俺は精霊が好きだ
開始しました。
全36話(+人物設定に追加一話)、毎日昼12:00に更新かかります。
「ラナマテイル」を読まれていた方へ。
世界観とメインキャストが似てますが全然別の話になっております。
いきなりなんだと言われそうだけど、俺はかわいいものが大好きだ。
子供の頃から、かわいい生き物を好んだ。
大きくなると冒険物語を好むようになったけど、異世界冒険ものというと当たり前のようにファンタジーな異種族に傾倒した。
リアルに存在しない彼ら、彼女らは実に魅力的で愛らしい。
エルフなどの異人種、ケモミミからほとんど獣同然のモフモフに至るまでの獣人種、さらに、たまたま見た目が人っぽいというだけで全く異なる妖精種まで。自他共に認める人外大好き人間だった。ファンタジーばんざい。
──そんな人間がいきなり、いきなり異世界に召喚されちまったんだ。
自動車学校が期限切れになってしまうとか、バイトどうすんだとか、世間的にはクソどうでもいいだろうが俺自身には大問題な事を全部無視して、俺を勝手に召喚した異世界の自称人間族なる連中は、俺を戦闘奴隷として働かせようとした。なんでも、俺には女神とやらの『恩恵』で勇者としての才能が付与されているとの事で、しばらく鍛えれば勇者として──要するに自分らに都合のいい兵器として、異種族の国を攻め滅ぼす事に使えるんだそうだ。
アホかと俺は一喝したが檻にいれられた。
そして、さらに牢屋に閉じ込められちまった。
なんで牢屋と思ったけど、あとから思えば簡単だった。
檻に入れられたあと、なんか名前きかれたんだけど、クロと偽名を名乗ったんだよね。
けど少しして怒った顔で脅されて、何度も名前をいえと迫られたんだけど、わからんふりしてクロクロいい続けていたんだよ。
要するに、名前で縛れないから、とりあえず牢に入れたと。
あとは何か別の方法……明日にでも隷属の首輪とかその手のやつを用意するつもりなんじゃないか?
しかし困ったな。
腹も減ってるんだけど、目の前の食い物──どう見てもうまそうじゃないってのもあるけど、たぶん怪しい薬とか入ってるだろ。
どうしたもんかと困っていた俺は彼ら──精霊に出会ったんだよ。
『んー?ぼくらがみえる?』
『すごいすごいー』
『ユウは、どこからきたのー?』
そりゃあ、びっくりしたよ。まさによくあるファンタジー物語の妖精みたいなちびっこが、いきなり大量に現れたんだぜ?
ちみっこくて、羽根がはえてて、手のひらに乗っかるような、人形みたいな幼女たち。
だが俺の心は驚くより何より、ただひとつの色に染まっていたんだ。
か、かわえぇぇぇぇぇ!!!
俺がこの理不尽な召喚ってやつに、はじめて感謝した瞬間だった。
自称精霊という可愛い子たちの話によると、彼らは人間族たちには見えないし、触ることすらできないらしい。
そりゃかわいそうに、こんな可愛い子たちが見えないなんてといったら、なぜか妙に喜ばれた。
ついでに質問してみると、逃げ道もわかるし鍵の開け方もわかるという。
うお、だったら悪いけど頼めるかな?といったら、いいよと二つ返事でOKがもらえた。
で、彼らに鍵をあけてもらい、俺は夜闇に乗じて城を逃げ出したんだ。
逃げ出したはいいけど、やっぱり元の世界に帰りたいよね。
精霊たちに相談してみると、まずはエルフ領にいこうといわれた。エルフは種族至上主義だけど精霊使いが特別な位置をしめているので、精霊とコミュニケーションとれる俺にはきっと友好的だよって。
そして俺は、ひとりぼっちで旅をはじめた……精霊たちだけをお供に。
人間族の領地を出た俺は、深い森の中に入り込むようになった。
ある程度精霊と仲良くなると、森の魔物たちが敵じゃなくなるんだよ。だから誰が来るかわからない街道より森の中が安全だったんだ。
この頃になると寝るとこもオーガの里とか、そんな感じになってた。
そんな時、オーガの里のばあさまに、いやな話をきいたんだ。
森のさらに奥にある猫族の森に、人間族の冒険者が向かってるって。皆殺しにして皮をはぐんだって。
最初はそれでも関わるつもりがなかった。
けど、気になってつい向かってしまって……そして一匹の子猫を拾ったんだ。
