ルート選択
「予想以上だな」
「……」
彼らから少し離れたビルの上。
俺たちは精霊の手を借りて、彼らの会話と指揮官らしいおっさんの表層思考を読んでいた。
「あの横井とかっておっさん、すげえやり手だぞ」
「そうなの?」
「たぶんサバイバル的な何かのプロだよ。よくわかんないけど。同席したいタイプの人間じゃないけどな」
「へー……すごい」
「すごい?」
「ユーが褒めるなんて、そんなすごい人なんだ」
「なあマオ」
「?」
「おまえの中の俺の評価って、どうなってんだ?」
「ユーはユーだけど?」
「そんなことは聞いてない」
はぁ、やれやれ。
「けどあの人、周囲の人たちが足を引っ張ってる。もったいない話だよ」
「もったいない?」
「あのひとの才をちゃんと活かせる状況なら、もっとたくさんの人が助けられるだろうに」
「……そうなの?」
「たぶんな」
あの人なら、たぶん状況さえ合えば何年でも生き残るだろう。
「あいつらたぶん、この向こうにある多摩川を越えて川崎側から来てんだろ。
はるばるやってきてる理由はわかるよな?」
「近くに食べ物がない?」
「たぶんな」
俺はうなずいた。
「ここいらは田舎じゃないから、残されてる食料を漁るしかないはずだ。
つまり条件としては俺ん家のあった新宿区に近いんだよ」
「……」
「秩序崩壊して一年以上過ぎてるんだ、道端のコンビニや商店に食べ物が残っているはずがない。
電気が切れているから飲食店の冷蔵庫ももうダメだろ。
そうやって近所を食べ尽くして、そして遠くへ、遠くへと向かっているんだな」
「……ユー」
「なんだ?」
「ユーのおうちって、ふつーの家だよね?」
「うん」
「ああいうお家には、食べ物がない?」
「いや、全部とは言わないけど、たぶんあるよ。俺たちなら足りるだろ。
だけどあの人たちは無理だ。養う人数が多すぎるんだよ」
「あ、そっか」
一般家庭にある食料は、当然だがそこの家族分しかないからね。
「じゃあ、どこにあるの?」
「まだ残ってる可能性があるのは缶詰や乾物だと思う。
けど、スーパーの一階みたいな取りやすいところの食料が残ってるわけがない。
現時点で残っているってのはつまり、問題ありのとこだろうな」
「問題?」
「たとえばデパートの食品売り場って、たいてい地下にあるんだよ。
当然真っ暗だし出口も限られる。
そんな環境で、しかもゾンビをよけながら行かなくちゃならないんだ」
「あー……」
納得げにマオもうなずいた。
「あれ?でも人数いれば、安全確保できるんじゃないの?」
「そりゃあ、みんな訓練されたヤツならな?
けど、人間はそうはいかないんだ。
大勢で動くと統制がとれなくなるし、無線機みたいな道具もないから即時連絡ができるわけでもない。
それに、人数集まると必ずバカが出る。
つまらないことで騒ぐヤツ。
何もない暗がりをゾンビと勘違いして大声出すやつ。
バカな事言いだして統制を乱すヤツ。
そういうヤツが絶対に出てくる」
「……」
「しかもデパートはゾンビの集まってくる場所のひとつだから、安全に行くなら夜しかないだろ?
ただでさえ厄介なのに、さらに夜間決行しなくちゃならないんだ」
俺は肩をすくめた。
「なぁマオ。
そんな素人たちがゾンビの温床になってる地下設備に、しかも夜中に入って……スムーズにイケると思うか?」
「無理だと思う」
「俺もそう思う」
空を見て、ためいきをついた。
「あのおっさんが貧乏くじといったのは、そういう事さ。
あの人はたぶん、今いったようなことがちゃんとわかる人なんだ。
だけど、いいと思う行動をとる事ができないんだよ。
夜中にいけばいいのに、他の人たちがついて来られないから昼間にやらざるをえない。
コミュニティを食い物にする悪人はさっさと排除しないといけないと知ってるのに、リンチの温床になる危険も知ってるから、勝手に裁こうとする人から悪人を守らざるをえない。
そういう、望まない事を否応がなしに選ばされる。ひどい場合はその責任までとらされる。
そういうのを日本語で、貧乏くじって言うのさ」
「……そっかあ」
俺は立ち上がった。
「もう行く?」
「ああ。
彼らのコミュニティに関わらないようにしながら……だけど、一刻も早く川の向こうに行こう」
「わかった」
今の会話で、マオに言わなかったことがある。
つまり、俺たちは彼らと同行できないってことだ。
あのおっさんの話をしたのはそのためだ。
要するに話をそらしたんだ。
たった二人で、しかも荷物はアイテムボックスの中で手ぶら。
精霊の服を着ているし、相棒のマオは人間じゃない。
主戦力は魔法と、人間離れした身体能力。
こんなメンツが、普通の避難所に合流なんて絶対ろくな事にならない。
どう考えてもトラブルのタネだ。
ひとにない能力があるのだから、皆のために尽くす義務があるとか、馬鹿げた事を言うヤツもでるだろう。
人間じゃないマオにくだらない事をしようとするヤツも出るだろう。
馬鹿げた結果が容易に想像できるし、おそらくその想像は間違ってない。
俺がそれを言わなかったのは、マオが自分のせいにするかもしれないと思ったからだ。
自分がいるから、俺が集団に混じれないのだと。
その考えは大間違いなんだが、マオは気に病むだろう。
だから、そういうのはずっと後になってから、どこかに生活を確立してから「こんな事があったんだよ」と語ってきかせるのがいいと思うんだ。
俺たちが多摩川を越えて神奈川県に入ったのは、その二時間後だった。
日がもう、だいぶ傾いていた。
出発一日目、俺の帰還から二日目の夜が来た。
普通の旅なら夜は野営で、焚き火したりテント張ったりするんだと思う。
だけどゾンビ多き旅では話が別。
生前の行動を繰り返すゾンビは、夜は家に帰る、繁華街に行くなどの行動に移行する。逆にいえば、外をウロウロしているメンツは、少なくとも町から外れたバイパス道などにはやってこない。
だったら、利用しない手はないだろ?
誰もいない第三京浜の側道。
精霊たちに光ってもらって、家から持ってきた道路地図を見ていた。
この光、精霊が見えないやつらには見えないんだってさ。
便利なもんだ。
「どの道を行くかが問題だよなぁ」
「ユー、この大きな道は?」
「第三京浜のインターだよ。
もちろんソレも使えるけど、横浜方面はできれば避けたいね」
ゾンビの多い土地から出てきたのに、またゾンビが大量にいるとこに行きたくない。
「けど、このニーヨンロクってとこはさっきの人たちの仲間がいるんでしょ?」
「たぶんね」
できれば近づきたくないな。
あと、昔の街道や下道周辺はゾンビだらけだろう。それも、いつ出てくるかわからない感じで。
なんたって、あちこちに団地やら住宅地が点在してるからね。
……まてよ?
「そうか、その手があったか!」
「?」
「百聞は一見にしかずってな、ちょっと見に行こうぜ」
「よくわかんないけど、わかった」
「……ゾンビ、少ない?」
「そうみたいだな」
南武線の線路に入ってみた。
入ってみてわかったけど、これ、やっぱりゾンビ少ないわ。
「線路は人の道じゃないって事か……なるほどなぁ」
「じゃあ、これ使うの?」
「駅の近くでは警戒する必要があるけど、いけるかもしれない。
というわけで、行ってみようぜ」
「わかった」




