内のホワイトボードに色々書き込みがあって、その斉藤なる人物の名の入ったメモもあった。
「修理受け取り、納車日……修理は終わってるってことか」
デスクの書類を調べてみると、冬のものと思われる書類が出てきた。
これはたぶん……。
「お客さんがいる限り、そのまま仕事を続けてたって事か」
ゾンビうろうろのこの世界で、それでも仕事を続けていたと。
しかし、最後の車の納車前に人生終わっちゃったと。
それでもお店で待機していたのは……まぁ、そういう事なんだろうな。
いろいろ賛否はあるかもだけど、少なくとも俺は尊敬に値すると思った。
「……すみません、あなたの最後の仕事を汚してしまいます。ごめんなさい」
立って中庭の方を向いて、俺は頭をさげた。
残り少ないが、ガソリンの備蓄が見つかった。
そいつを車に注ぎ込むが……あんまり入りそうにないな。
「やっぱりこれジムニーだよな……となるとガソリンは多めに確保しないとまずいな」
昔、親父に聞いたことがある。
ジムニーは山じゃ本当にすごい車だけど、唯一の泣き所が燃費だって。
だから、特にスタンドのない山に入る時には気をつけろと。
眼の前の問題として、車を使うのは南伊豆までなんで、それでも問題ない。
その先が必要なら、それから悩んでも遅くはないだろう。
燃料を満たすと、運転席に乗り込んだ。
バッテリーの状況を心配したのだけど、キーをオンにすると普通に計器類が灯った。
キーを回し、エンジン始動。
さすが精霊たちが断言するだけの事はあり、あっさりと小さな軽自動車は目覚めた。
……ちょっと笑いがこぼれた。
『なになに?』
「いや、実は俺、自動車学校いってる最中に召喚されたんだよね」
しかもATでなくMT免許を。
『むめんきょ?』
「ははは、そうだよ。
帰ったら免許とるんだって、むこうじゃ夢の中でまで運転してたんだよなぁ」
それがイメージトレーニングになっていたのか、こうしていても不安はない。緊張はあるけど。
しかしまさか、帰ったら免許をとるべき社会が消滅しているなんて皮肉なもんだ。
そして、こうやって知らない誰かの車に乗り、ハンドルを握る日が来るなんてね。
クラッチをふみつつギアを入れ、そろそろと開放する。
──ずるり。
うっすらと埃をかぶっていた状況がウソのように、ジムニーは倉庫から外に出た。
「みんな、ちょっといいか?」
『なあにー?』
集まってきた精霊たちに頼み事をする。
「外にゾンビきてるか?」
『今はいないよー』
「おけ、入り口を開けてくれ。
あと、俺が出たら元通りに閉鎖してくれ。ゾンビが入ったりできないように」
『わかったー』
ここは、このまま静かに眠り続けるのがいい。
いつかは建物が朽ち果ててゾンビが入れるようになるかもだけど、その頃にはもう中もただの廃屋に成り果てていることだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
平塚の郊外にある小さな古い自動車屋。
遠い昔には賑わっただろうが、子どもたちが巣立ってから時も流れ、静かに寂れつつあった。
近年は年老いた、かつての若きオーナー夫婦が、昔からのお得意様……彼らもみな年寄りになっていたが……の車の面倒を見る毎日を過ごしていた。
ゾンビ事件が起きたのはもちろん知っていたが、それでも彼らは生活を変えなかった。
もともと町外れの上に引っ込んでいる場所でもあり、人があまり来ない場所……という事はゾンビも来なかった。老後の嗜みに作った畑も当面困らないだけの食料を与えてくれる。
客も似たような者が多く、彼らは連絡をとりあい情報や資材のやりとりをしつつ、年寄りなりに生活を続けていた。
もちろん、問題がなかったわけではない。
ただしそれはゾンビそのものでなく、人災だった。
たとえば……。
【避難所?勘弁してくれ、俺ぁ作業服は脱がねえよ】
【でも片山さん、あんた奥さんと二人だけだろ?】
【だから何だ?家があるのに避難してどうすんだよ】
【家にいるのは危険ですって!】
【ああ、あんたがここにうるさい車でサイレン鳴らしてやってきて、おまけにそうやって大声張り上げてるのが危険だな】
【はぁ?】
【てめえ、わざとやってんだろ。
ここは常連客くらいしか来ねえ、つー事ぁゾンビどもだってわざわざ寄り付かねえ。
そんなとこに、わざと下から鳴り物鳴らして走ってきやがって】
【何をおっしゃっているのかわかりませんが?】
【おまえらが住民を集めて何をしようとしているのかは知らんし興味もねえ。
だが、何も知らねえ孤立した年寄りと舐めた事やらかすなら容赦せんぞ、おい】
【奥さん、奥さんからも何か言ってください!こんな危険なとこは……っ!?】
【おい、死んじまったぞ】
二人暮らしは伊達ではない。
ゾンビ退治やら暴漢対応やらで、もう死にも死体にも慣れきっていたが、防衛目的でない殺しは別だ。さすがに眉をしかめた。
しかし。
【この人たちの仲間が、下のカーブまでゾンビをいっぱい連れてきてましたよ?
お話してみたら、ここに送り込むためのものだとか】
【なんだと!?おい、大丈夫か?】
【わたしはこの通りですよ】
【心配させんなよ。いくらおめえでもいつまでも若くねえんだぜ?】
【うふふ、ええ、わかってますとも】
【で、そいつらはどうした?】
【もう始末しましたよ。それであなた、やりすぎたかしら?】
【……そうか。いや、だったら問題ねえな】
はぁっとためいき。
そこには『これで裁かれるなら自分も一緒』という一種の決意も含まれている。
【しっかし、何考えてやがんだこいつら?】
【この間、奥寺のマキちゃんが言ってましたよ。
警察もいないからってやりたい放題してるバカがいるって。
なんでも、ゾンビをけしかけて人を殺したり追い出して、そこから金品を盗むんですって】
【……町の連中は何やってる?】
【あなたと同じですよ。そこまでするかって甘く見て大勢殺されたり奪われたって。
さすがに今は対応してるそうですよ】
【それで孤立してる年寄りを狙ってると……いやはや、そこまで落ちるかねえ?
ま、こんなんでも死ねば仏サンだ、重機で悪いが埋めてやるとするか】
【あなた】
【ん?】
【うるさい車はともかく、燃料と部品は再利用できるんじゃ?】
【たしかに……ははは、おまえはいい女房だよまったく】
【はいはい】
たくましく生きていた彼らのそんな毎日が終わったのは、とある雨の日。
暴漢くらいじゃビクしもしない妻の帰りが妙に遅い。
いぶかしんでいたら、なんと噛まれて帰ってきた。
夫はそれを見てためいきをつき、ただちに店を閉めてしまった。
──そしてその夜。
ゾンビとなった妻に噛まれた夫は、その妻を中庭で好きにさせると、自分はいつもの作業服姿で店内に戻った。
いつもの席に座り、いつものように煙草をふかしたのだった……彼が彼でなくなるまで。
──ガラガラ。
二度と開くはずのないシャッターが、誰もいないのに開いた。
店から出てきたのは、一台のバンタイプの、ただし妙にごつい軽自動車。
その車が出ると、再びシャッターはガラガラと、誰もいないのに閉じてしまった。
そして。
軽やかなエンジン音を響かせ、その車は旅立っていった。
あとに残ったのは、再び静まり返ってしまった、閉店済みの古い車屋だけだった。




