1-2『おっちゃん、拾われる』
スラムに迷いこんだ子供に餌付けをされた。
字面にすると情けない事この上ないが、そうとしか言えない状況なのだ。
事実上の命の恩人なので感謝するしかないのだが、だからといって「おっちゃん、ウチに付いて来て!」と言われてホイホイ付いて行ったのは間違いだったかもしれない。
俺はこのサーヤという子に食べ物を恵んで貰った後、動けるようになってから手を引かれてスラムの近辺から移動していた。
まあ、どう解釈しても小さい子が犬猫を拾って帰る感覚でしかないのだけれど、恵んで貰った手前、強く拒否も出来なかったので流れに身を任せた状態である。
で、何が間違いだったのかと言うと、連れて来られた場所が場違いにも程があるからだった。
「……なあ、何処まで行くんだ?」
「あそこまでや! おっきいし見えとるやろ?」
「……いや、あれは……」
「お城やな、ウチな、あそこにお泊まりしとんねん」
「………………」
サーヤが指差す方向は、真っ直ぐ大通りの突き当たり、王都の中心であるこの国の象徴である建物を示していて、そこに向かって進んでいた。
うん、まあ、あれほど分かりやすい目的地も無いな、迷子じゃないとサーヤは言っていたがそりゃ、迷わないわ。
そうして進む内に呆気なく俺は登城する羽目になってしまったのだ。場違い感が半端じゃない。
わりと本気で引っ張られる手を振りほどいて退散しようとしたのだが、小さな手には似つかわしくない異常な腕力でガッシリと確保されており、逃亡は不可能だった。
城門を潜る時、警護する門兵がサーヤに向かって敬礼、その後訝しむように俺へと視線を向ける。
俺の風貌はどう見ても襤褸を着た貧民の浮浪者なので、王城に近付くだけでも本来は咎められる。
しかし、サーヤはそれを気にする事なくそのまま歩くので、門兵達も視線は向けても何かを言ってくる事は無かった。
考えるに、やはりサーヤは何処かの尊い身分子女なのだろう。王城に泊まっているという話だし。
後は、ゆうしゃ……恐らくそのまま勇者なのか? それに選ばれたとも言っていたか。
勇者というのは、まあ、単純に人々に希望をもたらす英雄の事だ。おとぎ話に登場するような存在だが、史実として実在した事がある存在だ。
こんな子供が勇者に選ばれるというのは信じ難いが、祝福されし者の中には恐ろしく戦いに特化した能力者も存在する。
そして神々が人にもたらす、産まれながらに持つ異能、【祝福】の力は使いこなすのに年齢はほぼ関係が無い。
だから、サーヤが勇者であり戦う為の能力に特化していれば、強いは強いのだろうが……。
いや、そんなことより現状の事だ。
手を繋がれたまま引きずるように王城の内部へと進入してしまったが、正直現状でもいきなり首をはねられてもおかしくない。
そうなっていないのは、サーヤが居るからなのだろう事は間違いないが、全身から嫌な汗が吹き出るぐらいには俺も動揺してしまっている。
それでいて、サーヤは小さい身体の割には妙に早い歩調でどんどんと先へと進むので堪ったもんじゃないといえる。その内コケるぞ、俺が。
「んー……」
「なんだ、どうした?」
と、そこでサーヤは突然ピタリと止まったと思うと、首を傾げて唸り始めた。
なんだ、やっぱり俺をここに連れてくるのはまずいと気付いたのか。
「あんな? 王様んとこ行くんやけど、おっちゃん臭いし、怒られへんかな?」
「ちょっとまてぇ!!」
予想よりもひどい事で悩んでいた。
キョトンとした顔でとんでもない事言い出したぞこの娘。そこらに転がってたスラムのおっさんをそのまま国王陛下と謁見させるつもりだったのかよ!
「待て、落ち着いてよーく考えような? 陛下だぞ? この国で、一番偉い人な?」
「うん、王様やもん、偉いやんね?」
「そうだな、それで、俺はそこらのおっさんな?」
「うん」
「身分からして、おいそれと近付いちゃ駄目だろ、な?」
「臭いから?」
「そっちじゃない!」
いや、思わず否定したけどそっちもまずい。当たり前だが。
でもそんな臭い臭い言わなくても知ってるよ。スラム住みで清潔に出来る訳がないんだから仕方ないだろ。貧民のおっさんから良い匂いがするわけないだろ。
「貴族様達だってそうそう謁見なんて出来ないって話なのに、只の貧民が気軽に会えるお方じゃないの、分かるか?」
「えー、でも、王様言うとったし」
「なんて?」
「出来る限りのべんきははかろー言うてたよ? あ、べんき言うてもトイレじゃあらへんよ? だいじんって王様のよこの方に並んでる人がな? ウチのお願いならなんでも聞くよって意味やって教えてくれたから勘違いはもうしてへんよ」
「そ、そうか」
なんで便器と便宜を間違ったのか。
綴りも発音もまったく別だと思うんだが。
……まあそれは良いか、関係ないし。
「そうは言っても俺は国王陛下と会う理由ないぞ、会ってどうしろと?」
特に理由もわからないまま王城へ連れてこられ、いきなり王様に会えでは訳が分からない。
せめてサーヤが俺を国王陛下の前へ連れていこうとする理由をきちんと教えて貰わねば。
「え、おっちゃんのお仕事探して貰うんやけど」
「えぇ……」
「おっちゃん、お仕事無いからごはん食べられへんかったんやろ? だから、ウチがおっちゃんのお仕事探してくださいって、おねがいしたる!」
「…………」
思いっきりどや顔で、どうだと言わんばかりの顔でサーヤはそう言った。
気持ちは嬉しいが、お願いする相手は絶対に間違っている。
「……えーとな? 気持ちは嬉しいんだが、陛下もお忙しい御方だろうから、難しいんじゃないかな? だから、止めとこうか、な?」
「えー、関係あらへんよ?」
「いやいや、関係無くはないだろ……」
「ええの! ちょっとぐらいワガママ言うてもバチあたらんもん!」
なんとか諌めようと色々言ってみるのだが、サーヤはどうも何かに怒っているらしく、頑なに俺を陛下に引き合わせようとする。
俺としては良く分からない理由で不敬をやらかすのは何とか避けたいのだが……。
いや、だって流石に無礼打ちとかされたら堪らんだろ。人に切り殺されるなら魔物のエサの方がナンボかマシだし。
「……参ったな」
「大丈夫やって、別にいけない事しとるわけやないもん、おっちゃん心配し過ぎや!」
「いやー普通にいけない事だとおっちゃんは思うぞー?」
なんだ、その、これは飢え死にから斬首に死因が変わっただけの話なのかもしれない。困ったな。
「あっ」
「……今度はどうした」
話ながら城の内部を進んでいた訳だが、再びサーヤが立ち止まりキョロキョロと周囲を見回してからこう言った。
「あかん、道わからへん」
「……」
迷う事なく進んでいたように見えて、その実迷っていたらしい。
つまり迷子である。
城の内部って、複雑だからね、仕方ないかもな。
「おっちゃん、道分かるかな?」
「俺に聞かれても困るぞ……」
王城に入ったのなんか俺は初めてなのだ。知っている訳がない。
結局、俺は一応進んできた道だけは把握していたので、一旦城門まで戻る事にした。
助かった、のかね? ただ、これからどうするか。
サーヤは、拾ってきた俺を放流するつもりは無さそうだし、どうしたものか。