バイオハザード
「それで、今後の方針ってやつを話したいと思うんだ」
色々と落ち着いて、共に行く仲間としてユミの参加も正式に決まった。
彼女はマオが持っていた、向こうの魔法の本で勉強する事になっている。
で、当人いわく、代償としてマオが妊娠した場合の手伝いとかをしてくれる事にもなっている。
え?打算で仲間になったのかって?
そうだけど、何か問題あるのか?
何にだって、きっかけはある。
お子様用ゲームの勇者様じゃあるまいし、いきなり初対面で全幅の信頼なんて寄せてくる人間なんて、そんな都合のいい話があるわけがない。そんなのは論じるまでもない、世界共通の単なる事実だ。
むしろ、目的や利害がハッキリしている方が信用できるし、好ましいし、安心できるだろ。
ユミは魔法の勉強がしたい、俺たちはサポート役がほしい。
信頼関係などは、これからゆっくり作っていけばいいんじゃないかな?
「すみません、話し合いの前に知りたいことがあります」
「はいよ、なんだい?」
「つまりこの世界にも精霊がいるんですよね?わたしには見えないけど」
「え?ああ」
「だったら、どうして今まで魔物も、精霊使いもいなかったんでしょうか?」
「……あー、そのことか」
忘れてた、彼女の向こうでの立場はあくまで普通の鍛冶師、すなわち一般人だったんだ。
向こうの一般人の感覚だと「精霊は魔物と対の存在。だから精霊がいる限り魔物も存在する」みたいな認識だったっけ。
……なんかこの理屈、魔物イコール悪しきものってイメージがあるんでイヤなんで、よく覚えてるんだ。
精霊使いにとって、魔物は必ずしも敵じゃないからね。
まぁ、それはそれとして。
精霊と魔物がセットという認識だから当然、「地球に精霊がいるなら、魔物がいないのはどうして」って話になるわけだな。
うーん。
やっぱり説明したほうがいいよな。
「それ、知りたい?」
「ぜひ」
「……思わず脱力するようなバカバカしい理由だけど、本当に知りたい?」
「バカバカしい、ですか?」
「うん」
「よくわかりませんが、はい、知りたいです」
「そうか……あのね、知らなかったんだって」
「?」
「ん?聞こえなかった?」
「は?知らないって、何をです?」
「だからさ。
地球の精霊たちは、魔物を見たことがなくて、どうすれば生まれるかも知らなかったんだよ。
知らないから魔物は生まれなかった、そういう事らしいよ」
「……」
ユミは、しばらく俺の顔をバカみたいにポカーンと見ていた。
しかしそのうち、頭に理解が及んできたのか、
「──な、なんですかそれ!?」
「だからそうなんだって、そのまんま。知らなかったんだって」
「……マジで?」
「マジで」
ユミは絶句していた……ま、そりゃそうだわな。
「ユー、それ、いつ聞いたの?」
「戻ってきた初日、おまえが追いかけてくる直前だよ。
あの時はゾンビがいた事もあって、本当にここが元の世界なのかって疑ってたんだ」
だが間違いない。
ここは間違いなく俺の世界だった。
そして、精霊たちは魔物という存在について理解してなかった。
あの時の会話を思い出す。
──いるじゃねーかよ、魔物。
え?
おいまさか、ゾンビが魔物って知らないのか?──
そう。
精霊たちはゾンビが魔物であることも、魔物がどういうものかも理解してなかった。
ただ、自分たちと同じ精霊要素が中にある存在を見て、異常な存在だと認識はしてた。
その事を話してやると、マオは眉をよせた。
「……そうなんだ」
マオは少し考え、そして納得したようにうなずいた。
「納得した?」
「一応は……でもそれより、地球に魔物がいなかった理由が『知らなかったから』っていうのは驚きですよ。なんでそんな事になってたんでしょうね?」
「もしかしたら、昔は知ってたのかもしれないよ」
「?」
「あのさ、精霊って過去の記録なんかとらないし、言われないと何も伝えないんだよ。そういうのに関心がないらしい」
「……そうなんですか?」
「ああ。
だから、なんらかの理由で精霊使いも魔術師も、そして魔物もいなくなるって過去があったとするだろ?
