救出
「動き出した」
「だな」
自転車を精霊に押してもらい、風のように移動をはじめて。
ソレに先に気づいたのは、俺の後ろでジッと魔力を探っていたマオだった。
「これ速いな、車……いや違うか?」
なんか違う、とんでもなく速いけど車両の動きにしては変だ。
ドラゴンの背に乗って飛んでるような速さだが、この世界にドラゴンがいるわけがない。
──いや、ちょっと待て。
この反応って覚えあるぞ。
「……身体強化魔法で逃げてんのか?」
「え?」
そうだ、そうだよ。
これ、足腰に身体強化かけて疾走るベテラン狩人にすげえ似てる!
魔法書などがない、全く勉強してない野良魔術師の使える魔法は限られる。特に外に出すたぐいの魔法はほとんどダメで、何とか出せるのは生活魔法程度のもの。
だけど、逆に内側に向かうなら話は別だ。
「完全に実用レベルって事だよな。マジか」
ほんとにいやがったのか。
しかし。
「追われてるみたいだな」
そして追いかけているのは、たぶん複数の車。
「もしかして、潜伏場所が知られたのか?」
ありえん話じゃない。
近くにホムセンやショッピングセンターがあったはずだ。
そこの連中に女がいると知られて、狩り出されたとかそんなとこかな?
しかし、素人魔術師が強化魔法を身体にかけて、カーチェイスそこのけの逃走劇を車相手にやらかすのか。
なんつーか、凄いなオイ。
「いい感じ、これでユーの好みなら完璧」
「おいマオ」
「なあに?」
そう言って、俺の背中に胸を押し付けてくるマオ。
こいつ、猫族の時も狙ったように俺にまとわりつく事があったが、こういう事だったのか。
あれのたびに俺のぶんの魚を分けてやったり色々あったよなぁ……。
けしからん、もっとやれ。
って、そういう場合じゃないんだって。
「マオ、自転車止めるぞ」
ブレーキかけて自転車を止めた。
マオが降りるのを確認してアイテムボックスに自転車を戻した。
「なに、どうするの?」
「近いからもういいだろ、空からいく」
「わかった」
「精霊、手を貸してくれ。俺とマオを空へ!」
『いいよー』
『らぶらぶー』
「マオは何すればいい?」
「結界できるか?できるなら下から見えないように張ってくれ」
「できる。わかった」
俺たちの身体が浮き上がり、そして空にのぼった。
映画みたいな不思議なカーチェイスは、すぐに見つかった。
なにせ、生活音も機械音も消え、動く車の一台もないゴーストタウンなのだ。ゾンビだっていつも無意味に動いてるわけじゃない。
その中に複数の車のエンジン音とブレーキ音、さらに銃声までしているわけだ。目立たないわけがない。
とどめに、それにあわせておびただしい数のゾンビも動き始めている。
それを空から俯瞰するものだから、みつからないほうがおかしいくらいだった。
「あれだな」
「うん」
それは、この世界の人間なら常識を疑う光景。
デニム上下を着込んでリュックしょった人間が、追いすがる車とカーチェイスを繰り広げていたんだが。
「……小さいな、子供か?」
よくわからんけど、背格好があきらかに成人してないぞ。
私服だからよくわからないけど、行っててせいぜい中学生?
そんな子がデニムの上下を着込み、生身でカーチェイスだと?
まさかと思うけど、実は小柄なおばちゃんだったりするのか?
