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コロニーと露見

 夢に出てきた女性の話などしつつも、だんだんとペースをあげてきた二人の移動は続く。

 国道16号との分岐を通過。

 相模川が近づいて、川沿いにくだる道に移動。

 目指すは大磯(おおいそ)付近。

 前進しつつも精霊に頼み、周囲の生存者数を聞きつつ進んでいく。

 

『ふたりー』

「お、ひとりじゃないんだ」

 精霊たちが教えてくれる生存者は、東京ほどではないが非常に少なかった。

 それも。

「ところどころ残ってるねえ」

「だな……けど、大集団が全然いないな」

 少人数ばかりだった。

 

 最も多いのは『ひとり』つまり、ひとりぼっち。

 次が二人。

 多くても数名程度を越えず、十名を越える集団は全くいないようだ。

 どうやら、あの多摩川の近くで出会ったような集団は例外中の例外らしい。

 

 東京都と神奈川県だけで、日本の総人口の一割以上がいた地域のはずなのに、このありさま。

 それがこの状態というのは……事実上の全滅状態といっていいだろう。

 

 え?助けないのかって?助けないよ。

 そもそも、自分の落ち着き先も決まってない俺たちが助けてどうすんだ。

 今調べているのは現状把握のためだよ。

 

 自分の足元も固めずにいちいち手を差し伸べてたら、あの横井さんって人と同じ状況になるぞ。

 ずるずると多くの人にぶら下がられて身動きがとれなくなるだけだし、だいいち、そんな事をしてたら俺自身も、そしてマオのことも守れない。

 

 そして、俺たちには他人に明かせない秘密がある。

 マオが異世界の住人で、しかも人類ですらないこと。

 俺が精霊使いである事。

 この二点は絶対に第三者に知られるわけにはいかないし、明かせない人たちと同居するつもりもないよ。そういうのは安全上の弱点になるからね。

 

 能力を隠して避難所暮らしをした結果、悪意の侵入者を嗅ぎつけても、その隠し事のせいで動けなかったり後手に回ったらどうする?

 かりにその状態で悪意を叩き出して、どうして解決した、悪意を知ったのだと変に勘ぐられたらどうする?

 ひとにない高い能力があると知って、ひとにできない力があるなら、無力な市民に対して奉公するのが当たり前、みたいな香ばしい連中に詰め寄られたらどう対応する?

 さらに妊娠したり子育て中のマオを押さえられ、脅迫されたら?

  

 困ってる人を見たら助けるのはいい事だ。

 だけどそれは、今やることじゃない。

 俺たちはまず、自分たちの状況を何とかしないといけない。

 

 俺たちはヒーローじゃない。

 俺が守るのは俺自身と、可愛い相棒の猫一匹。

 たったそれだけが最優先であり、決して譲ってはならないこと。

 それくらいは最低限心得てるつもりさ。

 

「ねえユー?」

 おっと、つい考えがそれてたわ。

 

「ん?どうした?」

「少人数しか残ってないのは、やっぱり食べ物がないから?」

「どうだろうな、いちおう推測はしてるんだが……」

「誰かが助けに来た?」

「ないとは言わないが、ちょっと違うと思う」

「なんで?」

「あちこちに少人数のグループが残っているけど……残り過ぎだよ。

 もし外から誰かが助けに来たのなら、他に生存者はいませんかって呼びかけたり調べるもんだろ?

 だったら、そいつらに合流してるんじゃね?こんなに残ってるのはちょっと変だ」

「んー、じゃあユーの考えは?」

「確証はないけど、ここいらにいた集団が崩壊したんじゃないかなって思ってる」

「……ユー、続けて」

「おう。

 今残っているのは最初から大グループに参加してないか、崩壊で逃げ延びた生き残りかだな」

「ホウカイ……くずれたってことだよね。なんで?」

「平たくいえば、人間同士潰しあったってことだな。

 ほら、あっちの世界だけど、覚えてるか?国境のあの町。

 あの町みたいなことがあったんじゃないかなってね」

「──ああ、あれ」

「覚えてたか」

「ウン」

 マオは俺の言いたいことを理解したらしい。

 大きくうなずいた。

 

 向こうの世界で、ゾンビパニックで滅びゆく町に遭遇したことがある。

 どこから出た死者の群れかしらないけど、それが近隣の荒野からあふれて町が襲われたんだ。

 外敵の侵攻に団結して対処するかと思いきや、彼らは内部崩壊で全滅した。

 

