魔力
俺に教えてくれたエルフの魔術師によると、世界には精霊があふれているのだという。
それは生き物の体内でもそうで、これが宿主である生き物の意思に反応して魔素を出すんだとか。
で、この魔素こそが魔力の正体であり、これを用いて色々な現象を起こすのが魔法。
そして、魔素でなく精霊そのものにアクションするのが精霊術ってわけだ……まぁ人間族は精霊そのものを認識できないから、精霊そのものにアクションする方法がないわけだけども。
精霊術とはつまり、精霊と交流し、魔力を代償にその力を借りることだ。
俺は最初の頃、まともな話し相手がいなかった事もあり、正体も知らぬまま毎晩のように精霊たちと遊んでいた。
そうして語っていると精霊とますます親密になり魔力も増え、生活もどんどん便利になっていった。
雨がふっても俺のまわりだけ濡れなくなった。
動物を狩ろうと思えば武器になって攻撃してくれるし、ナイフ一本もないのに解体までしてくれた。
俺はそんな精霊たちとますます仲良くなり、そして依存もしていったが……これはますます俺の魔力を跳ね上げ、俺はハイエルフも面白がるような濃厚な魔力もちになっていった。
……とまぁ色々あったわけだけど、そんな理屈よりも大切なことがある。
それは。
「やあ、おはようー」
『おっはよー!』
『なになに、ユウ、ねぼけねぼけー』
『あはははっ!』
精霊はかわいい。
肉体をもたない精霊は、人によっていろんな姿に見えるそうなんだけど、俺に見えてる精霊ったら、よく在るファンタジーに出てくる、ちっこくて蝶の羽根の生えた幼女そのものなんだ。
ほんと、めっちゃかわいいんだよ。
こんな子たちと楽しく遊んだり会話するのが、同時に修行になるなんて最高だろ?
萌え転がって、ついでにレベルアップ。
なんだそりゃ天国か?
な?
俺が精霊使いになったのは当然にして必然だろ。
他に選択肢なんてあるわけねえよ。
話を戻そう。
対する魔術師はというと、あっちは魔法を使うだけじゃ魔力はほとんど上がらない。
そりゃそうだ、そもそも魔力は精霊たちの二次生成物にすぎないからね。精霊そのものを増やさないと魔力も増えないって現実はどうしようもないんだ。
ではどうやって魔力をあげるかというと、魔力もちの魔物を倒すのが一番だ。
魔力もつ存在を殺すと、そいつに住み着いてた精霊の一部がこっちに移動してくる。そうやって身につく精霊を増やすことで、生成される魔力も許容量もあがるってわけさ。
もちろん、限られた魔力を効率よく使うという意味では、魔法を使う事自体は無駄じゃないけどね。
「つまり魔術師は狩りをすればいいの?」
「そうだけど、ひとつ注意点がある。
ただ殺せば魔力が増えるわけじゃないんだ。魔法で殺すか、あとは直接攻撃で倒す必要がある。
魔道具や弓で離れたところから攻撃するのもダメ。もちろん銃もダメだぞ」
だから、ゾンビ映画みたいに射殺しまくっても魔力は増えない。火炎放射とかもダメ。
理由は研究者的にはよくわかってないそうだけど、精霊たちは言ってた。
彼らによると。
『それ、だれだかわかんないよぅ』
……だ、そうである。
遠距離から弾丸を打ち込む狙撃手を素人は発見できない。
魔法は魔力で発射した者がわかるが、矢とか投射武器などはわかりにくい。
で、ハッキリこいつとわからない時は移動しないんだと……言われてみれば、そりゃそうだわな。
「聖水は?アンデッドには効くんでしょ?」
「あー、聖水はわからないな。俺、攻撃に使ったことないし」
「そっか……じゃあ、目覚めてすぐの魔術師はどうするの?攻撃魔法って勉強しないとダメなんでしょ?」
「ああ、ダメだ」
「それじゃあ、どうやって魔力を伸ばすの?」
