ペアルック
彼女は誰も居ない公園で一人佇んでいた。
冷え切った空気は、彼女の吐息を受けて白く色を変える。
何もない虚空を見つめながら一体彼女は何を思っているのだろうか
彼女を見つけた俺は、踵を返し急いで近くの服屋に入る
どれくらい、待っていたのだろう
どれだけ寒かったのだろう
俺は、それを知らない
知らないから想像する他ないのだ
近くにいる店員に声を掛ける。
「このなかで一番暖かい手袋と、耳あて下さい」
久々に走ったせいで息が整わない。
不意に声をかけられた店員は驚きながらもすぐに商品を探してくれた。
俺は、お金を払い奪い取るように店を後にする。
近くの自販機で暖かい紅茶を買って
公園へ向かって駆け出した。
「おまたせ…」
どんな言葉が返ってくるか不安だった
虚空を眺めていたユウキは俺に目を向け
遅いと怒るでもなく
寒いと喚くでもなく
「おかえり」
そう一言だけ言葉を返した。
彼女の冷えた手を握り、手袋をはめ、耳あてを着ける。
そうして、小脇に抱えた紅茶を差し出した
「悪い、寒かったな」
少し考えれば、分かったはずだ
そんな所で待っていれば、寒い事も
プレゼント選びに、時間をかけ過ぎていた事
連絡手段すら持たない彼女はここで待ち続けるであろう事は
ちょっと考えればわかったはずだった。
自分の都合に、下らない見栄のせいで
寒空の下、彼女を独りにした
そんな自分を殴りたかった。
俺が差し出す紅茶を受け取り、ユウキは微笑む
「チアキは凄いね、私が今欲しいもの、ちゃんとわかるんだね」
彼女は、俺を責めはしなかった
それどころか微笑んだのだ。
俺のせいでそんな物を欲したはずなのに彼女はそれでも笑うのだ
「これならチアキは、一人前のサンタさんになれるね?」
まだそんな事言ってるのかよ
一目見れば、少し考えればわかるだろ
俺がサンタなんかじゃないって
言葉にしようとしたが整わない息がそれを許さない。
「でも次はちゃんと、夜寝てるときに渡すんだよ?」
…なんで、そんなふうに笑えんだよ
だって次のクリスマスにはもう居ないじゃねぇか
誰にこんなもん渡すんだよ。
「次なんか、無えよ」
荒い息のまま俺は言う
ユウキは驚いたように固まった
「俺はサンタじゃ無いからな」
俺はポケットの中から、取り出す
こんだけ悩んだんだ、サンタなんかの手柄にされてたまるか
俺は、革製の赤いキーケースをユウキに差し出す。
「手袋も、耳あてもそんなもんプレゼントじゃなくて」
「ユウキに必要な物ってだけだろ?」
服も下着も靴も食事も普通に生きていくのに必要な物で
それすら無い彼女は
それがある事を当たり前なんて分からない。
だから、これを選んだ
なくてはならなくて、誰にでも渡さないものを探した。
「これは何?」
ユウキは俺に聞く
「今のアパートの鍵だよ」
大体いつも一緒にいるから不便しないけど
彼女一人で出かける日が
俺が一人で出かける時間があるかも知れない。
それ以上に、彼女の帰る場所が俺しか開けられないなんて、そんな馬鹿みたいな話はない。
彼女は、自由に出ていくことも、帰ることも許されているのに
鍵が無いなんておかしいから
…だから選んだ
「二人の部屋なら俺だけ持ってるのおかしいだろ?」
そんな言葉で、ユウキが理解できたかは分からない
俺は茶色のキーケースを取り出す。
それが全く同じではないが、同じようなデザインなのはユウキにも分かったらしい。
ペアルックのアクセサリーなんて、俺があげる資格は無い。
それでもこんな、ペアルックなら
持ってなきゃおかしい物なら
俺が贈ってもいいだろう?
けっして同じではない、俺とユウキが
寸分違わなければ開くことの無い、同じ鍵を持つ
皮肉のような、それでいて願いのような
そんなプレゼントを俺は、俺自身がユウキに選んだのだ。




