表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

1-3『おっちゃん、幼女に金をせびる』

「なあサーヤ、国王陛下に会うのは止めとこう、な?」


「えー」



 城内の通路を逆戻りしながら、サーヤの無茶振りを止めさせるの為に説得をする俺。


「そもそもだな、俺の事なんてどうでも良いだろう? 俺に拘る理由とかなにかあるのか?」


「……むぅ」



 むすっとされても困る。


 ただのお人好し、お節介というにはちょっとおかしいと思うのだ。

 この子は間違いなく優しい性格の子なのだろうが、見ず知らずのおっさんに拘りすぎだろう。

 ただ、理由を聞いても教えてくれなさそうだな、この反応だと。


「……はぁ、良いか?」


「……」


「サーヤが優しい子なのはよく分かった。でも、俺は自分の事は自分でなんとかするよ」


「……なんで?」


「大人だから」


「むぅー!」


 納得出来ないらしい。頬っぺたが丸く膨らんでいる。

 とはいえ、納得して貰わないと俺が困る。俺は積極的に死にたいとまでは思っていない。生きられるなら一応生きる。


「おっちゃんが困ってるいうからなんとかしよ思ったのに」


「さっきの食い物だけで十分だよ、後は、まあなんとかするから」


「…………」


「……お、おい?」


 今度は俯いて黙ってしまった。


 ヤバい、泣く前兆だ。こんな所で重要人物っぽい子泣かせたら、それこそ命が無い気がするんだが。まずい。


「ち、ちょっと待て泣くな、悪かった、言い過ぎた」


 そんなおかしな事を言ったつもりは一切無いが、何を言い過ぎたとか何が気に入らなくて泣くとかはこの際関係無い。

 子供の相手は久しぶりだし、見誤った。


「えーとだな、そうだな、あれだ、別に頑張れば仕事ぐらいなんとかなるんだぞ?」


「でも、フツーはごはん食えんようになるまで頑張らんなんてないもん」


「……そりゃそうだが」


「頑張ってもどうにもならんからごはん食えんかったんちゃうん?」


「……あー、まー、その、なぁ?」


 駄目だ、現状があんまり過ぎて子供に言い負かされる。

 実際頑張ってどうにかなるほど今のご時世余裕ないからなぁ。だからこそ食いっぱぐれてた訳だし。


 こりゃ、素直に従っといた方が良いかねぇ?


 いや、でも、なぁ?


「ん?」


「あっ」


 と、そんなやり取りを俺とサーヤがしている内に、通路の奥から仰々しい連中がやってくるのが見えた。


「これはこれは、勇者サーヤ様ではございませぬか。既に魔王討伐の任で王都を離れられたと思っておりましたが、どうやら勘違いだった様子」


 複数の帯剣した男達の中心を歩いていた中年の男……身なりから高位の貴族らしき人物が、わざとらしい身振りと共にサーヤへと声を掛ける。


 サーヤはその貴族の男を一瞥して、無視するように顔を背けた。


「……」


「ふん、挨拶も出来ぬとは、どうやら力ばかりで作法を知らぬとみえる」


「……」


「聞いた所によれば、勇者様のご出自はたかが平民だとの話だったかな? ならば学ぶ機会が無くとも当然というもの、哀れなものですな」


 顔を背けたままだんまりを決め込むサーヤと、見下すような物言いをしながら嗤う貴族の男。同調するように頷き笑う取り巻き達。


 その様子を、俺は咄嗟に取った畏まった姿勢のまま眺めていた。

 正直、子供相手に大人気ない、気に入らない連中だと思っているが、逆らえない。

 身分も何もかもが違い過ぎて、声を上げたその瞬間に、取り巻き達の誰かが抜剣して斬りかかられるだろう。

 情けないが、この場に居るだけでも本来はまずいのだ。嗤う貴族も俺の存在には気付いているらしいが、サーヤの連れというのは認識しているのか、貧民が城内に居る事を咎める気配は無い。