当然の疑問だった。
そもそも魔術師は魔法を使うものであり、普通は物理戦闘力などないもんだしな。
「色々だよ。
あっちの世界じゃ、魔力が多いけど比較的対処しやすい生き物ってのがいるからそれを倒すとか。
あとは、普通の魔物を弱らせてから、とどめだけさすとかな。
みんないろいろ工夫するんだぜ?」
「大変なんだ……じゃあ、ゾンビだったらどうするの?」
「絶対ムリとはいわないけど、なりたて魔術師が剣でゾンビを倒すのは大変だぞ。ゾンビってヤバいくらい体力あるし力も強いから」
「ふうん」
マオは少し考え込んだ。
「大変なんだねえ」
「だろ?だから地球人の魔術師なんていないんじゃないかな」
「なんで?ユーがいるんだから、他にいてもおかしくないでしょ?」
「うーん、でもなあ」
「夢に出たんでしょ?」
「……それはそうなんだけど」
まさかだよなぁ。
「それでその女、ユーの好み?」
「だから外見わかんねえんだって。ババアじゃないとは思うんだけどな」
「……そう」
「マオ、なんでそんなに夢の女にこだわるんだ?」
「んー、メスがもう一匹ほしいなと思って」
「……なんだって?」
俺はマオの言葉に首をかしげた。
マオは本性が猫だから、ひとりふたりでなく一匹二匹という。あと男女でなくオスメスと表現する。
つまりもう一匹メスがほしいというのを要約すると、このパーティに女の子を加えたいと言っているわけだ。
でも理由がわからない。
「どういうことだ?」
「どういうも何も、マオはユーの子を産むから」
「お、おう」
そういうことをいきなり真顔で宣言するなよ。
「ユーは山で暮らすんだよね?少なくとも味方のできる予定がないよね?」
「ああ、そうだ」
「だったらやっぱり、もう一匹ほしいよ。
ちょっと妊娠したくらいじゃ問題ないけど、無理のきかない時期もあるから。
そしたらマオの行動に制限がつくし、最悪の場合は詰むよ?」
「詰むって、そんな」
そんな大げさなと言いかけて、マオの言いたい事に気づいた。
「そうか……病院も稼働してないし、まわりに助けてくれる人もいないって事か」
「うん、そういうこと。マオたち二匹だけってそういう事だよ」
「あー……人手がいるか。そりゃそうか」
マオの言葉は、たしかに正しい。
はっきりいって、ふたりだけで子を産み育てるのはリスキーだ。日本じゃ二人ぼっちの新婚夫婦とか普通にいるけど、あっちの世界なら駆け落ちか何か、頼る先がない者と認識されるだろう。
理由?
だって、近くに病院もないし進んだ医学もないからだよ。
ふたりぼっちっていうのは、それだけ危険なんだ。
それに生まれたら生まれたで、今度は乳幼児の子育てって大仕事が待ってるんだぜ?
何かあった時に即、取り返しのつかないことになる状況の中でだ。
だけど、いきなり女性メンバーがほしいってどういうことだ?
まぁたしかに妊婦のサポートなんだから男より女がいいだろうけどさ。
「たしかに誰かいたほうが心強いけど、女だからって誰でも妊婦のサポートができるわけじゃないんじゃないか?特にこっちでは出産は専門家のサポート任せだしな」
「だからってオスはイヤ」
「なんで?」
「マオに触っていいオスはユーだけ」
「……そ、そうか」
たしかに、それは俺もイヤだ。
他の男がマオに触る、つまりエロい事をするって事だよな?
……勘弁してくれ。
「あと、マオが妊娠できなかった時は、そのメスと作れるようにしないとね」
「ちょっと待て!」
あまりにも直球な表現に、俺はギョッとしてしまった。
でもマオは平然と言葉を続ける。
「何びっくりしてるの、あたりまえでしょ。
マオはユーの子を産むつもりだけど、まだ妊娠もしてないんだよ?