さすがにそこまでは、この距離ではわからない。
まるでマンガみたいな光景だが、あっちの世界では見たことがある。
たとえば、ドワーフの女は俺の日本人目線でも幼気なもので、遠くから見たら子供に見えたもんだ。もちろん実際には大人なので、子供扱いは失礼にあたる。
あと、あっちの人はちょっと魔力があると、身体強化を使った護身術を覚えるものだ。
直接戦ったら絶対かなわないような魔物を、猫だまし・足払い・押し出しの三連コンボで上手にあしらう者を見たことがあるが、ほとんど某スーパー○リオでも見ているような気分だった。学園なんかでも一種のたしなみとして、ゴブリン程度ならそのへんの貴族のお嬢ちゃんでも、一対一なら非武装でもあしらえるようにするんだと。
たくましいぞ異世界。
ちゃんと体術として体系化もされていて、高レベルの使い手だとかなり強いらしい。
「うお、やりやがった」
廃墟になったGSに飛び込んだかと思うと、パチンと小さな雷を飛ばしているのが見えた。
あらかじめ何か仕掛けでもしてあったのか、その小さな火花がとんで数秒後、GSはドンと大きな音をたてて炎を吹き上げた。
「へえ、やるじゃないか!」
「すごいの?」
「ただの脅しだよ、だがウマい手だ」
「ふうん?」
残存燃料に引火させたんだろうけど、実は大した威力はない。
だけど。
「あ」
眼の前に広がった爆炎と音に、一台がものの見事にハンドルを誤った。
急ブレーキをかけたが、何かを踏んだのか派手に転倒しかけて、さらにそれが後続の一台をも巻き込んだ。
おー、一気に二台減った。
さらに。
「みろマオ。あいつ、ゾンビの群れの中心に追手を追い込んでやがる」
わざと派手に逃げ回って追手を挑発、追いすがらせてる。
相手は車で、しかもたぶん男ばかり。
見事に釣られて追い回すつもりが、逆に追い詰められてる。
すごいな。
意図してやってるとしたら、大したセンスの持ち主だ。
「……すごい」
「まったくだ。大したもんだ」
逃げているヤツは、たしかに夢の女っぽい。なんとなくわかった。
だけど年齢がわからない。
手足に露出箇所はない。
服装も全体的に無骨そのもので、ひとによっては女である事すら読み取れないだろう。
簡単に束ねた髪も人物の不詳さを加速している。
背中のごついリュックは町で獲物探しの帰りだろうけど、本人の小ささから登山家、もしくは闇市の帰りか何かのようにも見えてしまう。
要するに怪しい……まぁ意図的な擬装だろうけど。
せめて顔くらい見てみたいもんだなぁ。
「お、行き止まりだな」
上からみると、わざと追い詰められたようにしか見えないが……とにかく追い詰められた女は壁際にたち、入り口を塞ぐように車が止まった。
乗っている男たちは相当に頭にきているようで、即座にばらばらと降りてきたのだが──ん?
いきなりパンパンという音がして、女が膝をおり倒れた。
お、おい、まさかこのタイミングで弾丸が当たったのか?
普通、素人の銃撃なんてドラマみたいに簡単に当たらねえんだぞ?
どんだけタイミング悪いんだよ!
「ユー」
「わかってる、俺がやる」
マオも精霊術が使えるけど、俺よりずっとレベルが低い。ここは俺がやるしかない。
「あの子を空へ」
『いいよー』
同時に、入り口を塞いでいる大きい車のブレーキを外し、そっと動かした。
そっちにも注意しながら、気絶している女を空に引き上げる。
「な……なんだ!?」
倒れた女が空に浮かんでいく風景に、男たちは唖然としている。
うんうん、驚け驚け。
その背後では、開いた入り口からゾンビが入り始めているが、わざと音を殺して気づきにくくしている。
まだだ、まだ。
やがて。
「うわっおい後ろ!」
「な。ゾンビだと、入り口どうし……ああっ!?」
気づきやがったか。
だけど、今さら気づいても遅い。
ん?逃げようってのか?
逃さんよ。
「うわっ!」
精霊に頼んで二秒間だけ足元をツルツルにしてやった。
連中は面白いように足元を滑らせて激しく転倒し、足腰をしたたかに打ち付けた。
「あたたっ……う、うわっ!!」
人間という生き物は、意外に足元に注目してない生き物だ。特に、雨も雪もない生活では足元がツルツル滑るってあまり考慮していない。
そこでいきなり、足元がツルツルになる。
もちろん、ただ歩いてるヤツを転倒させたって、頭でも打たない限りはノーダメージだろ。
だけど、この魔法は転倒しているのが自分たちだけ、というのがミソなのさ。
つまり、敵は普通に押し寄せてくるわけで。
すると、どうなるか?
