束の間の
慣れ始めたアパートまでの道のり
もはや、自分の家を忘れかねない。
自分の家より快適だし、可愛い女の子はいるし
至れり尽くせりと言える。
結局、キーケースの件は考えない事にした
考えたところで答えは出ないし
俺達のことを知っていた所で
彼が俺達に何かをして来るとは思えなかった。
もし、鍵にそんな言葉が刻印されていたのなら
急いで業者呼んでシリンダー変えてもらうレベル
ちょっとしたホラーどころの騒ぎじゃない
アパートの前にたどり着く
ユウキは駆け出し、真新しいキーケースから、
鍵を取り出し鍵を開けた
音を立て開くドアを嬉しそうに眺める
「開いた」
そりゃ開くだろ、合鍵なんだから
でも、当たり前なことが嬉しくない訳では無い
特別なことだけが幸せじゃない
それは、この何日かで本当に実感した事で
ディナーで食べた料理とか、もはや味思い出せないし
家に入り、コンビニで買ったパスタをレンジに入れる
昨日のケーキも残っているし、家で食べることにしたのだ。
温まったパスタを2つローテーブルに並べてユウキの隣に座る
「頂きます」
二人で手を合わせて、食べ始めた。
俺が自分のを食べ終えて
ユウキの容器を見れば
綺麗にナスだけが容器に残っている。
何度か口に運んではいるのだが、どうしても食べられないらしい
「ナス食べれないの？」
ユウキはこくこくと頷く
「なんか、ぐにゅぐにゅしててヤダ」
「でも、残すのはいけないことだから食べる…」
そう言ってまたフォークを口に運ぼうとする
少し前なら、黙って見ていただろう
でも、もう俺はどうしたらいいかを知っている。
「嫌いなら俺に頂戴？」
「俺、ナス食べたいんだよね」
まぁ別に好きでもないんだけどね？
ユウキがドン引きした目で俺を見る
え…ドン引きポイントそこなの？
そんな事よリもっと引かれる事してると思うんだけど
ユウキは困ったように
「口に入れたの食べるの？」
確かに、言われてみればフォークのそれは、何度もユウキの口に入れられては、容器に戻されていた。
「嫌じゃないの？」
……むしろ可愛い子の食べ残しとかご褒美じゃね？
顔写真とかつけて、売り出したら定価の10倍くらいで売れそう
何でも売れると話題のフリマアプリにでも出品しようかな
「別に、嫌じゃない」
それを聞いたユウキはフォークをおそるおそる俺の口に運んだ。
俺はそのままフォークを咥えてナスを咀嚼する
うん、ナスだ
別に普通だった
残りのナスも次々と口に放り込んで
空になった容器を前に二人で手を合わせる。
「ご馳走様でした」
この言葉の意味も、もう忘れない
ユウキの容器に置いてあるプラスチックのフォークを見て思った
この前のが間接キスだとしたら
今回のは間接ディープキスってところだろうか？
言っといてなんだけど、凄い気持ち悪い響きだなソレ
お風呂が湧くまでの間、俺とユウキは食べたモノ、それの名前を付けてはノートに書き記す。
こんな思いつきのような習慣でも、もう四日目だ
自分で言い出しといて、三日坊主にならなくてよかった
黙々と俺が書いた物を辞書で調べて、書き写すユウキ
その隣にあるキーケースを見て
急に胃液がせり上がってくる。
それを見ると、嫌でも考えてしまう
彼女と過ごせる残り時間を
それはもう、あと三日しか残ってないのだ
最初は一週間で三億円なんて、なんて楽なバイトだろう。
そんな風に思っていた気もする
でも今はそんなお金なんて一円たりとも要らないから
ユウキともっと同じ時間を過ごして
同じものを見て
違う感想を言い合って
そんなふうにして知りたいと、願ってしまう。
それでも、こんな生活はそのお金が有るからこそで
それが無ければ、そんな契約が無ければ
こうやって、一緒に過ごすことも無かったのだ
どうすれば、良かったのだろう
そう考えそうになって、やめる
エンドロールはまだ流れてはいない
物語は
最後まで見なければ
悲劇か喜劇かなんて分からない
だから、俺は考える
彼女にとって俺ができうる限り
最良のハッピーエンドを考え続ける。
「考えて動けなくなるのは、それと同じくらい愚かだよ」
分かってるよ、動けばいいんだろ
誰かが書いた脚本、その手のひらで踊ればいいんだろう？
間違ってても知らないふりして、都合のいい真実でうまく隠して
…どうしようもなく嘘をついて
始まりが欺瞞だったとしたら
そこに積み上げられる全ては
嘘になってしまうのだろうか？
おとぎ話はどれも、始まりから最後まで全てが嘘で
それだからこそ、幸せな最後を掴めるというのであれば
その事実だけが俺の存在意義たり得ると思う
そうで無くては、幸せになんてなれないというのなら
この世界は、なんて悲しいのだろう
いつだって真っ直ぐに俺を見て
思ったことを言う彼女
嘘も欺瞞もない彼女は
けっして幸せになれないのだから。
だから俺は、彼女の分まで
嘘をついて、騙して、誤魔化して
脚本を、舞台を、その全てを台無しにしても
ハッピーエンドを作ろうと思った。
それが、俺が彼女に抱いた
勝手な幻想だと知ることもないまま
そんな事を思ったのだ。
