2.僕はトカゲ♀になってて、僕のマスターは王子に婚約破棄されてた
今回の僕は田中ジロ。異世界で目が覚めたら、トカゲ♀になっていた。
そういえば女神ナブシ様に異世界へ転移させられたんだった。
「君との婚約は破棄させてもらう!」
パーティ会場で男爵令嬢を伴った王子がそう宣言した。ショックに揺れるマスターの肩の上、僕は異世界への転移前に、女子大生だったことを思い出した。今の僕はマスターの召喚獣。ジロと呼ばれるトカゲ♀だ。
3か月が経った。侯爵令嬢だったマスターは、廃嫡されてしまった。国を追われたマスターは、冒険者となり日銭を稼いで暮らしていた。
食事するマスターの腕を、僕はしっぽで軽く叩いた。マスターの顔をじっと見つめてみた。
「何よ、ジロ? もう食べるなって言いたいの? ほっといてちょうだい!」
婚約破棄されたショックは大きかったらしく、マスターは時々大食いするようになっていた。過食症ではないだろうか。心配だ。冒険を共にする、仕事上のパートナーが精神的に不安定だと困る。
夜就寝中に、マスターの夢の中で僕は一応許可を取り、トカゲスキルの精神融合ーマインドメルドで治療を試みてみた。マインドメルドしている間の”夢”はマスターの目が覚めたら、許可を取ったことも含めてマスターは、意識の表層上は忘れてしまうけれど。
ジロ「まず、体の力を抜いてゆっくりして。…今どんな感じ? 気になってることは?」
マスター「沢山食べて忘れたいの。思い出したくない。震えるの。食べてる間は目をそらしていられる。でも、それで解消されてゆく感じはしない」
ジロ「その問題から、距離を取りたい? 遠くに置いておきたい感じ?」
マスター「わからない。気持ちがぐしゃぐしゃ。整理できない」
ジロ「ゆっくり。時間を取って、感じてみて」
マスター「…………難しいけど、やってみる…………………。浮足立ってる感じ。取り合えずまずもっと落ち着いてから、取り扱いたいわ」
ジロ「手足を伸ばして落ち着いてみれる?」
マスター「それはちょっと、違う感じ。やりたくないかな」
ジロ「わかった。じゃあ、はぁーーーって、深呼吸してみるのはどう?」
マスター「やってみる。はぁーーーっ」
ジロ「深呼吸して。透明な箱をイメージして、問題を箱の中に入れて、距離を取ってみて」
マスター「………入れた。見えてるけど、少し距離が取れた気がする。」
ジロ「よかった。じゃあ、その状態で暫くそこにいて、感じてみてて」
マスター「………王子、嫌い。何で私ばかりこんな目にあうの。苦しい。痛い。酷い。私の中、痛い」
ジロ「自分の中が、痛い感じがするのね」
マスター「うん」
ジロ「自分の中の痛みは、いっぺんに解決したりしないと思う。時々時間を取って、ちょっとずつ受け止めていったらどうかな?」
マスター「うん。そんな風にしてみるわ」
ジロ「じゃあ、今日はこのへんで終わろう」
マスター「わかった。ありがとう、ジロ」
ジロ「うん。ありがとう、マスター」
セッションを終えて、僕はマスターとのマインドメルドを解いた。
明日はまた冒険者ギルドへマスターと行く。僕とマスターの冒険の日々はこれからも続いてゆく。
僕はトカゲ♀になってて、僕のマスターは王子に婚約破棄されてた:おわり