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1-1『おっちゃん、幼女と出会う』

「腹は減ったが金がねぇ、日雇い仕事もありつけねぇ、そもそも動く元気がねぇ」



 現在、俺は飢え死にする寸前だ。


 まあ、王都のスラムに住み着いている奴なんて食いっぱぐれた死にかけだらけなので、さして珍しくもない。

 つまり何処にでも居る普通のオッサンと言えなくもない。完全に自暴自棄な意見だが。


 一応、日雇いの雑用目当てで冒険者ギルドには登録してはいるが、戦闘能力が無い俺のような奴は最下級の依頼を受けるのがせいぜいで、貴重な収入源だが中々ありつけないのが現状だ。


 ドブ浚いに街の清掃、手紙の配達に各種薬草の採取。


 どれもこれも簡単にこなせる子供のお使い程度の仕事で報酬も安いが、それを生業とする奴もまた大量に居る。特に最近はスラムの住人が大量に発生しているからな。


 原因としては、地方の村々が魔物共に襲われて壊滅、生き残った奴が難民となって安全だと思われる都市部へ避難、スラムを形成して、生きる為に色々ともがいている。

 だいたいの奴は俺を含めてそんな事情だ。


 国が援助するには数が多過ぎて手が回らないし、コレが人間の国同士の戦争とかなら、兵役に就かせて壁にされるなり突撃要員にされるなりあったのだろうが、魔物が相手では【祝福(ギフト)】を神様から授かっていなければまともに戦う事が出来ない。