 ゾンビに噛まれると感染者となり、時間経過と共に死亡してゾンビ化する。

 これへの対処法は言うまでもない。

 けが人は一定時間隔離して経過を見るか、あるいは汚染とみなして疑わしきは排除するかだ。

 

 だけど、その徹底ができなかった。

 明らかに感染している者たちが恫喝(どうかつ)したり情に訴えたりして、避難所を守る者を押しのけて無理やり中に入り込んだ。

 原則を守り汚染者を排除しようとした者は逆に追いやられ、最後まで排除を訴えた者の方が、逆に避難所から追い出された。

 そして、そのまずさがわかる人は避難所を見限り、万が一の救いを求めて自力で脱出した。

 

 結果は言うまでもない。

 バリケードの内側で深夜にゾンビ化して動き出し、避難所はゾンビどもの狩場になっちまった。

 コミュニティは逃げ切れずに全滅。

 先に見限って逃げ出し、自宅を封鎖して寝ていた道具屋の婆さんが、町のたったひとりの生き残りとなった。

 

 な、実にわかりやすい全滅の構図だろ?

 

 俺たちが町に滞在中にこのゾンビパニックが発生したんだよ。

 一度は皆と共に避難所に行ったんだけど、入れるな入るの騒ぎで結局、感染者が中に入っちまった時点で俺たちは避難所脱出を決めた。

 え?警告?しなかったよ。

 だってあいつら、マオを追い出そうとしたからな。

 マオを見たあいつらは「動物は置いてこい」と言い放った。で、動物でなく人族の獣種だと説明して通したんだけど、関係者も避難民も、誰もが「力で脅して動物を中に入れたよそ者」としか見ておらず、食べ物を分けるどころか、時々邪魔だ、どけとやられるだけで終始、ガン無視状態だったんだ。

 

 この時点で、味方する気は全くなくなった。

 積極的に敵になるつもりはないけど、わざわざ火の粉をかぶるつもりはないよ。

 

 だから、真正面から堂々と出ていった。

 どこへ行くと警備に聞かれたので「ここにいると身の危険を感じる。みんな俺の相棒が嫌いらしいし出ていくわ」と言ってやった。ウソは言ってないが、あえて感染者の危険にはひとことも触れないようにした。その警備もマオを対等と見てないのが見え見えだったしな。

 まぁ「身の危険」という言葉を入れたのが、最低限の誠意のつもりだった。

 

 その日の深夜に、その避難所は全滅したわけ。

 ちなみに生き残りの婆さんは避難所で見覚えがあったが、聞けば俺たちより先に裏口から逃げてたらしい。元冒険者で、こりゃやばいと思ったんだと。

 やっぱり兄ちゃんたちも逃げたかい、よしよし、いい冒険者になるよとイイ笑顔で俺とマオにメシをごちそうしてくれたうえに、消耗したアイテムを市価の半額(・・)で融通してくれた。

 まったく、長生きしそうな婆さんだ。

 

 さて。

 たしかに日本人は地震や台風といった自然災害への対応こそ優れているし、普段はバカやってても、いざという時は助け合おうとする倫理観を持っている。これは誇れる事だ。

 だけど、それが災いする可能性があるのがゾンビ災害のこわいところだな。

 泣き叫ぶ感染者を冷酷に叩き出せるか?

 かわいそうだとかひどいとか、そういう声を無視して粛々と対処できるか?

 

 たぶん、あの川崎の横井さんたちは、それをやって生き延びてきたんだろう。

 全滅しちゃってるところは、それができなかった。

 賛否両論を語れば色々あると思うけど、結果だけみれば、そういう事だ。

 

「あの町みたいに全滅したってこと?」

「ああ、それで関わってないヤツ、逃げ出したヤツが生きてるんだろう」 

「……そっか」

「生存者、たったこれだけというべきか、よくぞこれだけ生き延びてるというべきか……どっちなんだろうな」

「んー、わかんない」

「だろうな、俺もわからないよ。

 ただひとつわかるのは、俺たちはここじゃ暮らせないってことだ。

 死人の家をまわって、備蓄食料を漁るだけの生活はしたくないもんなぁ」

「うん、そうだね」

 緊急避難としては、それもまたアリだろうけどな。

 