その子猫はマオと名付けて、以降、帰るまでの俺の道連れになった。
ありがたいことに、他種族の皆さんは驚くほど親切だった。
理不尽に召喚された俺に同情までしてくれたし、帰り道についても学者を紹介してくれた。
そしてエルフの学者と、そして魔族軍の研究者が調査してくれて、ついに送還の仕組みを作ってくれたんだ。
いわく。
『女神は自分を絶対神と称しているが、その実、単に人間族が主神と崇めている限定的な存在にすぎない。
絶対神でない以上、この世界の法則に沿ったものにせざるをえないんだ。これは君を引き込んだ召喚術も、そして君を無理やり戦士にした時の強化術も例外じゃない。
世界の法則に従っている以上、当然、神でなくとも利用できるってわけだよ──ご理解いただけたかね?ユウくん?』
『なるほど、それで何とかなりそうです?』
『普通なら原理がわかっても不可能だな。
宇宙が真空だと我々も知識ではわかっているが、そこに実際に行くには別の知識と技術が必要なのと同じだな。
だが我ら魔族とエルフが組むという、神話時代以来のコラボレーションが君のおかげで実現してるんだ。
なに、ちょっと待っていなさい。
まだ数件の問題があるが、解決策も示されている。我々が何とかしてみよう』
どこかアキバ系っぽい感じの研究者は、実にいい笑顔で説明してくれた。
ただ、ちょっと気になる事があった。
彼らがあまりにも親切すぎ、とても親身になってくれる事だ。
たまたまそういう人たちなのかと思ったけど、他の人々への対応を見ると、そこまでお人好しじゃないんだよな。
それで思い切って質問してみたら、戻ってきた返答は実に簡潔なものだった。
『君は精霊使いだろ?』
『え?そうだけど、それが何?』
『君は理解してないようだけど、それが理由なんだよ』
『はぁ?』
なんだそれ?
精霊と仲良くしてることが理由?
『わけがわからないが……だいいち精霊使いっていっても、俺は精霊と仲良くしてるだけだぞ』
精霊ってのは、世界にあまねく存在する『意識あるエネルギー』みたいなもんだそうだが、そんな小難しい理屈はどうでもいい。
ひとによっていろんな姿に見えるらしいけど、俺の目に見えるのはファンタジーものなんかで定番の、ちっこくて羽根の生えた、手のひらサイズの可愛いアレなんだよ。
想像してくれ。
ふわふわ、きらきらで、ちみっこくて可愛い。
たまにお茶目もするが、基本的にいい子たち。
しかも、困った時は頼みごとも聞いてくれる。
寂しい時には、賑やかにして嫌な気持ちをふっとばしてくれる。
彼らのおかげで、俺はどんなに助けられてる事か。
こんな子たちを邪険にできるか?
ばかやろ、こんなん仲良くして当たり前だろう。な?
でもそう言うと、彼らは一様に笑うのだ。
『それでいいんだ。
真の精霊使いは精霊の友。君のようにただ、精霊となかよしというのが正しい姿なんだよ。
それでこそ我々が親愛を抱くに足るもの』
『??』
『ははは、当人である君はピンとこないだろうな。
けど、それでいいのさ。
わけがわからないだろうけど、気にしないでくれ』
『は、はぁ』
たしかに、わけがわからない。
だけど手をさしのべてくれるのは、本当にありがたかった。
そんなわけで帰還準備が始まったんだけど、少し問題があった。
俺の相棒、マオの今後のことだ。
マオは猫族最後の生き残りであり、里も滅亡して帰る場所がない。
当たり前だが地球にも連れていけない。
相談の末、いやだ、ついていくと言い張るマオをエルフの里で預かってもらう事になった。
何やらエルフの長がマオにいいくるめて、それで泣く泣く言うことをきいてくれたんだけど。
……ごめんなマオ。
『リトルは言い聞かせたけど、マオはなぁ……すみません、ご迷惑をおかけします』
『むしろ歓迎だよ、まかせなさい』
エルフは無類の猫好きで、昔から迷った猫族の子を預かることもしていたという。
俺もマオを育てるのに本当にお世話になった。
あ、ちなみにリトルとは、ちょっと前に拾った迷子のアースドラゴンの子供ね。
こっちはドラゴンの里という行き先があったので、無事にお別れ済みだ。
え?何、あちこちで拾ってるんだって?
