はじめてのおつかい
葬儀場所からほど近いショッピングモールには所狭しとテナントが立ち並んでいる。
その中の一つ、女性用の下着が並ぶランジェリーショップの入り口で
俺は一人、ため息をついた。
色とりどりの下着を纏うマネキンたちが、ダンジョンに巣食う魔物にしか見えない。
書いてもいないのに男性お断りのその空気感は、潜入するのにレベルが足りていないと、俺の本能が告げている。
幸いと言うべきなのは、パーティーメンバーに女性、東雲さんが居ることだった。
一人で潜入したら生きては帰ってこれなかっただろう。
そして、友達や彼女といった風来救助隊が居ないため、漏れなく朽ち果てる俺
せっかく+99まで育てた剛剣マンジカブラを失い、窓からゲームボーイを投げた苦い記憶を思い出してしまった。
そんな、現実逃避をしていると
「いらっしゃいませ彼女さんへのプレゼントですか?」
にこやかな営業スマイルの女性が声を掛けてきた。
服屋とかに行くといつも思うんだが絶対、話掛けない方が売れると思う
買おうとしてるときに、店員に声を掛けられ、勧められるがまま買った服を家で着てみて、苦い顔になるまでがワンセットだ。
しかし、今回ばかりは渡りに船と言える。
下着の事なんて1mmたりとも分からないし
このチャンスを逃したら、一生入店出来ない。
「そ、そうなんですよねー」
白々しく話に乗っかってみた。
彼女?なにそれ、美味しいの?。
ちらっと東雲さんを見ると俺がついた嘘に不快そうな顔はしていない
胸を撫で下ろし、入店する。
店に入れば、一面、色とりどりの下着で埋め尽くされており目のやり場に困ってしまう
「こちらは、この冬流行のボタニカルのレースをあしらった…」
一生懸命説明してくれているが全く分からん。
ボタニカルってなに?シャンプー?
リンスだったかもしれない
わからない単語を全部聞き返していたら、日が暮れてしまいそうだ。
それに、隣にいる東雲さんが?マークを頭に浮かべ続けている。
どうせ全部聞いたところで、お似合いですとしか言われ無いならさっさと決めてしまう方がいいだろう。
「アレとか、いい感じじゃないっすかね?」
適当な所を、指差す。
……反応がない
なるだけ、下着が視界に入らないよう下げていた顔を上げてみれば店員さんの笑顔がひきつっている
何かと思って指を指している方に目を向けると、他のに比べて、明らかに布面積の少ない、というか、ほぼ紐みたいな下着が陳列されていた。
なんとか取り繕おうと指をさまよわせるが、隣には
ブラの上にカーディガンを羽織い、ガーターベルトのついたショーツ姿のマネキン。
その隣は、かなり際どい下着の上にフリルを軽くあしらった、ネグリジェをきたマネキンがいた。
おい、あそこのコーナーだけ担当したやつ違うだろ。
なんだよ、カーディガンにガーターベルトって
良く解ってるじゃねぇか
なんなら、固く握手を組み合わし朝まで語り尽くす所まで想像した。
場の空気が急激に冷え込むのを感じる。
近年、過剰包装だの何だの言ってるからエコですよエコ
どうせ下着だってすぐ剥がされてしまうんですしー
なんて、冗談を言い出せる空気ではない。
だがしかし、相手は接客のプロ
すかさず
「男性からするとああいう下着とか魅力的ですよねー?」
「でも、彼女さんはちょっと恥ずかしいんじゃないですかね?」
にこやかな笑みを称えフォローする。
俺が審査員だったら今年のアカデミー賞、助演女優賞を贈呈したい。
東雲さんはちらりと下着を見て
「別にこれでいい」
…店員さんのフォロー虚しく、猛烈なスルーに涙が出そうだった。
店員さんはそんな東雲さんに
「いや、でも服の生地よっては、透けちゃったりとか…」
完全にこの状況を打破するチャンスを失った俺に更なる追撃が襲いかかる。
「何もないよりは全然いい」
思わぬところからの爆撃、もはや核攻撃といっても差し支えないだろう。
店員さんは東雲さんを見て、俺に向き直る
問1
東雲さんにとっては、かなり大きい俺のベンチコート、その下に着ている和服は見えない。
以下の仮定を元に、先程の発言から導き出される答えを記入せよ。
A ベンチコートの下に何も着てない
同じ結論に至ったのだろう、店員さんの唇がわなわなと震えている。
もはや、殺意と呼ぶにふさわしい視線を受ける俺は、愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
人間、恐怖を感じると笑うしかないというのは本当らしい
そう、実感した。