少女との出会い
薄暗いロビーを抜けるとそこは雪国な訳もなく
極めて一般的な、葬儀場だった。
俺自身一度しか来たことがないから、一般的と言えるほど葬儀経験豊富とは言えないが、おかしな箇所は見当たらなかった。
祭壇の中央に飾られる遺影に目を向ける。
「上手に撮れているでしょう?」
声を掛けられた方に目を向ければ
祭壇から一番近いパイプ椅子に腰かける少女の姿があった。
腰上で切り揃えられた黒髪のロングヘアー
それと対比するように白く透き通る肌
紅く光る瞳に見つめられ、たじろいでしまう。
藤色の着物に身を包む少女は、一週間後に居なくなってしまうと聞いていたからだろうか、どこか儚く、今にも消えてしまいそうな、そんな印象を抱かせる。
だがそんな雰囲気すらも
この場所だからだろうか、とても美しく感じてしまった。
「遺影なんて撮るの初めてだから、これで正しいのかわからないけれど」
「誰しも一度しか撮らないでしょうから、正解なんて無いのかしらね」
少女は問いかける。
「どう思われます?」
あからさまに俺に問いかけられているのに、黙っているのは失礼だが
どうと言われても正直分からないというのが本音だ。
「貴女の為の式なんだから、貴女が納得出来る写真ならば良いんじゃないですかね」と当たり障りのない模範解答を返す。
少女はつまらなさそうに
「そう」とだけ言葉を返した。
これ、やっちゃった?
なんか面白い回答とか望んでた感じだったの?
「ま、まぁでも人生最後で、それが見られるときには死んでることを考えるなら」
右手でピースサインを作る
「俺ならこうしますね、遺影だけに」
我ながら寒いジョークだと思う。
遺影とイェイだなんて
思い付きとはいえ、最悪レベルのクオリティだ。
少女はポカンと呆けた顔で
「何故?」と聞いた
この低レベル極まりないジョークを解説しろと?
もう、針のむしろを通り越して、伝承者に秘孔を突かれた心境だ。
このジョークは理解されなかった時点で、もう死んでいる。
「いや、もう恥をかくことないから出来ることで、生きてるうちにそんな事をやって、挙げ句解説するのは勘弁願いたい」
思い付きのジョークを懇切丁寧説明するなんて恥ずかしさで死ねるまである。
「貴方、お名前は?」
俺の反応に興味を失ったのか、唐突に話題が切り替わる。
「小暮千秋、高校二年生」
無難に、この場で必要であろう情報だけを開示する。
「そう、チアキ…可愛い名前ね」と微笑んだ。
少女は指折り数えながら少し考え
「ところで、チアキ?小学校へは何年通うのだったかしら?」
質問の意味を理解するのに一瞬、間が空いてしまった。
謎かけだろうか?
「六年間だよ、俺が知らない間に留年という制度が始まったのならその限りでは無いけどな」
中学受験浪人なんかも聞いたことないから多分、俺が通っていた時から変わり無いだろう。
もう、通うことの無い所の情報なんてわざわざ調べたりしないからもしかしたら、道徳の単位がヤバいなんて、教室で語る小学生が今時の可能性も捨てきれないのが怖いところでもある。
少女はにっこりと微笑み
「ありがとうチアキ、でも何で、小学校だけ六年間なのかしら?小中高と合わせて十二年なら、四年づつで丁度良いと思うの?」
「そうしたらとても覚えやすいのに」
「高校は義務教育じゃないからな、それを抜いたら九年間だ、割りきれないだろ?」
適当な思い付きだが、おかしな所は無い。
納得した顔で、指折りを終えて少女は言った。
「私は東雲結城、歳は数え間違えがなければ、チアキの一つ上ね」
「高校生風に言うと、三年生なのかしらね」
嬉しそうにそう言うと、少女は
「以後お見知りおきを」
裾をつまみ上げ深々と、頭を下げる
「宜しく東雲さん」
こちらもユウキと呼ぼうか迷ったが、気恥ずかしさが勝ってしまった。
宜しくもなにも、この数時間を共にして多分、今後一切関わることは無いとはわかっているのだが、言葉の綾だ。
