8-4閑話 フォーカシングセッション リッサ5 「どす黒い何か」(改1)
「今日は、震えてる感じをみます」
「はい、ゆっくり…呼吸して、…震えてる感じを…みていってください~」
「………………」
「………………」
「………………」
「手足が、…震えてたり、…力が抜けてたり、…しびれてたりして…」
「手足が震えてたり、力が抜けてたり、しびれてたりするんですね~」
「……黒くて、…暗くて…」
「黒くてー、暗くて~」
「うーん、……両手で…押さえつけるような…」
「両手でー、押さえつけるような?」
「必死に…、押さえつけるような…」
「必死に、押さえつけるような?」
「何かが…出ないように、……あるいは、……怒鳴られて、殴られた、その時に、強烈に体全体をぎゅっと固めていたような……」
「出ないように、あるいは~怒鳴られて殴られた時に、体全体をぎゅっと固めていたような感じ~?」
「……そういったような、…どす黒い……何か」
「どす黒い、何か。…それはどんな感じのものでしょうか~?」
「……とにかく、強烈に押さえつけてて、…まともな感じのいましめではない、…というか…星から飛来した神の槍に刺し貫かれるみたいなというか…」
「強烈に押さえつけててー、まともな感じのいましめでない、星からの槍に貫かれるみたいな~」
「超越した力、…自分とは隔絶した力で、…無慈悲に、突き飛ばされまくるような、というか…」
「自分とは隔絶した力でー、無慈悲に突き飛ばされまくるような感じなんですね~」
「…もう、それだと、体をぎゅっと固めて耐えるしかない、みたいな感じ…なのかなぁ」
「体をぎゅっと固めて、耐えるしかない、みたいな感じ」
「『虐待の首輪』の力で、仮想的に虐待された時の感じ、感覚が、自分とは隔絶した力と感じたのかなぁ」
「仮想的に虐待された時の感じが、子供の時のリッサさんとは隔絶した力と感じたのかなぁ、という感じかな~」
「うーん。…頭で想像しただけかもしれない。…はっきり見えているのはどす黒い何かだけかも」
「そうですかー。はっきり見えているのは、どす黒い何かなんですね~」
「それの周りをうろうろして、ぺたぺたさわって、探っていたみたいな」
「どす黒い何かの周りをー…うろうろしてぺたぺたさわって、探っていたみたいなんですね~」
そのあたりでイメージが動かなくなってしまい、進展が見えなくなったので、そこでセッションを終了した。
リッサは自室に戻った。
感覚的には、大事なものをみていた、という感じはした。震えている感じの周りは、何というか自分にも非常に分かりにくい感じだった。急に後ろから肩を叩かれて「体がビクッとびっくりする」みたいな、あくまでも体の反応のようであり、「仮想的に虐待された時の」自分の気持ち、みたいなものはよく覚えていない、何もわからない感じだと思った。
そのあたりは、ふたをしてしまっていて、思い出せないのだろうか。まあ、もっと時間が掛かるのかもね、とリッサは思った。
リッサはどす黒い何か、についての感じをずっと見ていた。するとある日、ふいに子供の時の感じを思い出した。
子供同士でケンカになったりした時に、自分だけすぐに精神的に不安定になってしまっていた。ブルブル震えて、目に涙がたまり、体が固まった。なぜ自分だけ、こんなに弱いのだろうと疑問に思った。
それはそれとして子供は大人よりも残酷だ。いざこざのたびに真っ先に目に涙をためるようでは、子供社会でやっていけなかった。だから徐々に、心に”鎧”をまとうようになっていった。
年を取り、鎧を分厚くしてゆくうちに、ブルブル震えて、目に涙がたまり、体が固まることが、だんだんと起こらなくなった。単に、大人の方が、子供よりもいざこざを回避できる方法を沢山知っているからかもしれないが。
どす黒い何かの近く、体が震えて固まる感じは、子供の時の、ブルブル震えて、目に涙がたまり、体が固まる感じと同じものだと思った。
「これと同じ感じだった」と子供の時の感じも含めて思い出しただけだったが、なんだかとてもストンと落ちた、ピッタリはまるように納得がいった、という気がしたリッサだった。
リッサには知識がなかったが、子供の時のそれはトラウマ、PTSDのフラッシュバックだろう。
最初の原因が『虐待の首輪』による仮想現実ー定期的に繰り返し、限度を超えて怒鳴られ殴られた時の感覚だ。
子供同士の「いざこざ」で恫喝、怒鳴られたり、小突かれたりした時に、類似した経験と感じられ、オリジナルの感覚、苦痛の一部が、まさに今この瞬間に起きているような、フラッシュバックとして引き出されていたのだろう。あいまいでわけの分からない不安、震え、苦痛などとして。
年を重ね、鎧を重ね着することで、フラッシュバックは起きにくくなっていった。しかし、フラッシュバックが起きなくなったからといって、トラウマ、PTSDが抜本的に解決したわけではない、ということだろう。