そう。
心の弱いやつがパニックを起こし、隣の人の足を引っ張ったりして敵の目の前で転ばせたり、自爆するんだよね。ほかにも、せっかく戦えるヤツの足にしがみついて動けなくして、結果としてふたりともやられる、なんて事も普通に起きるんだ。
おもしろいだろ?
集団で女の子ひとり襲うようなヤツは、これで充分だろ。
せいぜい気張って生き延びやがれ。
「よしマオ、どこか安全そうなとこで治療する。探してくれ」
「うん、ちょっとまって」
移動中に見ていたマンションの中に、テラスつきのペントハウスがあったのでそこに降りた。
ゾンビがいないのは確認ずみだ。
非常階段とエレベータしかない建物で、停電している今はたぶん、マスターキーがないと下からは入れない。
無関係の俺たちも正規の入り口からは入れないけど、むしろゾンビが入れないぶん安全だ。
住んでいた人の趣味なのか、屋内は籐がふんだんに使われた落ち着いた雰囲気だ。テラスも防風対策などしたうえで木々が植えられており、小さな植物園のようになっている。
窓際の部屋を精霊にあけてもらうと、ベッドに女をおろした。
「どう?」
「ちょっと待て」
探査すると、金属製の小さな弾丸はすぐ見つかった。
精霊に摘出させると、穴を塞ぎ治癒をかけた。
「応急処置で血は止めてあったし、体力があるから大丈夫とは思うが……うーん」
「だめ?」
「意識が戻らないと危険かもだが、わからん……待ってみるしかないな。
マオ、何か食べるもの用意できるか?」
「エルフ食でいい?持ってる食材がエルフ用ばっかなの」
「なんだ、転移前にもらったのか?」
「うん、ユーとふたりで食べなさいって」
「頼む」
あいにく、向こうの世界の治癒はファンタジーRPGの魔法みたいにスパッと治ったりはしない。時間がかかるし本人の体力も消費するし、術者である俺が離れると止まってしまう。
本職の医師や聖職者ならうまい方法があるだろうけど、俺は素人だからなぁ。
とにかく治療完了までは、そばを離れられないんだ。
「……」
椅子に座り、じっと女を見た。
こうしてみると、思いっきり年齢不詳の顔だな。いくつくらいなんだ?
「んー、24さいくらい?」
──おい。
とはいえ、考えてみたらマオが日本人女性の見方を知ってるわけがない。
なので訂正しておく。
「マオ、日本人はドワーフじゃないからな。さすがにこれで24歳はないだろ」
「……オトナじゃないの?」
スンスン、となぜかニオイを嗅いで、そして「んんん?」と首をかしげている。
いったいなんなんだよ。
「たしかに年齢不詳だけどな……ま、こういう時はセオリーってやつで、とりあえ女子高生、いや女子大生くらいの扱いにしとこうか。あとで当人に訂正してもらえばいいさ」
実年齢はわからないから、素直に保留にしておこう。
さて。
わざと汚しているっぽい容姿を、精霊に頼んで綺麗にしてもらう。
すると。
「うお」
なんじゃこりゃ。
こりゃあ驚いた、なかなかの美少女、いや美女かな?
