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立場とアルコールストーブ

 たった一日の滞在で、ユミはみるみる体力を回復していった。

 今いるペントハウスは安全性が確保されている事がわかったので、彼女が回復するまでここにいる事で意見が一致した。

 念の為、改めて出入り口などを確認していたんだけど。

 ん?精霊?

 もちろん精霊に頼んでもいいけど、自分の手と目を使うのも大切だよ。

 特に俺は精霊使いで、いつも精霊に頼りっきりだろ?

 だからこそ、自分でやる習慣も必要なんだと思ってるし、俺の先生──エキドナ様も同じ事を言ってた。

「他に出入り口なかった?」

「ないな。

 どちらを使っても出るのはエレベータホールだ。いわゆるセキュリティマンションってやつだな」

「せきゅりてぃまんしょん?」

 ああ、マオにはわかんないか。簡単に説明する。

「住人と重要人物しか出入りできない建物の事だ。

 今は停電してるから単に不便な建物でしかないけど、本来は便利で住みやすいんだぞ?」

「へー……けど、こんな高いのに?住みにくくない?」

 マオはどうもマンションというのが単に不便な建物と見えるらしい。

 だから俺はわかりやすく説明してやる。

「敵はゾンビだけじゃないだろ?

 人間は空を飛べないし、高い場所によじ登るのは技術が必要だ。高さは武器になる」

「あ、そっか」

「うん、そういうこと」

 安全が絡むと納得が早いな、さすがマオだ。

 

 念の為、途中の階段はバリケードで塞いだ。

 当然、下からの出入りはできないわけだけど、俺たちには関係ない。

 ユミも簡単には出入りできないわけだけど、回復中の今は気にしなくていいだろう。

 それで、だ。

 そろそろ復活したろうユミに、ざっくりと事情を尋ねてみることにする。

 詳しい話まではいらないけど、連れがいるのか、どこかのコミュニティに属しているのかなど。

 そういう話は全然してないからな。

「ユー」

「ん?」

「戻ったら、確認することがある」

 む、なんだ?真剣な顔で。

「何かあったのか?」

「ユー、ユミに向こう(・・・)の話、した?」

「いや、全然」

「だったらおかしい」

「どういうことだ?」

「彼女、食事中に『エルフ豆』の話に普通についてきた」

「なに?」

 エルフ豆ってのはこっちで言う豆味噌のことで、その原料の大豆の通称でもある。

 それをユミが知っているのはたしかに変だ。

「確認してみるか」

 

 

「転生者ぁ!?」

「そんなに驚かなくても。異世界召喚のほうがずっとレアな体験じゃないんですか?」

「世の中ではそれを五十歩百歩って言うよ」

「そうですか?」

「ああ」

 なんとユミは自称転生者、つまり前世の記憶もちだった。

 しかも元は異世界人。

 しかも。

「なるほど、言語や国情なんかが一致しますね、同じ世界って事ですか」

「ちなみに元の種族は聞いていいか?」

「ドワーフです。ドワルゴの郊外に住んでましたよ。眠ったのもドワルゴで」

「ドワルゴって……おま、ドワーフ領のど真ん中じゃねーか!」

 さすがにおったまげた。

 どんな遭遇確率だよ、これ。

 

 しかし元ドワーフねえ。

 あっちのドワーフの女性っつーと、ある種の人たちが大喜びしそうな合法ロ……もとい、ちみっこくて童顔フェイスの可愛いひとばかりだったよな。

 ヒゲづらでコワモテの旦那と並ぶと、すんげー犯罪チックだったよな。

「……その目はなんですか、セクハラっぽいです」

 って、思わずジロジロ見てしまった。

「いや、本当に転生者かなと」

「それ小さいって言ってますよね?そうですよね?」

「いやだって、すんげードワーフっぽいじゃん。

 ちなみに失礼ながら、歳をきいていいかな?」

「……その言い方と目線だと、口頭よりこっちがいいでしょうね」

 そういうと、なぜかユミはパスポートを出してきた。

 そして、それによると。

 