で、いつしかその存在すらも忘れてしまった……なんて可能性を考えてるんだよ」
正直な見解を言うと、ユミは目を丸くした。
「そうですか……なんというか、複雑ですね」
「俺もそう思うよ、なんだかなって」
顔を見合わせて笑った。
──笑っていたんだけど。
続いたユミの言葉に、俺はギョッとした。
「けどそれ、今後はかわるってことですよね?」
「え?」
「地球には、魔物も精霊使いも魔術師もいないはずだった。
そして事実、ユウさんが説明するまで、地球の精霊たちは知らなかったんですよね?
だけど、今はそうじゃない。
ユウさんが説明したことにより精霊は魔物や精霊使いに関する知識を得たわけですよね?」
「ああ、うん。そうだけど──」
俺は一瞬、理解が遅れた。
だけどすぐにその意味をおぼろげに理解した気がした。
まさか?
いやでも、もしかして?
「するともしかして、これから全地球規模での異変が起きる可能性が──」
ただ、俺がそれを理解するよりもマオの反応の方が早かった。
「ユミ」
「!?」
マオは名前を呼んだだけだった。
けど、そのひとことと目線に、異様な迫力が込められていた。
はじめて聞く、ドスの効いたマオの恫喝。
それは、俺ですら毛が逆立つような迫力があった。
「……」
強烈な敵意、いや殺意。
そんなものに満たされたマオを、俺ははじめて見た気がした。
いや、以前も見ていたんだろうけど……前のマオって要はでっかい猫だったからなぁ。
ひとの顔・ひとの声でのそれとは違ってたんだよな。
「お、おい、マオ」
「……」
「すみませんマオさん、そういう意図はなかったんです」
「……」
そんなマオを見て、ユミがぺこりと頭をさげた。
「わたしの目的は誰のせいとかそういう話でなく、ただの現状の把握です。
だいいち、コーヒーに溶ける角砂糖を見て、角砂糖が悪だと言う趣味はないですよ」
「何を言いたいの」
ますます冷たくなるマオの声に、ユミの声が一瞬ひきつった。
「わかりにくいたとえでしたか……では言い直します。
マオさんは、道端に咲いてる草花を見て、生えてるおまえが悪いと言いますか?
花は花です、自然に生えて花を咲かせるものです。
そこに善悪はない……ユウさんの立場は、そういうものだと思うのです」
「……」
だめだ、マオは納得してない。
仕方ないので俺が補足することにした。
「マオ、魚に罪はない。そうだろ?
魚がおまえに食われるのは、単に俺やおまえに捕まっちまったからだ。別に魚が悪いわけじゃない、そうだよな?」
「……う、うん」
「俺は地球人で、地球に戻ってくるのはごく自然なことだ。
そして精霊使いである俺は、もちろん精霊と話すのもまったく自然なことだ。
だから、俺が地球の精霊と話して、結果として地球環境に異変が起きたからって、それは俺が悪いわけではない……ユミはそう言いたいんだと思う。
……ユミ、それで間違いないよな?」
「はい、ありがとうございます」
「いや、こっちこそフォローありがとうな」
たしかにユミの言う通りだ。
俺が地球人で、なおかつ精霊使いである限り、今の状況は避けられなかった。
精霊使いになった時点で、俺は地球に精霊がいるなんて知らなかった。
そして、精霊がいる事を知ったとしても、俺が戻るだけで地球環境が変わるかもしれない、なんて知らなかったし、誰もおそらく想像すらしてなかった。
だってそうだろう?
向こうの人々にしてみれば、精霊は空気や水のようにあたりまえの存在なんだから。
ああしかし、そうか。
俺という存在が地球に帰還したばかりに、人類が滅亡するかもしれないと?
え?大げさだって?
バカ言わないでくれ。
精霊は世界に満ちている。
その精霊たちが、積極的に生き物に介入をはじめたらどうなると思う?
現在、俺たちが生きているこの地球環境を支えているのは、その地球に生きる生き物そのものだ。
当然だが。
その生き物に起きる大異変は、地球環境そのものを一変させる事になるぞ。
数や知恵といった優位を失ったばかりの人類が、これに巻き込まれたら?
おそらくだけど、ただじゃすまないのは間違いない。
──最悪じゃねえか!!
「ユー?」
「いや、なんでもない」
俺は思わず立ち上がった。
「気分を変えよう。茶でも入れるわ」
でないと、とてもやってられねえ。
「……」
マオの視線を背後に感じつつ、俺はお茶の準備をはじめた。