 避難所はあくまで避難所だ。

 被災経験のある方ならわかると思うけど、やっぱりそこは避難所なんだ。生活の場ではなく、悪い事をやり過ごす場所だ。

 一日もはやく、できれば元の暮らしに戻りたい。

 俺はそう思う。

 

「やっぱり平和が一番だし、新鮮なものも食べたいよな」

「お魚!」

「ああいいね、魚食べたいな」

「うんうん」

 あっちではよく、ふたりで魚とって食ったもんだ。

 マオはうれしそうに、尻尾をプルプルとふるわせた。

 

 ──と、その時だった。

 

「まさか!?」

 強い魔力反応。

 誰かが魔力を集中している……それもかなりの魔力だ。

「ユー、これ魔術師?」

「……冗談だろオイ」

「ユーどうする?」

「どうするも何も、これ緊急避難だろ」

 魔法というのは、じっくりと魔力をこめて理知的に発動するものだ。

 そして一発目はたぶんそれだ。

 で、すぐにガツンと魔力がはねあがった。こっちはまるで生き急ぐような魔力だ。

 たぶんだが……侵入者を見つけてこっそり撃退、でも発見されて撤退戦に移行って感じかね?

「行くぞマオ」

 迷わずアイテムボックスから自転車を出してまたがった。

「空、飛ばないの?」

「近くまで魔力は温存する。のれ」

「いい、マオは走る」

「いいから乗れ、少しでも休むんだ」

 マオの本質は猫科の動物だから、マラソンには向かない。

 そして現時点で結構疲れてる。移動しつつ休ませないと。

 無理やり後ろに乗せた。

「よし、……みんな頼む!」

『いいよー』

『おけー』

 精霊に頼んだ瞬間、風に押された自転車がスルスルと加速を開始した。

 山でも使える頑丈な自転車を買ってくれた両親に今は感謝だ。

「飛ばせ!!」

『いくよー』

 

 自転車はみるみる加速して、ついには原付より速いくらいになった。

「はやい!」

「平らな道じゃないとダメだけどな!」

 誰もいない郊外の道路を、俺たちは全速力ですっ飛ばした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 燃料用アルコールを手にして戻ってきたわたしは、バリケード内の人の気配に気づいた。

 即座に気配を隠した。

(ちっ、見つかっちゃったかぁ)

 明らかにゾンビでなく人間による侵入跡。

 魔法で探ってみると、悪意の反応が町中にあった。

 耳を強化して音を拾ってみた。

 侵入者たちの会話が聞こえてきた。

『これもしかして、いるの若い女?』

『ウッハー、みなぎってきたぁっ!!』

『まてまて、ババアやガキだったらどうすんだよ』

『ンな夢のないこと言うなよ。クンカクンカ、うへへぇ』

『しかし、なんだこのカラのボトル?燃料用アルコール?』

 勝手に物色までしているのか。

 イラッときた。

 

 見つかった以上、ここは廃棄だ。

 不快感と怒りをグッとこらえる。

 会話の通じない相手に怒ってもエネルギーの無駄でしかない。

 わたしのやるべき事はひとつだけだ。

 

 殺しはしない。

 こっちも、ダテにひとりで生きてるわけじゃない。

 数に押されて、家も荷物も奪われても、逃げる算段はつけてある。

 そして──そんな時、追手をどうやって足止めするかもね。

 

 音を殺して家に近寄り、導火線代わりの仕掛けに右手をかざし、魔力を注ぐ。

 パチッと小さな音がして動き出したのを確認してから、わたしは家から離れた。

 少しして、ボンッと大きな、ただし爆発ほどではない大きな音と共に、家が大きな炎に包まれた。

 よし、うまく引火した!

「ぎゃあああっ!!」

 体に火をまとわりつかせながら、何人もの男が逃げ出してきた。

 かなり広範囲にやけどをするだろうけど、すぐに死にはしない。

 

 そう、これでいい。

 即死させないのは情けじゃない、ただの戦略だ。

 死人でなくけが人を増やす。

 ゾンビがむらがる中、やけどでうめく仲間を放置できるか?

 うん、そういうこと。

 けが人の移送には最低二人はいるから、ひとりのけが人で三人減らせる。

 かりに見捨てたとしても。

 

「いたぞ!あそこだ!」

「!」

 しまった、炎の光で発見されたのか。

 じゃあこっちも本気出す。

『身体強化』

 足腰に強化魔法をかけると、わたしは元きた道を走り出した。

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