「ちょっと待て、24歳ってなんだよ!?」

「なんだよとは何ですか?」

「あ、ごめん」

 なんと、パスポートによるとユミは24歳だということだった。

「いや、でも24歳て……マジで?」

「……一応ききますけど、いくつだと思ってました?」

「ごめん、魔法少女のコスが似合う歳かと」

「一発殴っていい?」

「ごめんなさい」

 けどなぜか、ユミは怒ってる感じじゃなかった。

 むしろ、笑いながら「ぶつよ?」とこぶしをふりあげた女の子みたいだった……。

「だから言った、大人だって」

 頭を抱えていると、マオがそんなことを言った。

「そういやそうだな、マオはなんでわかったんだ?」

「ニオイ」

 マオは即答した。

「成熟したメスのニオイ。子供のニオイじゃない」

「あの、マオさん。なんで残念そうなんですか?」

「安心して、ユーの同族は食べないから」

「ひぇっ!そ、そっちですかっ!」

 性的なものかと思ったら、ガチの食欲だと知ってユミは一歩引いた。

「冗談でも勘弁してくださいよぅ」

「やれやれ。マオ、悪ノリすんな」

「はぁい」

 怯えるユミに笑顔で近づこうとするマオをやめさせる。

 

 こいつ悪意はないんだよな、悪意は。

 ただ……たまに人間を油の乗ったサンマでも見るような目で見てるのは事実だけどな。

 ま、言わぬが華だろ。

 

  

 少し落ち着いて、話を再開した。

「まぁ転生といっても、なんでもかんでも覚えてるわけじゃないんですよ。個人的な思い出の方が多いですね。お料理したとか衣装を縫ったとか。

 あと、誰かに話すのはこれで二度目です」

「二度目?」

「むかし、父と母に話して以来の事なんです」

 両親以外に話したことはないってか。

 それは光栄なことだけど……あまり楽しくない事情がありそうだな。 

「なんとなく察してもらえたみたいですね。

 最初、父は不思議そうな顔で、母は困った顔でわたしの話を聞いてました。変な夢を見て思い込んだんだろうって感じでしたね。

 それでも話してたら、母が不機嫌になって、おかしなウソをついちゃいけないって叱られて。父には、ママの前でいうのはやめときなさいって言われて。正直、意味がわからなくて」

「……それは」

 娘が奇行に走り出したと判断したわけか。

 たしかに信じられない内容かもしれないけど、言われる子供はショックだよな。

「言うのがきつくないなら、その先も、ざっくりでいいから教えてくれる?」

「かまいませんよ……わたしの状況を理解してもらうにはいい事だと思いますから」

 そういうと、ユミは自嘲するように笑った。

  

「わたしは、何もわかってなかったんですよ。

 ウソでも夢物語でもないとわかること──つまり、向こうに属するものを披露したら信じてもらえる、なんてバカなことを考えたんです。

 そもそも、父も母も、わたしの言葉なんか何も聞いちゃいないのに。

 あの人たちが求めていたのはただ──自分に都合のいい、自分たちの遺伝子を引き継いだだけの可愛いお人形だった。

 異世界からの転生者。

 そう認識した時点で、あのひとたちにとってわたしは、とっくにアルマ・ライラになっていたんですよ」

「……」

 

 アルマ・ライラ。意訳すれば異邦人。

 あっちの世界の人型種族が、憎しみをもって人間族を罵倒する時の言葉だ。

 

「向こうの何かを披露したのか?魔法は使えなかったんだろ?」

「そのとおりだけど、これでも元ドワーフの女ですよ?

