その味は
「二人で何作るの?」
近所のスーパーを二人で歩きながら、俺に聞く
「そうだな、カレーとかで良いんじゃないかな?」
どんなに料理が下手でも、マトモに作れる料理
そして、何より美味しいし
「カレーって白いほうだっけ?」
「それシチューな?」
まぁ、色違いポケモンみたいなもんだ
入ってるもん、ほぼ一緒だし
「というか、ユウキはカレー知ってるの?」
むしろ、そこに驚いてしまう
ユウキは笑いながら
「チアキに会うまでカレーとシチューしか食べてなかったから」
何?、その拷問みたいなローテーション
「アヤメと住んでた時にだけど」
そんな話は、初耳だった
「一緒に住んでたの?」
ユウキは懐かしむように
「うん、チアキに会う一年くらい前からかな」
「一緒に住んでたよ」
「毎日起きたら居なくて、寝るまで帰ってこなくて」
「たまの休みにはグータラしてて」
「でも、いつも起きたら鍋に入ってた」
「そうなんだ」
会うたびいつも大量のコンビニ袋をぶら下げているアヤメからは全く想像できない
「ちなみに美味しかったの?」
ユウキは少し悩んで
「…普通?」
「いつも食べてたからよくわかんない」
俺はそんなユウキに笑ってしまう
「じゃあユウキが作ったら、アヤメの作ったカレーより美味しく作れる?」
ユウキは自信有りげに
「多分、私が作ったほうが美味しいと思う」
「だってアヤメすぐ焦がすし」
俺に会う前から彼女は
ちゃんと幸せを知ってたじゃないか
俺は、ここに居ないアヤメにそんな嫉妬心を覚えてしまう
今更、何にならないと知っていても
それでも、多分ユウキは知るべきなのだ
いつもあったそれだって幸せなんだということを
大量の食材を買い込み、家に戻る
洗濯物は既に洗濯機に放り込んでおいた
鍋の前で、エプロンを付けたユウキは俺に手順を聞きながら調理を始める
「まずは、野菜の下処理からかな?」
ユウキを見れば、既に泥だらけのままのじゃがいもを鍋に突っ込んでいた
……先が思いやられる
「ユウキ?まず洗って皮を剥かないと」
俺はじゃがいもを手に取り、見本を見せる
俺のそれだって不慣れな手付きで、見よう見まねのソレだが
ユウキよりは遥かにマシだろう
ユウキも俺を真似するようにじゃがいもを水で洗い
ピーラーを手にもって皮を剥き始める
時間はかかったし、所々残ってはいるが一応すべての野菜の下処理を終えてユウキは俺を見る
「チアキ、次は?」
「じゃあ切ろうか」
シンクに立てかけてある包丁を手渡す
彼女は受け取ったそれを逆手に持ち、まな板の上にある人参を容赦なく突き刺す
「こんな感じ?」
彼女は俺に笑いかける
……怖っ、完全に今、彼氏刺し殺すヤンデレの目してたよ?
その逆手持ち止めよう?そのままこっち見て笑うのも
それ完全、脅迫だから
そんな事しなくてもユウキの事好きだから
「…違うと思います」
思わず敬語になってしまった
ユウキの後ろに立ち、その手を握る
「切るときは、こうするんだよ」
手を重ねたまま、野菜を切る
「くすぐったいよ」
そんな事を言いながら、それでもなすがまままに
人参を切り終える
「チアキ、切り方わかったから」
「洗濯物干しといて?」
一緒に干そうと思ってたが、確かに作るのも
時間がかかりそうだ
「手だけ切らないように気を付けてね?」
「わかったよー」
それだけ言い残し、俺は洗濯機に向かった
洗濯機から一枚ずつ取り出して、干すたび
それを着ていたユウキのことを思い出してしまう
「やっぱり洗って良かった」
一人つぶやく
別に、忘れてしまうわけでは無いけれど
きちんと、それを畳んで二人で仕舞う事が出来るのは
思い出をちゃんと仕舞えるような気がして
少しだけ嬉しかった。
洋服を干し終え、下着をどうしたらいいかに悩んでいると
キッチンからユウキの声が聞こえた
「切り終わったよー?」
取り敢えず下着をカゴに戻しキッチンへ向かう
勇気の前にあるまな板の上には
大きさもまばらな野菜と
歪な形の人参があって
それを見て、ユウキに聞いてみる
「これ、ハートかな?」
ユウキは下を向き恥ずかしそうにしながら
「…うん、あんまり上手くできなかったけど」
確かに、それは歪で不揃いながら
それでも確かにその形に見えて
俺は思わず口に出してしまう
「本当に、ユウキは可愛いよね」
そんな、いじらしさも
俺の心を乱す言葉も
向けられる、視線も
全部、欲しいとそんなふうに思って
顔を上げ、頬を赤らめるユウキの唇を
俺は奪ってしまった
それは、ほんの何秒間かの拙いキスで
どうして今したのか、そんな事を聞かれてしまったら
なんて言い訳すれば良いんだろうと悩んでしまう
彼女から唇を離し、真っ赤になった顔を見る
「今はズルいでしょ?」
「全然考えて無かったよ、そんなの」
咄嗟に口を出たはやっぱり言い訳で
「だって、このままだとはじめてのキスの味が」
「カレー味になると思って」
別にそんなのどうでも良い、何味だって構わないけれど
それでもユウキは可笑しそうに笑い
「結局、何味だったの?」
「いや分からなかった」
そんなもん味わってる余裕なんて有る訳がなかった。
ユウキは俺の首に腕をまわし、顔を近づける
「なら、何味か分かるまで確かめないとだよ?」
二回目のそれもやっぱり味は分からなくて
言葉にすることは出来ないけれど
だからこそ、恋人たちはそんな事を
――飽きもせず繰り返すのだろう




