ハッピーエンドなんていらない

幕間劇

アクセサリーをしまい彼は露店を畳む準備を始める。

路地裏には街灯が点々と有るだけで

暗くなってしまえばこんな道を通る人間は居ないだろう

そんな路地裏にコツコツとヒールの音が響く。

そして、それは彼の露店の前で止まった

彼は顔を上げることなく片付け続け

「ごめんね今日はもう店じまいなんだ」

そう、ヒールの主に言った。

「大丈夫ですよ、買い物に来た訳では無いので」

彼が顔を上げれば、そこには見知った顔があった。

「珍しいね、君がこんな所に来るなんて」

「神(・)様(・)ご(・)っ(・)こ(・)は(・)順(・)調(・)か(・)い(・)？(・)、アヤメ」

彼女はそんな言葉を無視して、冷たく言い放つ

「あなたが仕事をしないのはどうでもいいけど」

「余計な事だけはしないでもらっていい？」

彼はそんな言葉に、にこやかに笑い

「さぁ？なんの事かな」

「さっきのキーケース、あれは何？」

「アヤメは英語読めたと思ったけど？」

アヤメは呆れたように

「死が二人を分かつまで、なんて」

「そんな事、あなたが言うのは皮肉？」

取り繕うでも無く当たり前のように彼は返す。

「別にそんなつもりじゃないさ」

「その言葉が真実だって、よく知ってるだろう？」

「もう死ぬことの無いアヤメさん」

昔からそうだが、彼の言葉はいちいちカンに触る。

「ええ、お互いにね」

彼は、懐かしむような顔で

「あの時俺達は間違えたのかな？」

どうして、今更そんなことを言うのだろう

たとえ間違えていたとしても

もうどうしようもないのに

「そんな事分かるわけないじゃない」

「取り敢えず、あの子達に干渉しないで」

彼はポケットからタバコを取り出す。

昔から変わらない、手巻きの歪なたばこだった。

彼は、ジッポライターで火を付け

紫煙が揺らぎ、懐かしい匂いが鼻をくすぐる

「相変わらず、怪しげなタバコ吸ってるわね」

そんなタバコ吸いながら、露店なんてやってたから、よく彼が職務質問されてたのを思い出した。

「完全にあぶない葉っぱにしか見えないわよ？」

彼は笑いながら

「アヤメによく言われてたね？」

開けたり閉めたり、彼はライターで遊ぶ

彼のライターはサビと傷だらけで

もはやなんのデザインだったのか判別出来ない。

「というか、貴方まだそれ使ってたの？」

信じられないといった様子でアヤメは眉をひそめる

「物持ちは良い方だからね」

「大体、そんな事言うんだったら」

「君だってソレ付けっぱなしじゃないか？」

彼はアヤメの手首を指差す

そこには、古びた革のブレスレットが巻かれていた。

「いい加減新しいの作り直させてくれないかな？」

「大分昔に作ったせいで、今見ると散々な出来だ」

彼女は、ブレスレットを触り

「着けてないと、何か気持ち悪いのよ」

そんな、分かりやすい言い訳をする。

たかだか数グラムの違いを気にするほど

繊細でもないだろうに

ただこんな事を彼女に言うと

さんざん言い訳した挙げ句に

最後は怒り始める。

分かっているから

あえて言うことはしない。

「そうかい」

何年経ったのだろう

途中までは一生懸命数えていたが

途中で虚しくなってやめた

もう、お互いの想いは

彼の持つジッポライターのように、錆びて傷だらけになって

もはや何だったのか分からなくなって

それでも捨てきれず、お互いに持ち続けてる。

「彼は、弱いから」

「そんな日々が永遠に続けばいいなんて」

「願ってしまうと思ったから」

「終わらない、幸せは多分、いつからか幸せじゃなくなって」

彼は、さっきアヤメに問うた質問の答え、それを口にする

「朽ちて、色あせて無くなってしまうから」

「だから、彼が間違えないように」

「神の託宣だよ」

自嘲気味に彼は言った。

「折角神様になったんだから、仕事しようと思ってね」

彼は短くなったタバコを携帯灰皿に捨て

また新たに火を付ける

アヤメは火を付けたばかりの彼の吸っている

タバコを奪い取って、深く吸い込んだ。

ゲホゲホとむせながら紫煙を吐き出す

彼は目を丸くして、面白そうな顔をしている

「神様なら多分何も言わないし、彼女の事も連れ出さない」

彼女と言うのは、キーケースの彼のお相手だろう。

彼は本当に面白かった

ペアリングなんて恥ずかしくて渡せない

なんて言うのに

彼が送ったのは家の鍵だ。

そっちのほうがペアリングなんかよりも

よっぽどだと思うんだけど、そうでも無いのかな？

アヤメは言葉を続ける

「私達は神様になりきれない、ただの人なのよ」

無意味と知りながらそんな事をしてしまうのだ。

彼にタバコを返す

それを受け取って一口吸いこんで

「間接キスだね？」

なんて笑う彼を

そんな彼が好きなのだから

私は神様になりきれないのだ。