夢
『ふう』
これで近隣のゾンビは全て排除できたと思う。
本当は焼けばいいんだろうけど、わたしの得意な魔法は身体能力を強化するとかソッチ系だ。いちおう、雷と冷気はだせるけど火は無理だし、だいいち飛ばす事ができない。生活魔法的利用というか、眼の前の可燃物に火をつけたりスイカを冷やすにはいいんだけど。
まぁいい。
強化魔法でリヤカーにゾンビを積み、捨てていくのも慣れてきた。
中の安全を確保するのは何よりも大切だからね。
どういうわけかゾンビたちは、お上品にちゃんと交通ルールを守って行動し、バリケードや工事中の壁を乗り越えてくる事はない。
彼らがそのルールを破る条件はただひとつ、人間をみつけた時だけ。
だから、こっちが姿を隠した上で通行止めしておけば、ゾンビはやってこない。
この状況を利用して、家のまわりの生活道路を全て封鎖、ただし車道しか通じないようにする事で、住んでいる住宅地の一角を安全圏にしつつ、さらに封鎖されていない──中に人がいるわけではないって偽装も施した。
……もちろん、これが破られた場合、越えてきた場合にそなえて、もうひとつ内側にガチのバリケードがあるけどね。
そうしたうえで封鎖の最も内側にある家々をまわり、家にいるゾンビ──中には顔見知りだったのもいるんだけど──をおびき出しては始末、安全を確保してある。
なんで、そこまでするかって?
もちろん、わたしの生活圏と心の平安のためだ。
足を伸ばせば大きなホームセンターもショッピングセンターもある。
だけど当然のようにゾンビもすごい。
さらに、物資が欲しい人間も押し寄せてくるわけで、物資を巡って何度も殺し合いが起きている。
わたしは、彼らが何度となく足を引き合い、仲間同士で裏切り合い、殺し合っているのを見てきた。若い女の子が取引材料として受け渡されたり、白昼の下、ひどい目にあわされているのも見た。
え?止める?助ける?
無茶言わないでよ。
こちとら、自分の生活圏を確保するのがせいいっぱいの女ひとり。のこのこ出ていってどうすんのよ。カモがネギと鍋しょって行くようなもんじゃないの。
だいいちそれ、何人殺さなくちゃならないのよ。
ちょっとばかし魔法が使えたからって、何十人もの武装した男を殺せるわけないでしょう。
え?殺さず無力化しろ?
あのねえ。
銃持ってる大量殺人犯に女ひとりが素手で立ち向かって、しかも被害者を助けるばかりか加害者に情けまでかけろっての?
説得しろ?
ふざけんなボケ、てめーがやれ。
そろそろ燃料用アルコールが足りないかしら。
ほとんど音がしないので重宝してるんだけど。
だけど近くの薬局のは使い切ったし、目立つところはあの人たちに見つかりかねない。
うーん……。
◆ ◆ ◆ ◆
「変な女の夢?」
「ま、所詮は夢っちゃあ夢だけどな」
当人が何者かもわからないし、だいいち地球に魔術師がいるわけがない。
生活魔法が使えるあたり、実に都合がいいよな。自力で目覚めたばかりの魔術師って、身体強化の他は生活魔法くらいしか使えないんだけど、そのセオリーを外してないのがまたリアルだ。
しかも、音が出ないって理由でアルコールコンロ使ってるとか、何者だよ。どっかのツーリング記事かゲームの記憶でも混じってるのかね?
「アルコールコンロって、なに?」
おや、マオはそっちに反応すんのか。
「燃料用アルコールを使うタイプのコンロだよ。家庭用カセットガスってのができる前に使われていたんだけど、そのあとも限定的に使われてたんだ」
「ふうん」
ツマミもスイッチも加圧ボンベも何もない原始的なもので、さらに言うと火力も弱い。だけど、夢の中の女がいうように燃焼音もほとんどなく静かだ。お湯の湧く音が騒々しいくらいだ。
もちろん点火装置もついてないけど、女は雷撃が出せるらしい。
だったら、チャッ○マンいらずでちょうどいいだろ……ハハハ。
深夜に目覚めた俺たちは、とりあえず移動を再開していた。
現在はR246のバイパス上。思ったよりはペースが早くて、今は横浜市の青葉区付近を通過している。
「それ、どこの女?」
「だから夢だって」
「んー、きっとそれ精霊夢だよ」
「へ?まさか?」
精霊夢というのは、魔術師や精霊使いが見る不思議な夢のこと。もちろんただの夢ではなくて、同じ魔術師や精霊使いの存在に無意識で反応して見るものだ。
つまり。
もし精霊夢だというのなら、彼女は何者であれ遠くない場所に実在するって事で。
いや、さすがにそれはないだろ。
「で、どこの女なの?」
「だから夢だって」
「いいから。で、どこの女?」
こだわるなぁ。
まぁ、そういうところ、マオも女ってことか。
「出てきた地名とかに間違いがないなら、平塚か大磯あたり……今から行く経路の途中にあるよ。