 つまり簡単に述べると、魔王とか言う魔物の王様が最近現れて暴れているので、俺を含む民草が超困ってる。そういう事である。



 平時なら冒険者ギルドが常時依頼に制限掛けるとかあり得ないからな。薬草採取あたりの依頼は、ここ数年で採取し過ぎて資源枯渇起こしてるって話だし。


 冒険者ギルドだってそりゃ、このご時世なら祝福されし者(ギフテッド)へ最優先に依頼を受けさせるよ。

 その他大勢である俺のような無能者(ノーギフト)達に依頼受けさせていては、有望な冒険者が育ってくれなくなるからな。



「はぁ、参ったね……このままじゃ明日の朝日が拝めんな」



 そんな訳で、俺は今現在死にかけていると言って良い。現状を振り返ったところで打破は出来ないが。



「はぁ、まあ、良いか、別に生きてる理由も無いしな……はぁ……」



 魔物によって故郷を追われてから二年、それまで築いてきた何もかもを喪ってから、今日まで何とか食い繋いでいたが、どうもこれで終わりらしい。



 故郷を、家を、そして家族を喪って、それでも元凶である存在、魔物やら魔王やらに立ち向かう力は自分には無くて、復讐すら出来ずに途方に暮れて。


 何となく王都にまで流れて来て、今日まで生きて来たけれど、別に生きる事に必死だった訳じゃない。たまたま今日まで生きていただけだ。



 当然死ぬのは怖い。だが同時に独りでこのまま生きるのも虚しい、そう思っていたのだから。


 こんな事なら、魔物の一匹でも道連れにするつもりで、あの時戦えば良かったのかもしれないと、そう思う事も一度や二度では無い。



「……今更考えても無駄な事か」



 後悔した所で、何かが出来る訳でも無し。もう考える事を止めて、自身の命運を流れに任せる事にしよう。


 生きるも死ぬも、どうでも良いのだから。



「……………ん?」



「あっ」



 座ったままの姿勢で眼を閉じて、ふて寝のように眼を閉じた所で、少し離れた場所で物音が聞こえ、そちらに眼を向ける。



 そこには、物陰からこちらをじっと見詰める黒髪黒目の、まだ十歳にも満たないだろう年頃の少女が居た。



「……っ……!」



 目が合った瞬間、その少女は恥ずかしがるように物陰へと隠れたが、少し時間を置いてから、意を決したのか勢い良く物陰から飛び出して俺の座る場所まで走って近付いてきた。



「こ、こんちは……」



「あ、あぁ」



 こんな小さな娘が俺に何の用だろうか。というか挨拶の言葉に妙な訛りがあって独特だった。


 何処か遠い地方の娘なのだろうか。身なりも綺麗だし、何処か異国のお偉いさんの娘とかかも知れない。


 そんな子がこんな場所に来るのは危険だと思うのだが。



「えとな、そのな、おっちゃんは何しとる人なんかな?」



「……何をしてるかって言われてもな、仕事も無くて腹減って動けない人としか言えんが」



「お腹減っとるん? ごはん食べられへんの?」



「ああそうだ。それよりお嬢ちゃん、こんな所に独りで来たらダメだろう、悪い奴に拐われちゃうぞ」



「へーきや! ウチ、つよいらしいからなっ」



「……はぁ……」



 面倒な子が紛れたもんだ。強いから大丈夫とか、子供が何を言ってるんだか。

 危機感の無い子供がスラムに紛れ込んでしまうのを待ってるいる輩だって、そこら中に居るのだ。

 好奇心旺盛なのは子供の良いところではあるが、悪い点でもある。



「仕方ないな……どっこいしょっと」



「おっちゃん、動けない言うてたのに立ってへーきなん?」



「気にするな、ほら、表通りまで行けばそれなりに安全だし、そこまでは送ってやるから、付いて来なさい」



 このぐらいの子なら担いで行った方が早いし、歩いてる所をいきなり連れ去られたりするのを防止も出来るんだが、いかんせんそこまでする体力は残っていない。

 それにこれだけ上等な服を着ている子に汚れた身体の俺が触れるのも抵抗がある。



「おっちゃん、フラフラやんか」


「まあな、でも気にするな」


「ごはん食べてへんて、どのくらい食べてへんの? お昼ごはんも朝ごはんも食べてへんの?」


「食べてないな、もっと言うなら昨日も飯は一口も食べてないし、一昨日も何も食べてないぞ」


「おっちゃん大ピンチやんか!」


「そうだな」



 ふらつきながら歩く俺の後ろをテコテコと付いてくる妙な訛りの娘。

 子供に言うような事でも無いが、まあこんな子供に何か出来る訳でも無いだろうと深く考えずに応答する。

 この子がどう思おうが、スラムの住人に施しをするような親が出てくるなんて事はまず無い。

 スラムのある区画から出て、大通りまで連れて行けば、この子とはそこでお別れだ。

 まあ、そもそも単に話し掛けられただけの間柄なので本当に関係無いのだが。



 それから少し歩くと多少活気がある区画へと、スラムとなっている区画を抜けて普通に住まう人達の場所へと出る。



「表通りに出たな。ここからは、あそこに見廻りの兵士が居るだろう? あの人に、知ってる人の名前言って、連れてって貰うんだ、良いな?」


「おっちゃんは?」


「気にするな、もう迷子になるんじゃないぞ」


「迷子じゃあらへんもん! ちゃんと道くらいウチ、覚えとるもん!!」


「そうか、ならさっさと帰れ」


「あっ、おっちゃん!」


「じゃあな」



 そう言って、迷子であろう迷惑な娘から離れ、俺は再びスラムの方角へと歩く。


 去り際、あの娘が何か言っていたような気がしたが、雑踏の騒音と、俺自身の頭が本格的に朦朧としてきた事で聞き取れなかった。



「……っと、ああくそ……まともに往復する体力も残って無かったか……」



 そして、何とか動かしていた身体が限界となり、倒れるように俺は座り込んでしまった。場所は丁度スラムへの入り口辺りで、誰も居ない所だった。


 まあ、誰か居たとしても死にかけのオッサンを助ける奴は居ないだろうが。



「……はぁ、あのままあの子に付いていって、物ごいでもするべきだったかね? ……いや、良い所のお嬢ちゃんっぽかったし、付き人あたりボコボコにされて捨てられるのがオチかな」



 まあ、仕方ない。動けないのならここで俺は終わるのだろう。

 死体を片付ける人には申し訳ないが、身ぐるみ剥いでくだろうからそこはまあ良いと思っておく。


 そう思い、俺はゆっくりと眼を閉じて……。



「おっちゃん! おっちゃん!!」


「…………」


「こらあかんわ、おっちゃんごはんやで、ごはん言うてもパンやけどっ」


「む、むぐぅっ!?」



 幾らもしない内に身体を揺さぶられ、朦朧とする思考でまともな判断も付かない内に、口に何かを詰め込まれた。



「むぐっ、ぷはぁ!? 殺す気か!?」


「あ、起きた」


「……って、お嬢ちゃん、なんで」



 無理矢理口に詰め込まれた物を一旦吐き出して飛び起きる。死ぬにしても唐突に窒息させられるのは辛い。


 何故か戻って来たこの少女の両手には、籠が抱えられていて、その中には具が挟まったパンが何個も入っていた。



「おっちゃん、食べんと死んでまうやん」


「いや、そうじゃなくて……はぁ、まあいいか、ありがとうな」


「うんっ」


 礼を言えば、命の恩人になったこの小さい娘はあどけない顔で笑ってみせた。


 色々と言うべきなのだろうが、ただ俺の事を案じてくれているだけの子供を、単純に叱りつけるのには躊躇いが生じてしまった。


 余計なお世話と邪険にしようにも、そんな痩せ我慢が出てくる元気も無い。なら、素直にこの小さな命の恩人に感謝するべきだろう。


 命を繋いだ事が、幸運かどうかはわからないが。



「おっちゃん、おっちゃんはお仕事ないん? にーとってやつなん?」


「……にーととやらが何かは知らないが仕事にありつけずにいる無職ではあるな」


「そっかぁ……」



 貰った食糧と、水の入った袋も受け取って、ゆっくりと味わいながら少女の問いに答えていく。


 どうも、この子は俺自身に興味を持っているらしい。


 スラムで浮浪者をしてるオッサン相手に何が楽しいのか知らないが、ペラペラと妙な訛りがある口調でよく喋る。



「おっちゃん……あ、まだ名前聞いてへんわ、おっちゃんはなんて名前なん?」



「聞いてどうす……まあいいか、俺はリックスって名前だ」



「ふーん? えとな、ウチは海内(みうち)紗綾(さあや)って言うねん、あんな、日本って所に住んでたんやけどな、ゆーしゃってやつに選ばれたとかでな、こっちきてん……あっ、小学二年生の、八才や!」


「……」



 名前を告げたお返しなのか、自らも自己紹介を始める少女。


 ニホンだとか言う聞き覚えの無い地名や、他にもゆーしゃだとかショーガクセーだとか言っているが、俺は。



「……名前、サーヤ、って言うのか」


「せやで、ウチんな、お父さんがな、付けてくれてん」


「そうか……」



 その日、生きる事を諦めかけたその時に俺を救った少女。


 この瞬間ではまだ分からなかった事だが、この少女は、人々を救う希望として異世界から召喚された独りぼっちの勇者だった。

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