勝者は
審判の旗が上がるのを静かに待つ。
審判同士が集まり、話をしている
十中八九俺の負けだろう。
試合内容を見れば主導権はいつもあちらが握っていた。
危ない場面ばかりだ
小競り合いの中、取られたかもしれないと思う瞬間も一度ではない。
やはり、この審判達は優秀だ
惑わされる事なく、正確に、厳正に判断していた。
だからこそ、俺の一撃は、有効打と認められなくて
そうであるなら、俺の負けなのだ。
話し合いが終わり、元の位置へ戻る審判たち
旗を上げようとするその瞬間
相手が面を脱いだ
「すいません、負けました」
試合場で面を脱ぐこと
それは、敗北宣言に他ならない
俺は驚きで動くことができなかった。
会場から悲鳴のような声、そして罵声が飛ぶ。
審判を含め、係の人間が事態を収集しようと、慌ただしく動く
相手が敗北を認めたのだ
審判は俺の、赤の旗を上げた。
コートから出てすぐに、防具すら取らず、高坂を探す
控室に向かう廊下で彼を見つけた。
「何だよ?情けなら要らねぇよ?お前の勝ちだろうが?」
俺は、高坂に掴みかからんばかりに詰め寄る。
彼は困ったように笑いながら
「最後の小手、あれには参った」
静かに聞く
「なんで、俺が普段上段の構えって知ってるのかな?」
確かに、中学生の試合ではその構えは許されない。
「お前、高校の兄貴も剣道強いだろ?」
高坂という名前に聞き覚えがあったのだ
練習の一環として強い高校に行く機会は良く有る。
そこで練習する中で、上段の構えをいつも取っているのだろう
初めてコイツの構えを見たときから思っていたのだ。
中段にしては高過ぎるその構え
それは、使ってはいけない上段構えとのギャップを誤魔化すための癖なんじゃないかって
「中段にしては高すぎなんだよ、その構え」
俺は怒鳴るような声で言う
そんな俺に、驚くことなく質問を続ける
「なるほどね、じゃあ最後はなんで面を打つと?」
簡単だ
「上段に普段構えてるのに、胴は狙わないんじゃないかって思っただけだ」
「そうじゃなくても構えを下げてた」
もし他を狙われても、防げるように。
「狙うなら頭だろ?」
声のトーンを少し抑えて言う
話している間に少し頭が冷えた。
「逆小手は得意技なのかい?」
「いや、一年かけて練習したけど、中段相手に決まらない技なんて」
「お前に以外使わねぇよ?」
一年間、高坂の対策だけに明け暮れた。
もうこの技を、使うことは無いだろう
そう知っていながら、練習する他なかった
この一年すべてを無駄にしても
勝つ為にはそれしか思い付かなかったのだ。
「そうか、ならやっぱり君の勝ちだ」
当人だけが解る敗北も
「相手がいなければ、試合にならないのに」
「オレは自分勝手に知らない誰かと戦ってた」
高坂は微笑んでいる。
そうだ、みんなそうなのだ
自分が強ければ勝てると、相手を知りもしない。
だからこそ、こんなにもコイツは俺の神経を逆撫でするのだ。
俺は高坂の胸ぐらを掴んだ。
「お前、自分勝手なんて解ってんなら、今すぐさっきの敗北宣言を取り消して来いよ?」
怒りと悔しさでで声が震える。
高坂は、驚く
「何故?」
だから、お前は自分勝手なままで、俺を知らないのだ。
お前は今、踏みにじったのだ
どれだけの時間無駄にしようと
たとえそれが意味の無いものだとしても
それでも俺は、全てを掛けて欲した
勝者という
強いという称号を
それでしか自分の価値を証明できず
それでしか彼女と居て良い理由を見つけられない
そんな俺という人間を踏みにじったのだ。
自分が負けたからと思ったからなんて
そんな物要らないなんて、笑いながら
そんな物は無価値だと踏みにじったのだ。
負けてしまって
悔しいのなら、無価値と笑われるなら
それはしょうがない、だって勝てなかったのだから。
でも
俺は勝者のはずで
コイツは敗者なのに
何故俺は涙を流し、コイツは困ったように笑みを浮かべているのだろう?
俺は高坂の道着から手を離す
そのまま、フラフラと控室を目指した
表彰式に出なくてはならない
勝ってないと思っても、もうどうでもいいと思っていても
それでも勝者ならば、誰かの涙の上に立っているのならば
報わなければならないのだ。
これまでに戦った、全ての敗者を犠牲にしたのだから。