夢にしちゃ妙にリアルだったから、何か原因があると思うけど……でもありえないだろ」
「なんで?」
「もし精霊夢なら、彼女は魔術師って事だぞ。ここ地球だぞ?」
「……やっぱり精霊夢なんじゃないの?」
「いやいやいや、だから地球に魔術師なんかいないって!」
「なんで?」
「は?な、なんでって?」
いきなり真正面から言われて、俺は言葉に詰まった。
「ユーは精霊使いだよね?魔術も使えるよね?」
「魔術は少しだけな」
「なのに、なんでユーの他にいないって言えるの?」
たしかに正論ではある。だけど。
「俺は異世界召喚されたし、向こうで魔物もいっぱい倒してるんだぞ。精霊も見える」
「……」
いくら魔術師の才があっても、それだけでは魔術師にはなれない。
なぜかというと、ひとはもともと魔力をもっていないからだ。
ひとが魔力を得る方法はいくつかあるが、手っ取り早いのは魔物を倒すことだ。魔物とは魔を帯びたものってことだけど、この場合の魔の正体って、実は精霊なんだよね。
魔物を倒すことで、そいつに住み着いてた精霊たちは出ていくんだけど、そのまま世界に散っていく精霊もいれば、倒した者の体に移り住む精霊も結構いるんだよ。
うん、そういうこと。
魔力っていうのは宿主の意思に反応し、住み着いた精霊が放つもの。
それを制御し魔法を使うのが魔術師なわけだ。
で、地球には精霊はいるけど魔物がいない。精霊使いもいない。
どうしてそうなってるのかは知らないけど、地球は魔物を欠いた状態で安定しているわけだ。
これでは、新たに魔術師が生まれる可能性もない。
たとえ素質があったとしても、これじゃ開閉機構のない昔の缶詰だ。
昔の缶詰を開けるには缶切りが必要なんだけど、これがないってわけだ。
文字通りの宝の持ち腐れだな。
ただ、マオは俺の説明では納得できなかったらしい。
「なんで?」
「なんでって?」
「ニホンジンのユーが魔法使えるのに、同じニホンジンに使えないわけないよ。
ソシツ?テキセイ?そういうのならわかるケド」
「そういう問題じゃないんだよマオ。
だいいち、素質があっても覚醒のしようがないだろ。地球に魔物はいない──!?」
……ちょっとまて。
今、とんでもない事に気づいたんだが。
「な、なぁマオ、ゾンビって魔物だっけ?」
「あたりまえじゃん、今ごろ気づいたの?」
「……」
マオが「今さら何いってんの?大丈夫?」みたいな顔してた。
は、ははは……。
「ユー」
「あ?」
「おばか」
「あたっ!なにしやがるっ!」
いきなりチョップかまされた……軽くだが。
「いつもユーがマオにするじゃん、おバカって。今回はユーがおバカ」
「むむ」
「おバカ」
「うれしそうに言うんじゃない」
「あははは、痛っ!あははっ!」
嬉しそうにおバカ、おバカと連呼する猫娘を全力でどついてやった。
「けど、めずらしいねユー」
「?」
「どうして、きづかなかったの?」
「あー……思い込みだな、そりゃ。
俺は地球人だし、ここは地球だからな。地球に魔物とかありえないって、無意識に考えちゃってたんだろ」
「あらら」
「む、なんだその『かわいそーなやつ』を見る目は」
「あははは!」
「気に入らん、頭出せコラ」
「やだー!」
そうだよ。
ゾンビがいる以上「地球に魔物がいない」って前提はとっくに崩れてるんじゃないか。
何ボケかましてんだ俺は。
精霊は直接攻撃か魔法攻撃で倒した場合、高確率で倒したやつに移動する。
逆にいうと、ゾンビを弓矢や銃撃、火炎放射器などで倒した場合、精霊は行き先がわからず霧散してしまうわけだ。
あとは地球人に素質持ちの人間がいる可能性だが……そりゃ当然いるだろ?
俺自身がその証明だ。
異世界に召喚されて勇者にされたわけだけど、実はクソ女神は精霊関係には干渉できないらしい。
つまり。
俺が精霊使いになれたのは、元々素質があったって事らしいから。
つーことはだ。
このゾンビ事件がきっかけで、地球の素質もちが目覚めた可能性があるって事か?
「だけどさ。
かりに素質持ちがいたとして。
そいつが魔力を帯びたゾンビを倒したとして、それで自力で目覚める可能性なんて、それ自体もかなりの低確率だぞ?そう都合よく現れるもんかね?」
「ゼロじゃない限り、当たりはありうるんでしょ?」
「……うーん……たしかにゼロじゃないけどなぁ」
俺はちょっと考えてしまった。
「そうだなぁ。
もしこの地球で、そんな天文学的確率をひいちゃって魔術師になったヤツがいたら、それこそ運命の出会いかもしれないな。
性格とか利害が一致すればだけど、仲間にできたらいいな」
「ふーん……じゃあ、夢の女が若いメスだったら、やりたい?」
「マオ、女がやりたいとか言うんじゃありません」
「あはは、いたっ!」
コツンとやってやったが、痛いと言いながら笑うだけだった。