どうしても産めなかったり、途中で死んじゃったらどうするの?」
「どうするのって……」
「たとえマオがダメでも、それでもマオはあきらめない。ユーの子を作れるようにする!」
「……あー、そういうことか」
「え?」
「いや、なんでもねえよ。そうか、そうだな。わかった」
そうか、そりゃそうだよな。
マオはそういうとこ、やっぱり向こうの存在なんだなぁ。納得したわ。
え?ああうん、簡単に説明するよ。
自分がダメでも、自分が用意した女に子を作らせる。
つまりマオは、俺と自分の「愛の証」としての子供が欲しいんじゃないんだよ。
俺たちふたりを頂点とする家、いやコミュニティ……も違うか。
ああ、そうだ、『群れ』だ。
マオが立ち上げようとしているのはつまり、俺たちを中心に置く『群れ』なんだ。
俺たちは新しいカップルとなった。
これは猫であるマオの感覚で言えば新しい『群れ』ができたって事になる。
けど、俺たちはたったの二匹。
二匹だけで子供をうみ育てるのはリスキーだから、もう一匹ほしいと。
それが自然な考えなんだな。
猫科動物の群れはどんなに巨大でも血族、家族でできている。
ライオンの群れは強いオスがメスを侍らせたハーレムではなく、種馬兼戦闘要員でハッタリのきくオスを頭にすえ、主力は周囲を固めているメスたちって方がたぶん近い。ある意味人間の女系家族にも似ている。
マオの思考もそれに沿ったものってことだ。
「ユー」
「ん?」
「ごめんね……なるべくユーの好みにあわせたメスを選ぶから」
「謝る必要はない、おまえが正しいんだから」
「けど……チキュウじゃオスとメスは一匹ずつなんでしょ?」
「いや、そうとも限らない」
俺は首をふった。
「一夫一婦しかありえないっていうのは高度な社会に守られてる時代だから言える事だよ。
複数の妻をめとる地域もあるし、大家族の中で、なかなか子供ができない夫婦が、夫や妻の家族と子作りを試す、なんてことも暗黙に行われてきたわけでな」
「そうなの?」
「当然。でなきゃ、通い婚だの筆おろしだの、初夜権だのって風習はできねえよ」
子孫を残すことが何よりも尊ばれたからこそ、複数の相手と結婚する必要があった。
相手の生殖機能が正常か確認する必要があったから、最初は経験者の男女に抱かせて確認した。
要するに、そういう理由があったからこその風習だろ。
「ま、俺はおまえに飽きられて、別の男にすげ替えられないよう頑張るとしよう」
「それはない」
断言かい。
まぁ、俺はおまえの意思を尊重する、好きにやってみろマオ。
とりあえずコーディネートはマオにまかせよう、女同士のことは俺にはわからないしな。
……ん、まてよ?
「そうだな、確認してみた方がいいかもな」
「?」
「夢の女だけどな、どうもひとりぼっちらしいんだ」
「そっか。じゃあ確保だね?」
「まてまて、気が早いぞ」
「えー」
「えーじゃない、増員は別に今日明日って話じゃないだろ?
とりあえず実在なら確認だけして、どんな生活してるのか、どういう人物なのか見ておこうぜ。
ひとりでちゃんと生活が確立しているなら、急いで今すぐ勧誘することはないだろ?
それは拠点を作ってから考えよう、な?」
「ゲットしないの?」
「あのなぁ……とにかく、今は確認だけしにいく。いいな?」
「……むー、わかった」
マオはなぜか、とても不満そうだった。
つーかマオ、相手に断られるかもしれないってわかってるのかね?
というか、初対面の人間に「うちのハーレムに入って」っていわれたら普通断るだろ。俺はニコポ……ニコッと笑顔になるだけで女を惚れさせるという、オタクや腐女子むけ作品の謎スキルなんてもってねえぞ。
はぁ、どうなる事やら。




