少年は
俺は、見ていることが出来ずビデオをそこで消した。
口をつけていないカップからは、もう湯気は立ち上っていない。
東雲さんの方を見れば、ジャムとクロテッドクリームをたっぷりつけたスコーンを美味しそうに頬張っていた。
俺が見ていることに気づいたのか、東雲さんは
「ごめんなさい、これがもう最後の一個だわ」
俺に食べかけのスコーンを差し出す。
俺は
「大丈夫」
と一言だけ言って、冷めきった紅茶を一気に流し込んだ。
そんな俺の様子を見てアヤメは
「こんな話世界中、どこでも溢れかえっているでしょうに。そんなにショッキングでした?」
と呟いた
確かに世界を見渡せば、東雲さんの不幸話は大したこと無いのかもしれない。
毎日、ご飯が食べれない飢餓に苦しむ子供なんて、ごまんといるだろう。
ただその事は、言ってしまえば対岸の火事に他ならない。
そんなに、ワールドワイドな視点を持って日常を過ごしてないし、このご時世の日本で、毎日ご飯が食べられて幸せなんて言うやつは少なくとも、俺の回りには居ない。
俺にとっては、あまりにもショックな内容だった。
アヤメは言葉を続ける
「チアキ様にお願いしたいことは、難しいことではございません」
「この少女、ユウキと1週間過ごして頂きたいのです」
東雲さんの方を見れば、うんうんと頷いていた。
「この少女が望んだ幸せな最後は、正直な話本人すら分かっていないのは、先程の通りです」
東雲さんが言葉を引き継ぐ
「だから私は、せめて普通であることを望んだの」
「王子さまがいたって、私なんか好きにならないだろうし」
「だったら一度くらい普通の人みたいに生きてみたいって」
「だからチアキ?私に普通を教えて?」
微笑む少女を直視することが出来ず目を反らす、少女の首もとにはファンデーションによって見えづらくはなっているが、痛々しい痣があった。
少女は生きることも、幸せになることも諦めて
せめて普通に死ぬことを望んだのだ。
そして、そんな事を見ず知らずの冴えない男に頼む他に無い。
幸せな最後と呼ぶにはあまりにも救いがないだろう。
別に俺じゃなくても、誰だっていいのはわかっている。
大体、こんな状況だって普通じゃない
彼女にとっての王子さまが、俺じゃないなんて事は言うまでもない。
でもこの少女の、望みというには
あまりにもささやかな願いを無下に出来るほど、無情ではない。
一呼吸おき
「良いですよ、俺でいいなら」
そう言った。
舞台に立ってしまったのだ、それならば演じきろう。
たとえそれが、スポットライトの当たらない
滑稽なピエロだったとしても