打ち合わせ
俺のせいで人類が、えらい事になるかもしれない。
たしかに大変なことだ。
大変なんだけど、悩んでいたらユミに言われた。
「いま心配しても仕方ないですよ。そんなことより、今できる事をやりましょう」
「え?」
「あのですね」
困ったようにユミは笑った。
「この世界もこれから魔物あふれる世界に変わっていく、それはたしかに大事件でしょう。
ですけど忘れてませんか?
現在進行系で世界中にゾンビがあふれ、今まで積み上げられてきた人類の文明がめちゃめちゃになってるんですけど?
環境変化以前に、今の状況のほうがずっと緊急で重大ですよね?」
「あ」
それは。
「それはそうなんだけど、けど、地球環境全体が変わるんだぜ?」
「ええ、たしかにそれは大事件です。
けど考えてみてください、今日明日いきなり地球の生態系が変わっちゃうんですか?」
え?
「精霊って、そんな全世界大変動みたいなのを即日やらかす存在じゃないですよね?
もしそうなら、向こうの世界はもっと精霊の気分次第で簡単に災害なんかが起きてると思うんですけど、そんな事ないですよね?
わたしの推測ですけど、精霊って基本的には長~い時間をかけ、ゆるやかに物事を変化させるんじゃないですか?」
「……あ」
「おわかりいただけましたか?」
そういうと、にっこりとユミは笑った。
たしかに、言われてみたらそのとおりだ。
ある仕事を精霊に頼んだ時、うっかり何もかも精霊任せにした結果、とんでもなく迂遠な手段をとられたってのはよくある事だ。
そう。
あいつら、タイムスケールが人間と全然違うんだよ。
言われたことをその長いタイムスケールでとらえて、そのまま処理しようとするんだ。
「ああうん、そうだったな」
仮にも精霊使いのくせに、何ボケてんだ俺は。
どうやら、ことが重大すぎて冷静な判断ができなくなってたらしい。
やれやれ。
ためいきをついていたら、マオがぽんぽんと頭をたたいてきた。なぐさめてるつもりらしい。
「ありがとよ」
「うにゅ」
鼻をつまんでやると、マオは眉をしかめて俺の腕に爪を立てた。アイタタタ。
なにしやがる、このやろう。
「フー」
「にゃああっ!」
「……(くすっ)」
そしてユミは俺たちを、おばちゃんが若いカップルを見るような満面の笑みで見ていた。
仕切り直しで、お茶をいれた。
三人でソレを飲みながら、改めて話を開始した。
「それで今後の予定だけど、伊豆半島へ行くつもりだよ」
「伊豆ですか?安全確保のためですか?」
「うん、そのとおり」
俺はうなずいて、マオとユミを見た。
もちろんマオは納得済みだけど、改めて宣言するカタチだ。
「ゾンビの流入がないように幹線道路を閉鎖して、中をガッチリ掃討するんだ。
安全圏を確保するのに、元々人口の少ない半島を利用するんだ」
ゾンビは基本、水に近づかない。
だから橋を落とせば封鎖できるというのは、向こうでも聞いた基本対策のひとつだ。
「でも伊豆ですよ?一大観光地ですよ?
観光客がそのまま避難したり、それこそユウさんたちのように関東から逃げ込んでいる可能性ありますよね?人が少ないとは限らないんじゃ?」
「ああ大丈夫、伊豆半島の生存者って18名だそうだから」
「え?」
ユミは目を剥いた。
「あの、いま何名と?」
「18名」
「断言するということは、もしかして」
「そそ。精霊に確認してもらった」
「……そうですか」
ほうっとユミはためいきをついた。
「たった18名ですか……原因やなんかは?」
「それはまだ不明。ま、現地で調べてみるさ」
「そうですか」
日本は災害の国であり、日本人は災害対応には慣れている。これは事実だろう。
だけど同時に、終わるあてのない難民生活みたいな状況に慣れてる日本人は少ないはずだ。
短期的には車中泊やキャンプでやり過ごせるだろう。
だけど、一冬越すだけでも燃料やら何やら問題が山のように発生するはずだ。
生存者18名という状況はもしかしたら。
ユミが言ったように「一大観光地だからこそ」の問題があったのかもしれないな。
まぁ、南伊豆についたら調べてみるか。
「伊豆に行く理由については納得しましたが、ひとつ質問です」
「はいよ、何かな?」
「ゾンビの侵入を断ちたい、そして自分たちだけで生活を組み立てるというのなら、離島の方がよくないですか?」
「離島?ああ、伊豆の島々だよね?」
