接敵
その人間たちは五人。若者が中心で、全員男だった。
意外にもきれいな格好だった。服だけでなく顔などの汚れも少ない。
おそらく、どこかの避難所かコミュニティに所属しているんだろう。
そして。
こちらが人間と気づいているだろうに、あからさまに、この距離でも読み取れるほど害意がもろ見えになった。
そして、その目線はというと。
これは──ああ、そういうことか。
「マオ、防御しとけ」
「え?」
「あいつら、俺を殺しておまえを奪うつもりだ」
マオを猫でなく女と認識しているせいだろうな、露骨でわかりやすいわ。
「え?マオを?」
「ああ、きっと撃ってくるぞ。パンパンって炸裂魔法みたいな音がするから気をつけろ」
「うわ」
大きな猫耳をもつマオは当然、派手な音が嫌いだ。火薬の音も嫌いだろう。
「止まれ!手をあげろ!」
そうこうしているうちにも一方的に近寄ってきて、そいつらはそんな事を言った。
俺は無視。
そしたら、にやりと笑いやがった。
「よし、ゾンビを殺して女を助けろ!!」
そう言うが早いか全員の銃が発砲した。
パンパン、パンパン。
全員が俺に向けて発砲してきた。
おいおい、こいつら殺し慣れてんな。全くためらいもないじゃないか。
かけてもいい、絶対に初犯じゃねーな。
だがそんな弾丸は一発だって当たらせない。
パンパンパンと音だけうるさいが、銃弾は全部、俺の手前の見えない障壁で止まっていた。
「耳痛い……」
「大丈夫か?」
「うん、なんとか」
警告されていても、やはり大きな音はきついようだ。
「ごめん、次から防音を考えるわ」
しまった、すっかり忘れてたよ。
子供の頃、爆竹で遊んでてお隣のシェパード犬のサミーをひどい目に合わせちゃったんだっけ。
こういう炸裂音って基本、動物はダメだよな。忘れてた。
「ううん、ありがとうユー。それがタマってやつ?」
「そうだ」
目の前に、彼らが撃った銃弾が浮いていた。
そして。
「え?……え?」
敵さんの方は混乱状態だった。
これは当然あいつらにも見えてるわけで……弾丸が浮いてるのまで見えてるかは知らんけど、全く効いてないのは理解できるよな。
どちらにしろ、連中を生かして帰すつもりはない。
目には目を、殺しには殺しで返す。
『焼き滅ぼせ』
精霊にそう指示した途端、彼ら全員が大きな炎に包まれた。
「ぎゃああああっ!!」
悲鳴が聞こえたけど一瞬だった。たぶん焼けた空気を吸い込んじまったんだろう。
苦しめて殺すのは趣味じゃないし魔力の無駄でもある。
炎の温度を一気に上げつつ、渦を巻かせて隅々まで焼き尽くていく。
しばらくすると、両親の時と同じ……いや、それより小さな灰の山が5つほど残った。歪み、溶けた金属の塊と混じっているが。
やがて灰の部分は風に飛び、小さな金属塊だけが残った。
「よし完了」
俺はためいきをついた。
この世界最初の殺人。
ああ殺しちゃったなとは思うが──正直、それだけだ。
悪いけど、こっちもダテに異世界で生き延びちゃいないんだ。残念だったな。
そんなこと考えていたせいか、俺はマオに指示を出し忘れていた。
「ユー、誰か近づいてくる」
なに?
「しまった、さっきの銃声か!」
ち、ミスった!
