一日目
紅茶を飲み終えて、ロビーに戻ると辺りはすっかり暗くなっていた。
今日から1週間彼女と過ごす、いまいち実感が湧かないが
彼女が普通であることを望むなら、変に気を使うのは止めよう。
着物一枚の東雲さんは寒さでふるふると震えている。
「東雲さん?なんか上着持ってる?」
少女は首を横にふった。
マジか、流石に着物一枚で外に放り出したらシンデレラではなく、マッチ売りの少女になりかねない。
学生鞄がわりのエナメルバックからベンチコートを取り出した。
「取り敢えずソレ着てていいよ」
着物にベンチコートとは、あまりにミスマッチだが、背に腹は代えられない。
東雲さんはベンチコートに袖を通した。
そして、東雲さんに唯一の防寒具を渡してしまった為、寒空の下ブレザー姿でおっぽり出される訳だが、流石に寒さに震える女の子を差し置いて自分一人暖かい格好というのも気が引ける…というか端から見たら糞野郎この上ない。
そんな俺を見て、東雲さんは両手を差し出し
「チアキも寒いから、入る?」
俺は首を横にふった。
とても魅力的な提案だが、そんな格好の奴が町を歩いていたら、クリスマスムードに当てられた非リア充に刺殺されても文句を言えない。
むしろ俺だって見かけたら、苦しんで死ぬ呪いを掛ける為に黒魔術の本を探しにTSUTAYAにダッシュするだろう。
この時期売れると思うんだよね、黒魔術の本
なんなら特設コーナーを用意するべき。
クリスマスを満喫出来る人間と、出来ない人間、総数でいったら後者の方が圧倒的多数だと思うし、なんだったらクリスマス後には、満喫してたやつらの半分くらいは、黒魔術の本を必要とする事態に陥ってると思われる。
という事で却下だ
「チアキ、この後どうしようかしら?」
東雲さんが首をかしげてこちらを見る。
逆に聞きたい、この時期に可愛い女の子とはいえ見ず知らず人に付き合わされている人間が、なんのプラン有ると思う?
とはいったものの、東雲さんに考えろというのは酷だ。
「取り敢えず服を買おう」
いくら寒いとはいえ、着物にベンチコート姿の女の子を連れて歩く想像が出来ない。
今ならまだ洋服屋も空いてるだろうし
「お洋服…うん買いに行く」
取り敢えず行き先は決まった
ロビーの隅にいるアヤメに声を掛ける
「取り敢えず服買いに行ってくる」
「かしこまりました」
アヤメは一礼する。
「こちらをお使いください」
アヤメに手渡されたのは女物のハンドバッグだった。
中を開けると財布と、スマートフォン、鍵、それに小さなポーチが入っていた
財布を開けてみれば、保険証や俺や東雲さんの顔写真の付いたパスポートが入っている
それにキャッシュカード、クレジットカードと現金
「必要な物があればそちらを使ってご購入ください」
「また、身分証が必要な、例えば旅行なんかに行くときはそちらを使っていただいて結構です」
パスポートを見れば全然違う名前が書いてある、年齢なんかもデタラメだった。
「かなり精巧に造っておいたのでバレることは無いかと」
と微笑んだ。
かなりヤバめの発言が耳に入った気がするが、気にしないことにした。
「スマートフォンには私の電話番号が入っているのでなにかお困りでしたらお電話頂ければ、可能な限りお手伝いいたします。」
貴女に困ってるんですけどとは、流石に言えない。
「鍵は?」
「1週間一緒に過ごすにあたって、流石にチアキ様の実家にずっと居るという訳にはいかないと思いまして」
それはそうだ、もし俺が急に女の子を家に連れて帰ってきたりしたら家の連中は大騒ぎだろう。
多分姉なんかは誘拐を疑って警察に問い合わせするまである。
「という事でアパートを借りておきました」
前後の文章が接続されてないのは気のせいなんですかね?
もはや、用意がいいとかそういう次元ではない。
というか1週間一緒にって、文字通り寝食共にするって事なの?
いくら、俺が鉄壁の紳士とは言えそれは流石に不味いと思うんですけど
助けを求めるように東雲さんを見ると、笑みを返される。
助けてくれないことを察した俺は必死に言い訳をする。
「いや、流石に1週間、学校も行かないで家にも帰らないのは無理がある」
「その辺は私が上手くやっておきます」
即答された
「場所はスマートフォンに送っておきます」
そう言うと、もう話は無いとばかりにアヤメは手をヒラヒラと振る。
諦めてロビーから出ようとする俺に、アヤメは言った
「そうそう、お召し物を買いに行くということでしたが、それであれば先に」
「下着を買った方がよろしいかと」
横を歩く東雲さんの胸元
年齢の割には控えめな部分を凝視してしまう。
「東雲さん?ちなみに下着って…」
「着けてないよ?」
死の宣告が木霊する
レベル1なのにいきなりラストダンジョンに放り込まれることが確定した瞬間だった。