 道具もなしに鍛冶はできないけど、こちらの道具や材料を使って伝統的な衣服や装飾品を作る事くらいはできたんですよ。

 就学前の子供が、明らかに地球と意匠や技術体系の異なる衣服などを上から下まで作り上げたら、さすがに認めてくれると思ったんですよね……バカな話ですけど」

「……それは」

「ええ、むしろ逆効果でした。

 わたしを自分たちの子供じゃなくて、どこかの途上国の子とすり替わったんだって言い出しました」

 完全に泥沼だ。

 信じてもらえないだけならまだしも、実の親に他人の子認定されたのか。

 ……きついなぁ。

「答えにくいことなら答えなくていいが、ひとつだけ教えてくれ。

 ユミはゾンビが広がりだした時、誰と暮らしてた?」

「祖母と二人暮らしでした」

「……その方の安否は?」

「ゾンビにかまれました。ちゃんと処置して埋葬しましたよ」

「そうか……ごめん、つらい事を聞いちまったな」

「いいですよ、家族の安否は大事な情報ですよね?」

「まあな」

「それに、祖母にはずいぶんとかわいがってもらいました。わたしの今があるのは祖母のおかげです。

 向こうの話はしなかったですけどね」

「ん、それはなぜ?」

「祖母はわたしの事、神隠しにあって帰ってきた子だと思ったようです。

 どうせ戻れるわけじゃないし、そういえば似たようなものかなと」

「……そうか」

 育児放棄なのか離婚沙汰なのか知らないが、親のどちらからも拒否されたってことか。

 けど、亡くなったおばあさんは自分なりに理解して、その上でかわいがってくれたと。

 ……うん、それはきっと救いになったんだろうな。

 屈託なく話すユミを見て俺はそう思った。

 

 ちょっと話題を変えることにした。

「リュックをしょっていたのは、食料探し?」

「食料と、それから燃料もです」

「燃料?」

「ほら」

「お、燃料用アルコールじゃん」

 見覚えのある燃料用アルコールの白いボトルがあった。

「くわしいですね」

「親父がアウトドア趣味でね。

 けどまた変わったもん持ってるなあ、何に使ってるんだ?」

「え?もちろんコンロの燃料だけど?」

 なに?

「えっと、何か変ですか?」

「変じゃないよ、驚いてるだけ……マジでアルスト使いだったんだ」

「アルスト?」

「アルコールストーブの略」

「ストーブ?コンロの燃料って言ったんだけど?」

「ああ知らないのか。アウトドア関係かな、コンロのことをストーブっていうジャンルがあるんだって」

 俺はよく知らないけどな。

「あー、それで本やお店にストーブストーブ書いてあったんですね、そうですか」

 なるほど、広くアウトドアの知識があるわけじゃないのね。

 

 アルコールストーブは、要するに純度の高いアルコールを効率よく自然燃焼させるだけの単純明快なコンロだ。

 火力が弱い欠点があるが、とにかくコンパクトかつ単純構造。おまけに驚くほど静かだ。

 燃料調達の問題さえクリアすれば非常に小さくコンパクトで、深夜の安アパートですら使える。むしろお湯が沸く音が騒音に感じるほどだ。

 ただしガスのように気軽に扱えないし、コスパの点も良いとは言えない。

 だから長期連続利用には、灯油が使えて元家庭用品という歴史をもつラジウスタイプの方が便利だぞ、とは、かつて日本一周旅行でそのラジウス・ストーブを愛用していたという親父の話だ。

 

「アルコールストーブって、昨今あまりメジャーじゃないと思うけど。誰かに教えてもらったの?」

 偶然たどり着くにしては、ちょっとめずらしい選択じゃあるまいか。

「本屋でアウトドア用品を調べて、ひとつひとつお店回って確保したんです」

 そういうと、リュックのサイドポケットのひとつの中身を見せてくれた。

「ん?クッカーセットか?中にバーナーもいれてる?」

 要するに、出先で火を使うためのセット。

 コンロと燃料、風防兼五徳にクッカーまで入ってる。

 ライターがないのは面白いけど、これは自分で火花飛ばせるからだろう。

 へぇ、きれいにまとまってるなぁ。

 どこの山行おやじだってくらいに合理的にできてら。

 

「このセットは常時持ち歩いてるの?」

「ええ、帰れなくなった時にどこでも火に困らないように」

 さらにリュックを見ると、小さいがダウンシュラフに空気式の防寒マットまで入っていた。

「このミニケトル、トランギアか。合理的だなぁ」

「糖分ゼロのステイックだけどコーヒーもありますよ、お茶します?」

「うれしいね……けど、なんでいくつもスティック持ってるの?」

「市内に何か所か安全な場所を確保してあるんですよ。

 そこで一休みして、お茶して帰るのが好きなんです」

「コッヘルがあるのにシェラカップもあるのは?」

「万が一だけど、誰かと遭遇したら飲ませて情報とるためです」

「なるほど」

 話していて、ふと気づいた。

 

 彼女、この状況を楽しんでいる?