……俺だって、ただの迷子なら拾わないさ。
人間族から助けたら、懐かれちゃったんだよ。
次に装備やスキルについて。
帰還システムの都合上、武器や防具、アイテムボックスの中身に至るまで置き去りらしい。
全裸で帰還?
取得したスキル類はそのままらしいが、これには困った。
ただしこれについてはエルフから提案があった。
『精霊様に衣服を編んでもらうといいでしょう』
『それって精霊衣服の事?』
『はい』
『いやいやちょっと待て、そもそも地球に精霊いるの?』
『いますよ』
『……なんで断言する?見知らぬ異世界だろ?』
『あなた自身がその証明だからですよ。
精霊のいる世界の出身だからこそ、あなたは精霊を見て対話が可能なのですよ?』
『いやいや待てって。
俺、日本じゃ精霊なんて見えないし、感じたこともなかったぞ?』
『周囲に精霊使いがいなかった、あるいは精霊術の発動を見たことがないのでは?
どちらにせよ、よくある事です。
精霊使いは精霊使いを呼ぶと言って、近くで精霊術が発動する事で目覚めやすいのです』
へぇ……でもそれを言うなら、人間族の城に精霊使いなんていなかったと思うけど?
『要はきっかけなんですよ。
属する元の世界から切り離された事や、女神の干渉が原因で目覚めた可能性もあります。
とにかく、何かのきっかけがあり元々の才覚が目覚めたのでしょうね。
一度見えてしまえば、見えなくなることはありませんね』
『そうなの?
俺が異世界召喚された時、女神に精霊スキルつけられた、とかじゃないの?』
『いや、それは絶対ありません』
『なんで?』
『女神は精霊関係のことに関与できないからです、それどころか精霊を見ることすらできませんよ』
『は?なんでまた?』
『いろいろ理由はありますが、長くなりますので。
まぁそういうことだと覚えていただければ』
『あー、うん了解』
とりあえず、服の問題は解決か。
まぁ、召喚された時の制服や教科書、スマホ類の回収が不可能になったわけだけど、帰れないことに比べたら全然マシだろ。親に頭をさげて、なんなら借金しても新調してもらおう。
そして、その日がやってきた。
エルフの里の一角にしつえられた魔法陣に、俺は乗っかっていた。
周囲は、俺の今まで関わってきたいろんな種族の人たちの見送り。
ちくしょう。
ここにスマホがあれば、撮影したのに……持って帰れないけどな。
「ユー、いくから、絶対、ぜったいいくから!!」
大声で叫ぶマオに、俺は心が引きずられそうになる。
その気持ちを必死にこらえて、俺は言い放った。
「マオ、言ったろ?地球には人間族しかいないんだ。
たしかに、皆に対策を頼んではいる。
だけど、皆がどうしてもダメって言うなら、その時はあきらめるんだ。
いいな?」
「……」
「マオ?」
意地でもイエスとは言わないんだな。
何とか対策がまとまれば、あとでマオを地球に送ってやるから……というのは、マオを保護したエルフたちの建前だ。おそらく無理だろう事を含んだ上のな。
いや、だってそうだろ。
あいつをどうやって地球人に偽装するってんだ?