童顔でサラサラの髪、そして顔立ち。
美女美少女、どっちでもいいが、とりあえず文句なしだな。
たしかに小柄のうえに幼気ではあるが、明らかに整っていて、子供特有のミルクっぽさを感じない。
ちょっと意外だったのは、足腰がしっかりしてそうだってこと。マオじゃないけど、本当にドワーフの女みたいだ。
どちらかというとムチムチなマオよりも猫っぽくもある。
そして。
「魔力、強いね」
「そうだな」
これはもう間違いない、大量のゾンビを倒して魔力をひきあげたんだろ。
そうして得た魔力のほとんどを身体強化など、できる事につぎ込んできたんだろう……鍛え上げられた手足も、そうして身ひとつで戦ってきた結果かもしれない。
興味はつきないな。
「気に入った?」
「!?」
驚いた俺に目を細めて笑うと、続けた。
「起きるよ」
「お」
「……」
女の子は天井をみて、そして俺とマオを見た。
「気がついたかい?」
「……」
どうやらボーッとしているようだ。細かい話はまだできないだろう。
「とりあえず詳しい話はあとだ。
鉄砲の弾丸は取り出して塞いだけど、体力までは回復できない。今はとにかく回復に専念してくれ、話はそれからだ」
「あの……弾丸って?」
「おぼえてないか?これだよ」
俺は摘出した弾丸を見せた。
「俺はよく知らんが、たぶん拳銃弾だろ。君、あいつらに撃たれたんだな」
「あの……どうやって?」
「だからくわしい話はあと。
弾丸をみせたのは、君の状態と、俺たちに敵意がないこと、そんで、もう大丈夫ってことを示しただけだ。
とりあえず、これで最低限の状況はわかったろ?
まぁ男の俺だけなら心配かもしれんけど、こいつ──マオっていうんだけど、こいつがついてるから、心配すんな。な?」
「……あの、どうやって?」
どうやって助けてくれたのか、か。
俺は苦笑して言った。
「そうだな……魔法だといえば、君にはわかるんじゃないか?」
「!?」
さすがに顔色が変わったな。
よし、論より証拠だ。
ついでに、指を出して、精霊に指先に火をともしてもらった。
「ほれ」
「あ……」
「どうだ、タネもしかけもない、魔力を燃やした本物の魔道火だ。
これで少なくともまぁ、ある意味仲間なのは理解してもらえたか?」
「……はい」
こくんと同意してくれた。
「実は、君が撃たれたのを見ちまってな。
深く考えずに手をさしのべたんだ。もし迷惑だったらごめんな?」
「ううん、ありがとう」
「今の状況がイヤでないのなら、復活するまでは安心して休んでくれ。
俺たちとしても、せっかく見つけたお仲間をどうこうするつもりはないと約束するよ」
「……」
「どうかな?」
「わかり……ました」
それだけ言うと、女の子はためいきをついた。
「俺のことはユウと呼んでくれ。親しい人は俺をそう呼ぶ」
「……名字は?」
「名字……ひとつ聞くけど、今の世の中で名字って意味あるかな?」
「ないかも」
即答すると、女の子はフフッと笑った。
だんだん余裕が出てきたようだ。
「わかった、いえ、わかりました。よろしくユウさん。わたしは……長谷川由美。ユミでいいです」
「長谷川さんか。よろしく」
「……そこまで引っ張っといて、わたしは名字読みですか?」
思わず、ウッと口ごもった。
いやでも。
「女の子を名前呼びって……」
「かまいません、単に、ひとりだけ名字はイヤだというだけですから」
「それはわかるけど……他人を名前呼びなんてひとりしか経験ないんだよ」
ちなみに、そのひとりとはマオのことだ。
「二人目ですか、それは光栄です」
にっこりと無邪気な返答……だけどその目は、なぞの期待に光っている気がした。
ええい、ままよ!
「……じゃあ、由美さん」
「さんづけですか?……それはちょっと」
「え、なんで?」
「順列というか、けじめは大切だ思います……そうですよね?」
そういうと、女の子はなぜかマオを見て同意を求めた。
「わたしはマオ」
「よろしくお願いします、マオさん」
「よろしく、ユミ」
「ええ、よろこんで」
……えーと、何か俺の頭ごしにナゾの同意がなされているような?
「わかった、じゃあユミで」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、よろしくユミ」
マオの視線を感じつつ、俺はそう答えた。
……ユミは笑っていた。
その日はそのまま食事だけとり、早々に休む事になった。




