地球人vsゾンビパニック
『はじめるよー』
「おう、たのむ」
精霊たちは、かわいらしい羽根をパタパタさせながら色々話してくれた。
最初にゾンビが現れたのは、俺が召喚されたのと同時か、わずかに前後するくらいらしい。
ただし、その数は少なかったそうだ。
多くても数百、もしかしたら百以下。
たったそれだけのゾンビが、世界中にぽつん、ぽつんと散らばるように現れたらしい。
「そんなに少なかったのか?だったら問題ないんじゃ?」
『けどー、ぐんしゅーの中に、いきなり出たんだよ?』
「ぐんしゅう……群衆!?」
『そだよー』
ゾンビの数はたしかに少なかったけど、出た場所が大問題だった。
つまり、大勢の人間の集まる場所に出現したんだと。
熱狂するロックコンサートのファンの海の中。
独裁者の演説とそれを見ている広場の群衆のどこか。
外国からもお客さんの来る、大きな祭のど真ん中。
次々に人が噛まれ、みるみるうちに犠牲者が増えた。
ゾンビ対応時にはその区画を閉鎖しだれも逃さないようにすべきだが、当然そんなことを知るわけもない。そして、感染状態で普通に立ち去ってしてしまい、よそでゾンビ化する者が出たのが、爆発的に被害を拡大させてしまった。
大惨事になった。
中には判断力に優れた警官が即、頭部を破壊したケースもあるが、それはむしろ例外的だった。多くは無力化しようとして逆に噛まれ、殺され、傷つけられ、そいつらも全員、死体置き場や病院・医務室などに移送されてからゾンビになった。
被害はどんどん広がった。
でも全体数が少なかったのが幸いし、何とか事態は収まった。あの手この手で事態を把握しつつ安全を確保していった。
また関係者がゾンビを調べた結果、外部から突然やってきたのでなく、そこにいた者が変化したのだ、という事もわかった……何しろ、スマホや免許証、学生証を持ったままのゾンビがいて、本人確認までとれてしまったからだ。
ある学生ゾンビの両親が「息子が殺された」と大騒ぎして騒動になったのは、また余談。
未曾有の異常事態に対し、地球人の防疫体制も負けてはいなかった。
彼らは荒唐無稽な「ゾンビが出た」なんて話はせず、かわりに「未解明の危険な伝染病」と規定した。
いつ出るかもわからず、噛まれたり傷つけられる事で感染する。患者を戻す事は事実上不可能なので、罹患すれば死亡率100%、しかも動いている個体はすでに脳死状態であると発表した。
原因を探る事も必要だが、何より最優先で被害対応しなくてはならなかった。
最優先で「起きた場合の対処」がまず周知された。
半月とたたぬうちに、国連まで動かしてペスト・エボラを上回る正体不明の病気として全世界が臨戦態勢に入った。無政府状態や内乱中の国は参加できなかったが、これらについては国境封鎖をする事で感染拡大への対応をするという徹底ぶりだった。
捕獲ゾンビを使った対処法の研究や、感染状態の把握。
そして『ゾンビ状態の人間は既に死亡しており、単なる歩く感染源として稼働しているにすぎない』を徹底、人を撃つ、殺すという忌避感を和らげるためのプロパガンダまで行ったらしい。
「……マジか」
精霊たちの話を聞いた俺は、あいたクチが塞がらなかった。
正直、地球人ナメてたわ。
ゾンビなんてばらまかれたら、なすすべもなく人類終わると思ってたよ。
まさか、ひと月とかけずにここまで対応できたんか。
思えば、人類の病魔との戦いの歴史は長く、多少治安の悪い国でも防疫にはかなり神経質になるもので。
あの、いがみあってるようで女神が絡むとピタッと団結する向こうの世界の人間族だって、ここまでやれるかどうか。
すげえな地球人類。
でも、それでも世界がこのザマになっちまった理由は簡単。
二ヶ月後に、あらたに発生したゾンビがあまりにも多すぎたっぽい。
総数は不明だけど、とても対処不能な数のゾンビが一気に発生したらしい。
これは間違いないだろ。
よくわからんけど、本格的に向こうの世界から何かをやらかしたんだ。
そんなわけで、世界の秩序は見事に崩壊。
