ハッピーエンドなんていらない
隣で眠るユウキを眺めながら
最後の一日で何が出来るか考え続ける
俺は始まりの問いを思い出す
――「私に幸せな最後を頂戴?」
俺はその問いを曲解した
勝手にハッピーエンドなんてルビを振って、間違えた
彼女が望んでいたのは死で、それだけが彼女の望みだった
「望んだものをあげるだけが、いい事なのかな?」
彼女の望んだ死ではなく
俺があげたいと願ったのはハッピーエンドだった
「私の願いは叶ったから」
彼女はそんなことを言った、歪で嘘だらけのそれを
まるで幸せみたいにそう言った
「高い物だけがプレゼントかい?」
俺がその時に彼女にあげられたのは
ガラスの靴でもカボチャの馬車でもなく言葉だけだった
「大好きだよ」
もう終わってしまうと知っていても
それでもなお、伝えてくれた
「その人のことを考えて選んだものは、くだらないかい?」
そんなことはなかった
だってユウキは、くだらない俺を選んだのだから
死が二人を分かつまで
そんな言葉を刻んだ彼の言葉は、そのどれもが正しかった
結末を知る、皮肉でもなく
忘れられない、呪いでもなく
彼は、それを誓いと呼んだのだ
彼の腕にある、革のブレスレット
それと、同じ物を身に着けるアヤメ
彼らがそれに何を願ったのかは、知る由もないが
それを身に着け続ける、そんな願いのように
それも、正しく言葉通りなのかもしれない
――死が二人を分かつ、そんな方法があると
だから間違えを探そう、考えることを辞めずにいよう
「何も考えないのは、良いことではないけれど」
「考えすぎて動けないのは」
「それと同じくらい愚かだよ?」
動かなければ確かに、結末は変わらないのだから
「幸せな最後」
「ハッピーエンド」
この2つはとても似ていて、まるで同じように見える
それでも、あえて違うと言うならば
幸せな最後は、その先に何も続く事なく訪れる終わり
ハッピーエンドは、その先も続く作られた終わり
こんなところだろうか?
だが、そう定義してしまうと
この結末は矛盾している
ハッピーエンドだとすれば、それは続かなくてはならない
幸せな最期だとすれば、与えられた終わりでは無い
それも、言葉の意味さえ取り違おうとすれば
どうとでもなってしまう違和感とはいえ
何かが致命的に間違っているように思える
例えば「告白して結ばれた結果、神になった件」
それは、この頃流行のタイトルにしか見えない
結ばれたのなら
それに続くべき物語は神になることなんかでは無くて
結ばれた相手と、一緒にいる事だと思う
そして与えられた終わりなら……
そんな終わりは一体、誰に与えられるのだろうか?
いつか見たそれを思い出す
物語の最後が都合よくめでたく終わる事
嘘も欺瞞も許されるそれが
ハッピーエンドの定義だとすれば
俺は問いたい
そこに書かれた
都合よくとは一体、誰の都合なのだろうか?
誰が望んだ結末なのだろうか?
俺でも、ユウキでも無いとするなら
神様である、アヤメだろうか?
それも違った
アヤメは神様なんて大層な名前の役を与えられた演者でしかなくて
彼女もそんな結末を望んではいなかった
…そこでやっと違和感の正体に行き着く
答えが矛盾するのなら
間違っているのは、その設問しかない
俺が間違えたわけでなく
ユウキが間違えたわけでなく
この物語の始まりこそが、間違いだったのだ
「あと一週間しかない命」
そんな間違った設問から導かれた答えである
「幸せな最期」
終わってしまうのなら、それを求めるしかない
最後だというしかないだろう
まるで、引っ掛け問題だ
どんなに足掻いても、正しい答えなんて出せるわけが無い
それでも確かに俺たちは苦しみ、精一杯抗いながら
それを探した
そして確かに満点以上の答えを見つけ出した筈だった
それでも、問題が間違っていたというのなら
こんな筋書きを作ったやつが
舞台の上に上がろうとしない、何処かの誰かならば
こんな歪な結末を
ハッピーエンドなんて押し付けて
そんな誰かが決めた都合のよさを
ハッピーエンドだと笑うのであれば
ハッピーエンドなんていらない
俺はそんなもの、望まない
見ず知らずの観客のためでもなく
物語のクライマックスのためでもなく
ただ一人の少女の幸せのために始まったこれを
俺たち以外の誰かの手で、歪ませることを許さない
始まりが間違えていたのなら
その全てを間違えていたのなら
それを終えてしまおう
誰の手でもなく、俺がそれをしよう
そんな方法が、確かに一つだけあった。
白んできた空を見上げ、俺は呟く
「…醜悪すぎるだろ」
思い付いたそれは、あまりにも残酷で
神様の与える歪んだハッピーエンドなんかの方が
よっぽどマシに見える、そんな代物で
それでも、方法があるというのなら
俺はそれを選ぼうと思う
その先にある結末
それが誰も望まない物だったとしても