 要は、この貴族はサーヤの事を何故か毛嫌いしているが立場や役割から嫌がらせ以上の事は出来ない、そういう事なのかもしれない。

 まあ、そうは言っても俺が粗相をすれば容赦無く殺しにきそうだが。


「まあ、良い、私も汚い塵を拾って遊んでいるような子供と違い忙しい身なのでね、これで失礼するとしよう。ご機嫌よう、“虫すら殺せぬ勇者様”」


 ……やっぱり俺が居るのは気付いてた。当たり前か。

 塵扱いされたが、貴族様からすればそうなんだろう。

 中年貴族は始終、侮蔑しているのを隠そうともしない目付きをしたまま、言うだけ言って通路の先へと取り巻き達と去って行った。


 虫すら殺せぬ勇者様、ねぇ。


「なあサーヤ、お前もしかして、みんなからあんな感じな態度取られてるのか?」



 こくり、と黙ったままサーヤは頷く。


 ……そういえば、道中すれ違う人間、宮廷侍女(メイド)や衛兵なんかも、黙ったまま通り過ぎて行ったがみんな不快な物を見るような目付きをしていた。

 てっきり汚い格好の俺を見咎めているのかと思っていたが、よくよく考えればその咎める視線はサーヤにも向いていた気がする。


「聞いて良いか? サーヤ、父親と母親……じゃなくてもいいか、誰か知り合いはここに居るのか? それにお付きの人も居ないのは?」


 今の今まで失念していたが、サーヤが重要な人物だと言うなら、護衛や側回りなんかの従者が付いていないとおかしい。

 はっきり言ってこの王都の治安は悪い。一般的な平民が住まう区画ですら子供のひとり歩きなんて拐ってくれと言っているようなものなのだ。

 そんな街をひとりで出歩いていた理由も気になる。


「ウチ、しょーかんってやつでいつの間にかここにおってん。学校ん帰りにな、なんか光っとる思って見てたんや、そしたらその光っとるんがな、ぶつかってきて、そしたらこのお城に居たんや」


「……」


「だからな、お父さんもお母さんも一緒じゃあらへんよ。もうずっと会ってない」


「どのくらい会ってないんだ?」


「ん、えーと……」


 サーヤは指折り数えながらブツブツと小声で呟く。


「えっと、二ヶ月とちょっとや、きちんと数えてん」


 サーヤが示した指は、人差し指と中指の二本だが、おおよそ六十日以上だと解答した。


 六十日。サーヤの言葉が確かなら、召喚魔術によって、何処か違う場所から突然呼び出され、ずっとそのままこの国に居るという事になる。


 こんな小さい子供が、いきなり、知らない場所へ連れて来られたのだ。

 言ってしまえば誘拐のようなものだろう。


「街をひとりで歩いていた程度には自由にしているみたいたが、その、逃げたりとかは考えなかったのか?」


 あまり大きな声では言えない質問なので、サーヤへ耳打ちするように小声で問う。

 ひとりで行動出来ているのなら、逃げる事も考えるものじゃないだろうか?


「にげへんよ、帰れんくなるもん」


「どういう意味だ?」


「魔王ってな、悪い奴倒したら帰れるようにしたるって言われてん。すっごい魔法やから、このお城の魔法使いの偉いひとしか、つかえへんのやって」


「……」


 ……体よく子供を丸め込む方便としか思えない言い分だな。

 魔術の事は素人なので、絶対に嘘だとは言い切れないが。



「それで、帰りたかったら頑張れって?」


 頷くサーヤ。


「でも、戦えない?」


 サーヤは再び頷く。


 おおよその事情は分かった。


 要は魔物達との戦いで、人間は窮地に立たされている。そんな状況を打開するために、勇者という強大な力を持った者に助けを乞う為に召喚という手段をこの国は取った。


 だが、召喚されたのは幼い少女。それも、虫も殺せないような、優しい子だったと。


 で、窮地を救う戦力を求めていた人間からしたら、サーヤは失望するに値する存在と。

 まあ、故郷を壊滅させられて、スラムに流れて来た俺からしても、戦って貰う為に呼んだ奴が戦えませんじゃ憤るだろうよ。


「ただ、子供に取る態度じゃあないな」


「おっちゃん?」


 とはいえ、なんの力もない俺に何が出来るのか、そんなに選択肢は多くない。


「サーヤ、やっぱり一旦街へ戻ろう」


「へ? なんで?」


「ちょっとな、それで、あれだ、うん」


「どしたの、なにかあるん?」


「……金、貸してくれない?」


「ふぇ?」


 情けない、本当に情けないが、仕方ない。


 子供に金をせびるとか、恥ずかしくて本気で死にたくなるが、この子の事を放って置けないと思ってしまったのだ。その為に必要な事なので言うしかなかった。


 人間、必要ならプライド捨てるのも大事なんだよ。そう思っておこう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