 こんなポスト・アポカリプスな状態を。まるでキャンプ旅行でもしてるみたいに?

 

「……こりゃ頼もしいな」

「え?」

「すごいっていったんだよ」

 俺は苦笑しつつ正直に言った。

 

「話を蒸し返すけどさ、アルコールを選んだ理由はなに?やっぱり静かだから?」

「それもあるけど、燃料用アルコールがたくさん残ってたから」

「残ってた?」

「ええ」

 ユミは肩をすくめた。

「みんなガスばかりでしょ?ガス缶奪い合って人が殺されるとこ何度も見たわ」

「……」

「生き残るために必要なら、わたしもためらいませんよ?けど他の選択肢があるんなら」

「ああうん、それは俺も同意」

 

 そういや夢の中でも、そういうスタンスっぽかったな。

 夢の中で子供って感じがしなかったのは、こういう大人の成熟した思考が見られたからだろう。

 なるほどユミは大人なのだ……見た目は幼いのにな。

「変なこと考えてないですか?」

「しっかりしてんなーって思ったんだよ」

「……転生者って言いましたよね?本当の歳も教えましたよね?なんで普通に子供扱いしてるんですか?」

「すまん、人間は見た目に左右される生き物なんだ」

「開き直らないでほしいんですけど……でもまぁ、よしとしますか」

「え、いいの?」

「新参者だし、ユウさんとマオさんの下に入るのが一番自然に思えますから。

 けど、あまり過剰に子供扱いしないでくださいね?あんまりひどいとさすがに怒りますから」

「わかった」

 

 しかし。

 いくらガス缶が入手困難だからって、よくアルコールに走ったわ。

 それに、向こうの世界にはキャンプ用装備なんてなかったから完全にこっちの知識だよな?

「なあ」

「?」

「アルコール式を選んだ経緯はわかったけど、そもそもどうしてアウトドア用品を調べたんだ?キャンプしてる知り合いでもいたのか?」

「あー……それ、ゾンビ騒ぎより前から目をつけてたから」

「え、騒ぎより前?」

「ええ前から」

「そりゃまたなんで?」

「だって、あんな簡単に外で煮炊きできたり、あんな軽くて風雨に強い天幕が張れたりすごいじゃないですか。魔物対策はダメダメですけどね」

「そりゃそうだろ、地球に魔物なんていなかったんだもの」

「はい。

 で、学校で防災用品についてやったんですけど、野営に使えそうなものがいっぱいあってビックリして。それで興味もってたんですよ。

 お小ずかいためて、買い揃えるつもりだったんです……揃う前にこの状況になりましたけど」

「ほほう?ソロキャンでもするつもりだったの?」

「あー……ブームだったそうですね。でも、そういう事ではないです」

「?」

「今生でも前世でも野営の趣味なんかないですよ、わたし?」

「はぁ?ますますわからない。

 だったらどうしてキャンプ用品、買い揃えるつもりだったんだ?」

「だって必要ですよね?」

「?」

「あのねユウさん、日頃からお酒と装備を揃えるのは基本ですよ?

 イザ採掘や採集(・・・・・)って時に困るのは自分なんですから。

 そなえあれば憂いなしって、日本語でもいいますよね?」

「……」

 

 ──あー。

 ははは、そういう事か。

 

「なぁユミ」

「なに?」

「君もしかして、生まれ変わっても本性はドワーフそのまんまなのな?」

「え?……!?」

 俺の言いたいことに気づいたらしい。アッと口をおさえた。

 

 そうなんだよ。

 日頃から酒と装備はまとめとけって、ドワーフのおっちゃん、おばちゃんたちのセリフそのまんまじゃないか。

 

「すっげえなぁ。転生して世界を渡って異種族にまでなったのに、それでもドワーフ魂は不滅かぁ」

「……」

 あらら、ヘソ曲げて横むいちまった。


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