今、地球人類は絶滅の危機を迎えているわけだ。
東京都心では新宿など、主要な駅で大量のゾンビが発生。次から次へと噛みつきやひっかきで感染が広がってしまい、手がつけられなくなった。
さらに生前の記憶に従い、電車に乗り移動する個体も出た。
異常に気づいた駅員がすぐに対策して電車を止めたが、そもそも車内や駅構内で発生したゾンビにわずかな駅員で対処しきれるわけがない。たちまち自分たちもやられてしまったようだ。
だけど、それでも緊急停止をかけ、文字通り命をかけて駅の閉鎖まではやったらしい。
さすがは日本の鉄道マンというしかない。
だが電車が止まり、帰宅難民となって歩く人々が無事だったかというと、そうはいかない。
立ち寄ろうとしたコンビニ、様子を見ようと近づいた駅前などで、ゾンビは人々に次々と襲いかかった。
半日も過ぎる頃には東京中心部は完全にゾンビたちの手に落ち、あちこちに逃げ遅れた人たちが点在する事態となっていた。
そんな事が、規模の大小こそあれ全国で起きたようだ。
田舎では地域の判断で町の入り口を閉鎖、外からの流入を防いだところもあった。
本来なら、ここからよくあるゾンビパニックもの──生き残った人たち同士のサバイバルが始まるはずだったが、さらに厄介なのはここからだった。
つまり、二回目からしばらくたち、ようやく避難民などが落ち着いた直後、さらに三回目以降のゾンビ発生があったんだって。
この後についてはもう、混沌としていて精霊たちの情報もバラバラだ。
ただハッキリしているのは、三回目以降のゾンビ発生が、人類社会の崩壊を加速してしまったらしいこと。
ゾンビは人の集中しているところによく発生する。
つまり避難所や難民キャンプといった人間の避難先を、狙い撃ちするようにゾンビが発生してしまったようだ。
考えてみてくれ。
避難所やキャンプなどで、皆が見ている前で、唐突に人がもがき苦しみ、その場でゾンビに変化する。
驚くのもそうだけど、これは別の恐怖を煽り立てることになる。
つまり。
・となりの人間がいつゾンビになるかもしれない。
・いつ、自分自身もゾンビになってしまうかもしれない。
やばいだろこれ。
これが向こうの世界なら、おそらく大きな問題にならなかった。
広域魔法は派手だが、その性質ゆえに個々への働きかけは弱い。ぶっちゃけ、向こうならどんな田舎の村にもある魔物避けの結界程度で充分に止められる。
でもそんな情報も技術も、こちらの世界にはない。
そして、人間同士の間の不安や不信感だけが、どんどん加速していったらしい。
トラウマ製造機にして人災拡大装置、というのは向こうの研究者の言い方だけど、俺も同意する。
ゾンビが本当にこわいのは、それにより巻き起こされる人災の方なんだ。
とにかく、かくして世界秩序は崩壊したわけだ。
今、世界中の大都市は誰もいない現在の東京のような状況で、生存者は地方なりそれなりの設備なりに点在している状態だという。
「もう国家みたいなのは残ってないのか?」
『あるよ』
「お、あるのか」
『けど、どこもまずいよー』
「まずい?」
『ヒャッハー』
『おぶつはしょうどくだー』
「……残ったリソースを奪い合うだけで生産活動をしてないって事か?」
『そだよー』
「……そうか。それじゃたしかにダメだな」
精霊たちの言葉をまとめると、現状はこうなる。
日本を含め、多くの国では政府がもう稼働していない。残っている国でも周囲の国がすべてゾンビにやられ、よそと交易もできずに閉じ込められた結果、内乱などで秩序が崩壊したという。
そして個人レベルならともかく集団規模になると、食糧生産が成功している組織が皆無。
「何やってんだよ」
俺は頭をかいた。
でも言われてみれば無理もない。
農業は収穫に時間がかかる。そして広い土地もいるし、長期間にわたって安全を確保しようと思えば、敵はゾンビや野生動物だけではない。
──そんなリスクを払わなくとも、食料なんてショッピングセンターから持ってくればいいだろ?