そんな方法、もしあるなら俺が知りたいよ今すぐ。
俺だってマオを連れて帰りたい。
ちっぽけな子猫から育てて、今や旅の相棒となったマオ。
種族とか関係なく、かけがえのない存在なんだぞ。
だけどマオは猫族。
猫が二本足で立ち上がったような、まんまリアル猫妖精みたいなこいつが日本に現れたら、何が起きるかわからない。間違いなく幸せにはなれないだろう。
対して、この世界のエルフ族は猫好きで、たったひとりの猫族の末裔であるマオをずいぶんとかわいがってくれている。きっとエルフたちの元なら幸せに暮らせるだろう。
だから──さよならだマオ。
今まで本当に、本当にありがとう。
おまえがいなかったら俺は、出口の見えない旅の途中で自殺したかもしれない。
あるいは、この世界の人への不信感にかたまり、精霊とだけコミュニケーションをとる存在になっていたかもしれない。
今の俺があるのは、おまえのおかげだ。
だから──今度はおまえが幸せになってくれ。
大丈夫。
おまえは犬じゃない、猫だ。
いつまでも駅で帰らぬ主人を待ち続けるような、そんな悲しいことにはならない。
そうだよな?
「ユウさん、最後ですが現時点でわかっている、転移直後のあなたに関係しそうな事をご報告しますね」
「あ、はい」
エルフの学者さんが微笑んでマオの頭をなでると、続けた。
「あなたの世界への干渉ですが、あなたの召喚以降にも何度か行われている事が判明しています。しかし詳細はわかりません」
「わからない?誰を召喚したかわからないってこと?」
人間族からしたら、俺は失敗作または不良品だろう。
後釜を呼び寄せたとしても不思議はないな。
「それがですね、こちら側に人が引き込まれた形跡が全然ないんですよ。
なのに召喚もしくは転移のような術式が動いた気配がある。
何かの実験かもしれませんが……得体が知れない。戻ってもお気をつけください」
「具体的なところはわからないと?」
「残念ながら。
ですが、あなたが召喚された時とは比べ物にならない大きなエネルギーが、向こうの世界からこちらに流れ込んだ可能性も指摘されています。
あと、逆にこちらから何か流れ込んだ跡も。
得体が知れないといった理由はそれです」
「え、こっちから地球側に?」
「はい……戻られたからといって油断なさらないでください」
「……」
たしかに得体が知れないな。でも。
「油断するなったって、何かわからなきゃ警戒のしようもないんだが」
俺がぼやくと、学者はにっこり笑って言った。
「判明した事と次第によっては、こちらの世界から連絡を入れたり、誰かを送り込むかもしれません。
もしそうなったらご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたしますね」
「人を送る?そんなことできるのか?」
「できますよ」
「え、そうなの?」
俺の送還はこんなに大変なのにか?
「何をおっしゃってるんです、あなたという目印が向こうに設置されるのですよ?
あなたの魔力を知り、なおかつ大規模転移のできる術者なら原理的には飛べますよ。
さすがに世界間渡航ですから、できる者は非常に限られるでしょうが」
「あ」
そうか目印は俺か、なるほど!
「納得いただけました?」
「おう、バッチリだ」
転移そのものは難しくない。
なのにどうして地球に異世界人がぽんぽんやってこないのかというと簡単。
だって、君は別の世界が存在し、それがどこにあるか知ってるかい?
ああ、そういうこと。
別の世界がどこにあるかなんて、誰も知らなかったからだよ。
そんな、得体の知れないはるか彼方に俺を送り返す……そりゃ難しいだろうさ。
このあたりを解決したエルフと魔族の研究者は、本当にすごい連中だ。
でもそう言うと『それは違いますよ』と反論されたものだ。
『女神があなたにかけた術式を利用するんですよ。裏技的なものですが』
『裏技ぁ?』
説明を聞いた俺はその半分も理解できなかったが、とんでもない事なのはわかった。
『……なるほど、そりゃたしかに裏技だわ。よくもまぁそんな方法を』
『かの女神は人間族の神ではありますが、能力的には理不尽な存在ではありませんよ。その力の発露はこの世界の法則に沿ったものです。
だからこそ、こうして我々が話もできるし、対策もたてられるんです』
『たしかに』
やっぱり大したもんだ。
そして術が発動し、世界がゆらぎはじめた。
「じゃあな、みんなありがとう!本当にありがとう!!」
「ユー!ユーッッ!!」
「ああ、またなマオ!」
「ユー!!ユーッッ!!!!」
悲しげなマオの叫びが俺の胸を痛くする。
……ダメだ、そんな顔をするなと自分を叱咤する。
俺は必死で笑顔を作り、そして泣き叫ぶマオに手を振り続けた。
そして俺は──ついに地球に帰還した。