さっさと隠れるべきだったんだ。
「マオ、姿を消せ、逃げるぞ!」
「え、でももう見つかってるよ?」
「いいから早く!」
「あ、うん」
俺たちは急いで姿を消すと、道を変えて迂回するルートに入った。
急いでいたから、気づくことがなかった。
わかりやすい殺意を向けられた瞬間。
だけどそのわかりやすい殺意を俺は、なぜか心地よいものと感じていたってことに。
◆ ◆ ◆ ◆
連続する銃声を聞いた私たちは、急いで駆けつけた。
中田君をはじめとする三名のグループは、高い索敵能力やゾンビ対応能力をもつ反面、どうも素行がよろしくなくて、いくつも問題を起こしている。
このあたりに残っているゾンビなら銃を撃つまでもなく回避できるはず。
なのに、しかも明らかに全員での同時一斉射撃。
何かあったに違いない……いやな事でなければいいのだが。
しかし。
「横井さん!」
「ああ」
ちらりと見えた男女──まだ若い二人組。
だが、すぐに姿を消してしまった。
あわてて現場に駆けつけてみると、そこには誰もいなかった。
そして、代わりにあったのは。
「灰?」
こんもりと盛り上がった灰の山……風に飛びつつあるが。
「なんだこれ?」
「待ってください横井さん、これなんかヘンです」
「変とは?」
「ほら、熱いんです」
熱い?
ここは日陰のはずなのに……あちっ!!
「ね、変でしょ?」
「いや、ただ変なんじゃねえぞ。みろ」
いつも慎重派の岡田君が、灰に棒をさした。コツコツと硬いものがあたるような音がする。
灰を棒でこすっていると、金属らしきものが見えた。
「金属?」
「高熱で溶けて固まった金属だな。しかし」
こんな路上で?
「鉛、いや違いますよね?これ鉄じゃないスか?」
「は?バカいえ、どう見たってこの場で溶けて固まったっぽいのに」
鉄はかなりの高温でないと溶けないはずだ。こんなところで溶けたら……。
「けどホラ、下のアスファルト溶けてますよ?すんげー熱かったんじゃ?」
「……」
専門家でない私は、アスファルトの上で金属を溶かせばどうなるか、のような知識はない。
だが、何かがおかしいというのは皮膚感覚でわかる。
「まさかと思うが」
「え?」
「いや、とりあえず今は中田君たちを探そう。よくわからないものに関わっている場合じゃない」
「それなんスけどね、変じゃないですか?」
「変とは?」
「このあたりって、たぶん中田チームがいたあたりですよね。
そんでもって誰もいなくて、かわりにこの金属と灰の山」
「……我々の気のせいかもしれないだろ?
だいいちキミのその推測だと最悪、この灰が中田君たちってことになるぞ?」
「あーうん、さすがに不謹慎スね」
「そうだな、まぁ何かわかるかもしれん、念の為に撮影だけはしておこうか」
今やただのデジカメ代わりと化しているスマホで灰を撮影した。全景と、それから一つ一つと。
「よし、行こう」
「ういっす」
それにしても、すぐ消えてしまった男女は何者なのだろうか?
いや。
それよりも、彼らと対面した中田君たちが何をしたかだな。
疑うわけではないが、彼らは前例がありすぎる。
中田君は最近、女性メンバーを強姦しようとして袋叩きにあっている。そしてどうも、黙っている女性がいるだけで他にも被害者がいるらしい。
リンチを止めさせ、殺せ、殺させろと激昂する被害者の旦那を説得するのにひどい苦労をしたものだ。
しかも、それを煽るようにニヤニヤ笑いの中田君は、もはや悪意を隠しもしてなかった。
今回、最前線に行かせたのはその懲罰のはずだった。
たしかに中田君は悪人だろう。
だが、いかに悪人だろうと私刑はダメに決まってる。ましてや殺すなんて論外だ。
治安回復を待ち正式な裁きにかけるべきだし、悪人でも殺せば殺人になる。
特にこのような災害下では、全ての人が手を取り合うべきだ。
人材は貴重なんだから。
「横井さん?」
「ああいや、すまない」
避難生活が続いているせいか、最近とてもコミュニティの空気が悪い。
中田君に限らず、盗み食いをする者、女性に無理やり関係を迫る者などが出ており、追い出せ、始末しろとの声が、あらゆる年代層から出ている。
悪人だからって殺せば殺人だと、何度も言い聞かせているのだが。
だがそう言えば、変に頭が回る者は欧米の犯罪理論などを持ち出し、罪を放置すれば治安は際限なく悪化し、手がつけられなくなるぞと屁理屈をこねはじめる始末。
ここは日本だ、何を言っているのやら。
たしかに今は法的秩序が機能していないが、だからといって勝手が許されるわけではないだろうに。
「いったい、こんなこといつまで続くんだろうな?」
「ですねえ、自衛隊は何をしてんだか。米軍もいなくなってるって言うし」
「やっぱり浜松行くべきじゃないんスか?あっちにはでっかいコミュニティがあるんでしょ?」
「前にも言ったが、それはもう遅い」
私は首をふった。
「以前、議論になった時に私も言ったが、チャンスはあの時だけだったんだ。
今行っても追い返されるだけだぞ」
「なんでです?そんなの行ってみないとわからないじゃないですか!」
はぁ、何度も繰り返したのにまだ言うのか。やれやれ。
「もう来ないでくれってラジオ放送が流れていたのを、もう忘れたのか?