まるで昔のゾンビ映画だが、本当にそういう悲劇がリアルに起きているようだ。
地方の大型コロニーでは郊外型モールに大量の食料があるわけだが、その莫大な食料を人間同士で殺し合い、奪い合って、むしろ大量の死者を生み出している状態らしい。
危険を覚悟の上で、移動のための食料やリソースだけを求めてきた者たちだが、誰かが欲を出して輪を乱し、その場にとどまろうと主張、皆を説得しはじめる。
そして、不注意から犠牲者を出したり、彼らを上回る兵力で攻めてきた次のグループに全滅されられたりってことが繰り返されているらしい。
「まるっきり、ロメロのゾンビ映画じゃねーか……人間って」
俺は肩を落とした。
現在の地球で生き延びている主力は、家族単位か似たような少数の集団が主体らしい。タイプとしては、田舎でゾンビを駆逐して閉じた生活圏を形成している連中と、機動力を生かして都市で暮らすタイプの二種にハッキリと分かれているんだと。
問題は、自力で生産を行い、きちんと生活しているグループが非常に少ないこと。
畑作したり漁業したり、地道に生活を築いている小集団もいるにはいる。
しかし彼らは身を守るために決して外と交流を持たないし、接近する者がいても容赦なく殺すことで安全を確保しているところがほとんどらしい。
これマジで人類やばいだろ。
まぁ生き延びたとしても、もはや近代科学文明は維持できないだろうけども、それどころじゃねえよ。
かつての人類が数千万以下の人口で生き延びていたのは、今の人類とは比較にならないくらい頑丈な身体を持っていたからにすぎない。
そんな彼らでも、石器時代の平均寿命はせいぜい20代以下だったって話もあるくらいなのに。
……絶滅するぞ。
冗談でもなんでもなく。
「人間はどうだ?どれくらい残ってる?」
『んー、調べないとわかんない』
「世界総人口とかは急がなくていいよ、日本と周辺の何カ国かの人口を先に調べてくれ。
そういや、伊豆の人口調査ってどうなったっけ?」
『わかったー』
『あ、イズの人口、でたよー』
「おーすまない、くれ」
『生きてるにんげんは、18人だよー」
「……それは伊豆半島全体の人口か?」
『んー、アタミより南だよー』
「熱海から南か。三島は範囲に入ってる?」
『ないよー、ミシマは、ヌマヅのとなりー』
つまり、伊豆の国市と熱海市あたりから南が伊豆という認識らしい。
「なるほど、三島は駿河方面と認識してんのか……わかった参考になったよ、ありがとう」
『どういたしましテー』
そんな話を延々としている間にも分岐に到着、R246に入った。
「こうしてみると、バイパス道ってのは車に特化しているよなぁ」
「?」
「いや、なんでもない。さて、問題はここからか……索敵しつつ進むしかないな」
「ユー、ユー」
「なんだ?」
「マオ、サクテキできるよ?」
……なに?
「マオ、おまえが言ってるのは隠密行動で調査してくることだよな?」
「ううん違う、せーれーに頼んで調べてもらうんだよ?」
「……マオ、まさかと思うが」
「うん、せーれーじゅつだよ?」
なんだって!?
「おまえ簡単に言うけど精霊術の索敵って面倒なんだぞ。いつのまに?」
「ユーのために、おぼえた!」
「……」
「ユー?」
俺は思わず、マオを抱きしめていた。
「えっと、なに?ユー?」
「はは、ははは……おまえはいい子だよ、ほんと」
「そう?」
「ああ、おまえはいい子だ。ほんとにいい子だ」
猫族だった頃のマオは精霊を認識して話もできた。ま、猫だもんな。
だけど、いわゆる精霊術はできなかった。
精霊は、単にコミュニケートできるだけでは力を貸してくれないのだ。
一種の妖怪化したことで、精霊に認めてもらう要素が揃ったってことだろうけど……よくもまぁ。
「この道をずっと歩けば大きな川を渡るんだが、そこまでにいるゾンビを警戒してくれるか?」
「うん、わかった。ユーはどうするの?」
「俺は店とかチェックする。
このあたりは無駄だと思うけど、保存食とか探せるとこがあるかもだしな」
「わかった」
だけど俺の考えはちょっと、いやかなり甘かった。
「っ!いけね!」
「え?」
人間がいた!
標識やらゾンビやら、いろんな障害物に隠れていて、それに気づくのが遅れた。
「マオ隠蔽!」
「だめユー、気づかれた」
「ちっ、油断した!」
視界の向こう。
一定の距離をあけながら数名の男が──たぶん銃らしいもので武装してこちらに向かっていた。