「はい。離島なら完全にゾンビ排除できますよね?」
「そうだね、ゾンビは泳がないし船も使わないからね」
納得したうえで、さらに続ける。
「だけど、島はどちらかというと避難先に確保したいんだよ」
「避難先ですか?」
俺は頭をかいた。
「非常時の逃げ場として島のクリーン化は賛成だし、生存者がいたら話も聞いてみたいよ。
けど、島だけにこもるのは危険だと思うんだ」
「なぜですか?」
「天災。伊豆は火山島が多いし、非常時用に島外を確保しないとね」
「だったら、対岸の陸地に避難所を……あ、そっか。それをしようとしたら」
「うん、結局は半島側を道路封鎖して拠点確保がいるんだよ。
だけど、伊豆半島って広いからね、非常時になってからあわてて作業したら絶対にボロが出るよ。
だったら拠点は半島側にしておいて、避難先を島にしたほうがいいと思うんだ。
どうかな?」
「そうですね、わかりました」
そんな感じで、打ち合わせは進んでいった。
おおむね予定通りだったんだけど、そのままでない事もあった。
ソレはなにかというと。
「歩いていくんですか?」
「いや、自転車だよ」
「自転車だと、三人は乗れませんよね?」
「ああ、今までは一台で二人乗りしてたけど、三人は無理だから一台確保しないとね」
そういうと、ユミは眉をしかめた。
「アイテムボックスがあるのはわかりますけど、自転車分乗は避けるべきかと」
「気軽だし、何より静かだぞ?」
「おひとりなら同意しますけど、複数いるとリスクが上がりますよ。
それに、今後も舗装路があるとは限りませんよね?
しかも、わたしとマオさんは女という事もありますし、いつも万全の体調とも限りません。
マオさんが妊娠しても自転車でいきますか?
どこかで4WDの車でも探すのがいいんじゃ?」
「無理」
俺は首をふった。
「なぜですか?」
「最近の車はフル電子制御のが多いだろ。鍵がないとめんどうだぞ」
そういう鍵開けスキルがあれば別だろうけど、俺そんなん持ってないし。
「平塚・中井・小田原あたりを探せば、使える車くらい見つかりますよ」
「燃料は?電力止まってるのに給油できないだろ?」
震災などで知られている事だけど、停電すると給油機も止まってしまうんだ。
手動給油のできる機械は限られている。
「停電でも給油できるとこ知ってます。一部だけだし、給油に体力いりますけどね」
「え、できるの?」
「はい、触ったこともあります」
へぇぇぇ……それはまた。
「なんでそんな詳しいの?」
そういうと、ユミは眉をしかめた。
「何いってるんですか。いつ魔物や魔獣に襲われるかもしれないんだから、備えは大切ですよ」
「だからユミ、ここ日本だし君はもうドワーフじゃないだろ」
何ボケてんだと言おうとしたら、逆にユミに笑われた。
「あはは、何いってるんですか。ここはもう平和な世界じゃないんですよ?」
「……そういえばそうだな」
「まったくもう、ボケちゃだめですよボケちゃあ」
ドヤ顔で笑っているユミを見ていると、なぜかポカリとやりたい衝動にかられた。
で、思わず右手で頭をポカリとやった。
「いたっ!なにすんですか!」
「あーすまん、ドヤ顔で笑ってるの見たらつい」
「つい、で頭叩かないでください!」
もっともな話だった。
【精霊とつきあうすべての者】
精霊と直接ふれあうには三つの段階がある。
1.精霊が見えるだけの存在。
見えるけど、干渉できるわけではない。
向こうの世界では、人間族以外のすべての種族が最低でも精霊を認識できる。
実は地球の猫も見えているとの説も。
2.精霊と対話できる存在。
もともとの才覚で対話できる者と、何らかの条件を満たした者の二種類がいる。
条件としては、魔物をたくさん倒して魔力を増やすのもそのひとつ。
素質が全くない場合はいくら倒しても対話できないが、それでも包有する魔力は増大するので無駄にはならない。
魔物の一部も該当する。
3.精霊使い。
精霊使いは、意地の悪い言い方をすると「精霊にどっぷり汚染された」存在であり、精霊たちになかば身内扱いされている。「精霊使い」「精霊術師」という言い方が広く使われているが、本来は誤訳である。
自然界では神獣や幻獣、高位の魔物の多くも該当する。
高位の精霊使いがしばしば魔物に敵と見られないのはそのためだが、要するにこれは「あなたは人間ではなくなりました」と言われているのと同じ事でもある。




