表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/78

神の不在証明

アヤメはエンジンも掛けていない車の中で

俺たちを待っていたらしい

アヤメは無理に笑ったような顔を作り

「意外と早かったですね?」

そんな事を言う

「なんの話だよ、それは」

「いや最後なんで色々としてるかな、なんて」


そんなこと考えて待ってたのかよ、この神様は

「神様ってやつは、とんだ色ボケなんだな」

彼女はそんな冗談に痛々しく笑い

「後悔しません?」

「まだ少しだけ、時間ありますから」

「やり残したことがあれば、待ちますから」


別に、アヤメも色ボケてた訳では無いらしい

彼女なりの気遣いだったのだろう

「別に、大丈夫だよ」

ユウキもそんな事を告げる


諦めたようにアヤメは車のエンジンを掛けて

後部座席のドアを開ける

「どうぞ」

俺とユウキはお互いに寄りかかるように

くっつきながら席に座る

「どこ連れてかれんの、これ?」

運転席のアヤメに聞いた


「始めて出会った、葬儀場です」

彼女は、車を動かし始める

…確かに物語の終わりには、うってつけだろう

俺たちの始まりはそこだった

ならば終わるのもその場所であるべきだ


そこへ向かう最中ユウキは色々な事をアヤメに聞いていた

「神様になるのって痛い?」

「…そんなこと無いですよ、一瞬すぎて何がなんだか分からないまま、全部終わります」


「どんなことするの?」

「色々ですけど…書類書いたりとか、そんな事ばかりであんまり楽しいことはないですよ?」


「私、漢字書けないけど大丈夫?」


二人は笑いながら、そんな会話をしていて

会話を聞きながら思う

諦めきれないのは俺だけなのだろうか?と


もうそんな方法しかないと覚悟を決めて

ここまで来たはずなのに

間違っているのは、俺なんじゃないのかなんて



車は葬儀場の駐車スペースで止まる

「私はここで待ってます」

「ここで役目は、終わりなので」

ユウキは彼女に感謝を告げる

「ありがとねアヤメ」

「…どういたしまして」


俺の知らない時間があって

それすら否定してしまうんじゃないかと

ずっとそんな疑念は尽きないまま


それでもドアを開けて、外に出る

「やぁ、久しぶりだね?」

そこには、いつかの露天商の彼が立っていた

「どうも、お久しぶりです」

顔色を変えない俺を見て彼は笑い

「驚かないんだね?」

俺も笑いながら

「あんな意味深に登場しといて、伏線ぶってたのに」

「もう二度と登場しないかと思って焦ってたくらいです」


彼はジッポライターを弄びながらユウキに目をやる

「彼女がキーケースのお相手かな?」

ユウキは俺の腕を握りしめて、試すように言う

「始めまして、チアキの彼女です」

彼は、そんな事は分かりきってるような顔で

「ご丁寧にどうも、東雲結城さん?」

ユウキは、少し笑って

「やっぱり駄目か…」

「神様、貴方のお名前は?」

諦めたようにそんな事を聞く

彼は少し戸惑ったように

「そうだな…好きに呼んでくれて良いけど」

「アダムって名乗っとこうかな?」


すぐに偽名だと分かる皮肉じみた名前

禁じられた果実を食べて、楽園を追放された最初の人間

彼は自分をそう名乗った


彼は言葉を続ける

「お二人さん、何か聞いときたい事は、今のうちにどうぞ?」

「残念ながら、クーリングオフは出来ないからね?」

俺は、彼の目を見据えて聞く

()()()()()()()()()()()()()()

彼は、俺を試すように笑い

「君こそ、どうだったのかな」

「楽園のリンゴの味は?」

俺は可笑しそうに笑い

「ほっぺたが落ちそうなほど甘かったよ」

「まるで、白雪姫のリンゴみたいに」


それは作られたように甘くて、しかも毒入りだった


面白そうに声を上げて笑う

「そうか、やっぱり君は面白いね?」

「…そいつはどうも」


「じゃあユウキちゃんは、なにか聞きたいことは?」

「うーん」

彼女はひとしきり唸ったあとに

「神様になったらチアキやアヤメみたいになれる?」

そう聞いた


それが何を指しているのか全く俺には分からなくて

それなのに、彼は優しく頷いて

「そんなふうになれるよ」

なんて、そんな言葉を返した


それを見て、俺は思う

過ごしていた俺すら分からないその質問に

何も聞かずに力強く頷く彼を見て


その光景は本当に――


「なぁ神様、一つ問いたい」

俺は神様を名乗る彼に質問を投げかける

「この物語は無価値だろうか?」

少女一人救えず、ささやかな願いすら叶えられなかった

こんな物語は無意味だったのだろうか?

彼は、煙草に火をつけて白い息とともに吐き出す

「君が一番、よく知ってるんじゃないかな?」


――本当に、酷く滑稽だった


それは、答えじゃない

お前が神様だなんて言うんだったら

ちゃんと答えてみせろよ?

彼女の気持ちを、俺の回答を

正しく理解してみせろよ?


「答えろよ」

俺は、彼の笑顔を睨みつける

彼の笑顔は消えて

「無価値だろうね」

「だから、君も間違えに来たんだろう?」


ほら、こいつも偽物だった



多分彼は、神様になるなんてそんな回答が

間違いと知りながら踏み込んだのだ

禁断の果実と知りながら手を伸ばしたのだ


死が二人を分かつまで


その言葉はやはり誓いで、そして願いだった


そんなものが来ないよう願った

終わりのないそれを、続けられるよう誓ったのだ


だから彼もアヤメと同じく、神様になれない愚かな人間で

そんな弱さを隠すために俺たちのキーケースにも刻んだ


真実の言葉の中にただ一つだけ

死が二人を分かつまでなんて

そんな嘘を織り交ぜて


導かれる答えがまるで

本当みたいに聞こえるようにして


確かに、いくら考えてもそんな方法は無かった

すべての願いを叶える術はありはしなかった


だから、俺がちゃんと間違えるように

神様になってユウキと生き続けるなんて

そんな自分と同じ間違いを犯すように

それを刻んだのだ


警告のふりをして、それしか無いなんて嘘を付いた

俺じゃなかったらそんな甘い言葉に騙される所だった


そうすれば労力も、経費も掛からず

ノルマの人数がひとり減る、こんな所だろうか?


本当に、神様なんて名乗るやつはろくでも無い

だけど俺は最初から言っているだろう?


神様なんていないって


それを証明するのは簡単だ

神なんて嘯く、彼の言葉を嘘にすれば

彼が、無価値と笑ったそれを覆せば


それこそが神の不在証明だろう?



だから、始めよう


「ユウキを買い戻したい」


彼は笑う

「愚かだね、そんな事出来ないと知ってるだろう」


ほら、なんでも知ったみたいに

嘘ばっか言いやがって


自分がそうだからって

みんなそうだと思いやがって


「一応聞いてあげるよ、対価は?」


俺は笑って彼に告げる

最低の契約を結ぶために



「…()()()()()()()()()()()()



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