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泡沫の夢

音楽もなく、観客もないシンデレラ城の前で俺とユウキは踊る

それは、ワルツというにはあまりにも不格好でぎこちなく

それでも俺とユウキは踊り続けた。


ユウキの赤い瞳はずっと、俺を見据えていて

まるで俺のすべてを見透かすようなその瞳を

しっかりと見続ける

少しでも目を逸らしてしまえば

居なくなってしまいそうな儚さで

そんな想いに突き動かされるままに

俺は、ユウキを抱き寄せる。

ユウキはなすがまま、俺の腕に収まり

夢見がちな表情のまま、俺に問う

「なぁに?」

そんな何気ない言葉すらも

何処か現実味を置き去りにしたような響きを持っていて


考えていたセリフも、伝えようとした言葉も

何もかもが頭から抜け落ちてしまって

それでも、熱に浮かされたように言葉を紡ぐ

「こうしてないと居なくなっちゃう気がして」


こんな事をしても、終わってしまうことは知っている


ユウキは繋いだままの手をゆっくりと解き、俺の顔を抱き寄せる

世界の全てが彼女の紅に染まり、彼女の吐息が俺の頬を撫でる

少しでも動いてしまえば、唇が触れ合ってしまうような

そんな近さで彼女は俺に言う


「これなら分かるかな?」

「私は、ちゃんとここに居るから」


もう、言葉にしなくてはならない


「ユウキ、俺は……」

彼女は優しく微笑み、俺の唇に人差し指を当てる




「…駄目だよ」

「忘れられなくなっちゃうから」

「だから、言わないで?」

「幸せな夢のままで終わりにさせて?」



魔法の終わりを告げるように


――鳴る筈のない鐘の音が響き、ユウキの手が俺から離れる。


彼女の瞳に映る俺は、少しづつぼやけていって

それは一粒の涙になって

「…魔法はもうおしまいみたい」

そう言って、彼女は笑って

少しでも、幸せにみえるようにそんな顔をして


「チアキ、ありがと」

「私のお願いは、叶ったから」

「だから、全部終わったら」

「ちゃんと、私を忘れて?」

それだけを言い残して、俺からゆっくりと離れ

彼女は階段を駆け降りていく


それはまるで、物語じみていて

それなのに、走り去る彼女はガラスの靴を落とさなくて

俺は、立ち尽くすことしか出来なかった。


鐘の音が鳴り止み、終わりを告げるように

シンデレラ城の明かりが落ちる


一人、暗闇に取り残された俺は、誰に向けるでもなく呟いた

「…まだ、一日残ってるんだけどな」


シンデレラの物語は、ここで終わってしまったら

ただの泡沫の夢に過ぎない


それでも、ユウキは夢のままでと言ったが

そんなことはさせない

そのために最後の日に、ここに来ることをしなかった


舞台に上がったのなら、それが喜劇でも悲劇でも

ちゃんと、最後まで終わらせるべきなのだ


だから俺は、彼女が望まなかろうと

ちゃんとこの物語を演じきろうと、そう決めた


最後の一日をハッピーエンドにする為に


たとえガラスの靴が無くとも

俺は彼女に好きだと、伝えよう


たとえ王子様じゃ無かったとしても

最後のその時まで一緒にいてほしいと、そう言おう


断られたときは……どうしようか?

いっそ、悲劇的に死んでみても良いかもしれない


そんな事を思っていると

遠くから懐中電灯の明かりが、俺を照らす

「君、ここで何してるの?」

閉園後の巡回なのだろう、スタッフは訝しげに俺を見る。


「あー出口分かんなくなっちゃって…」

俺は苦笑いを浮かべて、そう誤魔化す


……確かに演じきるとは言ったけれども


流石に、王子様なんでここが家ですとは言えなかった。





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