自治体の放送で『もう来ないでくれ、来るなら実力行使で追い払う』なんて尋常じゃないぞ。
よほどの大問題があったんだろう。
どちらにしろ、新たに人を入れる余裕なんか本当にないんだろうさ」
「……」
みんな黙ってしまった。
「それに、問題はもうひとつある」
「え?」
「苦労して静岡の向こうまでいくとしよう。現状かなり大変だと思うが、メンバーを絞れば不可能でもないだろう。
でも、それで入るのを拒否された場合どうする?
居場所も食料もなく、失望した大勢の人間を引き連れてどこに行けばいいんだ?」
「は?ダメなら戻るだけですよね?」
「250km以上を、すべて無駄足だったと思い知らされた上で、重い足取りで歩いて帰らせるのか?
行きではありえなかったトラブルや問題が次々と起きるぞ。
歩き慣れてない者たちに250kmの徒歩行軍は間違いなく許容量オーバーだ。
ましてや、ただ戻るだけの復路に耐えられるわけがない。
移動を拒否し、近郊の廃棄された避難所に入ろうと言い張って皆の足を引っ張るだろうな。
それに賛否両論となっているうちに、やけになってゾンビを呼び寄せたりと暴走を始める。
そうなったら、もうどうしようもない。
残ると主張する者を切り捨てて有志だけで逃げ出すか、全滅するかの二択になるだろう」
「そんな、やって見もしないで何いってんですか!!」
自分たちの意見が却下されることで、ついに怒りの声があがった。
知ってる、一部の若者にその考えが広がっていることを。
だから私は続けて言う。
「本当に行きたいのなら、いけばいいんじゃないか?」
「え?」
「どうしても行きたいのなら、無理にとめはしない。
どうせ全員行くことは無理なんだし、有志だけつのって行くがいい。
私は残って別の道を探す事にしよう」
「別の道?」
「お年寄りや体力に自信のない人などを、ゾンビの徘徊する250kmを歩かせるのは無理だ。
ある程度の数は残る事になるが、ひとつ問題が発生する。
残ったメンバーで今の避難所は運営しきれない。
よって、規模縮小なり移転の道を探らねばならない。
私はそちらを担当するということだ」
「……」
「ああそうだ、護身用以上の携帯用武器は置いていってもらうぞ。
それは残った人たちの防衛のために必要なものだ」
「なんだよそれ!」
「僕らを見捨てるっていうんですか!?」
「ほう、我々を見捨てていく君がそれを言うのかい?」
「……」
みんな言葉をつがなくなった。
実際、出ていくなら出ていってくれて全然かまわない。
中田君たちみたいなタイプは他にもいるが、そういう危険要素に残られても困る。
彼らには悪いけど、せめて不良債権くらいは引き受けてもらわないとね。
それに……今いる皆に見えないところで牙を剥くなら、その時こそ本当の意味で消えてもらう。
しかし実際、いつまで続くのやら。
いつかは終わるにしても、それはいつになるのやら。
私は思わず、大きくためいきをついていた。
次話で主人公視点に戻ります。