いまの会話で気づいた事もある。
まず、現在、学校に通ってはいないこと
そして、通っていたのなら小学校の年数なんて忘れない。
つまりは現在だけでなく、小中高全て通っていないのであろうこと
年齢が俺の一つ上…十八歳であろうこと
思ったことは全て口にしてしまう辺り、人付き合いのあまり、無い生活なのだろう。
集団で過ごす生活なら、生きにくいことこの上ないからな。
…これは身をもって体感している部分でもある。
そして何よりも重大な所だが、大変可愛い見た目だということ。
どうせ過ごすなら、可愛くないより、可愛い方がいい。
当然向こうだってそう思うだろう、残念なことに人並みなことが、申し訳ないが。
これが今のところ俺から見た、東雲結城という人間だ。
「チアキはどうして私の葬式に来てくれたの?」
自己紹介がすんで、東雲さんはまた、首をかしげた。
「どうしてと言われると困るけど、誰も参列しないって聞いたからって感じ」
「何故?」
普通に考えて、葬式に誰も居ないとか悲しいだろと、言いかけたが言葉を選び直す。
「葬式って、誰か亡くなった時にその人を送り出す事だと俺は思ってる」
「だから送り出す奴が居ないと聞いたから、来ようと思った。」
根本的な部分で、大きな間違いを孕んでいるものの嘘では無い。
ただ、普段喋らないせいか、大切な誰かというフレーズを間違えてしまっただけで。
ソシャゲーのフレンド申請だって迷惑かもしれないと思って出来ない俺が、今出会ったばかりの人間を大切な人だからなんて
言えるわけ無いし。
そんな事を言える奴は多分、ハーレム物の主人公に抜擢されているだろう
まぁ、近所の人とか死んだって葬式行くし、来てるやつが皆行きたくて行ってるわけでもないから、セーフだろ。
そもそも、自分の常識が他人にとっても「あたりまえ」だなんて思い上がりだ。
葬式に誰も来ないのが悲しいと事だと、この少女は思わないかもしれない。
一般的な場合、送られる奴は死んでるわけだし
「そう、チアキはいい人なのね」
いい人という言葉に、自嘲気味に
「いい人では無いさ、周りに流されてるだけだよ」
と返した。
大体、いい人なんて言われる奴は
他に誉めるべき部分が無いだけでの話で、ホントに人に好かれるのは、欠点があってもそれに勝る魅力のある人間だ。
そういう人間になれなかったから、せめて人に嫌われないよう
取り繕うのに必死なだけで。
それでも結局、都合のいい人が関の山
なにもない自分にはお似合いだろう。
少女は思い当たったように
「周りにって事は、アヤメに言われたからかしら?」
聞き覚えのない名前だが、多分案内してたあの女性の事だろう。
「いや、自分の意思で来たけど、あのふざけた女を断りきれなかったのもある」
東雲さんは少し顔をしかめる
「アヤメは優しいわよ?」
「そうなのか?俺から見たら頭に付くべきネジを全部落っことしてきたようにしか見えないけどな?」
先程までの言動を思いだし、少し寒気を覚える。
「だって私の残りの人生を、三億円で買ってくれたんだもの」
またその話か、頭の隅に痛みを覚えながら言葉を返す。
もはや、人生を買い取るという前提に、反論しても無駄なのだろう。
「人生を換金する奴が優しいのか?」
「お金だけじゃない、私がしたいことを手伝ってくれた」
したいことと言うのは多分、葬式だろう。
ということは、あの女は葬儀関係の人間ではないのか。
少女は、紅い目で俺を見据え
「何より、チアキをここに連れてきてくれたわ」
不意に自分の名前が出たことでどきりとしてしまった。
これ、告白される流れじゃね?などと普通なら思うが、残念なことにここ来るまで、普通とやらに遭遇した記憶がない。
ちょっと早い冬休みでも満喫してるんだろうか。
「俺が来たことも、東雲さんのやりたいことに入ってるってこと?」
東雲さんは頷き
足元に転がっていたアタッシュケースを手に持ち
中身を地面にぶちまける。
大量の札束が地面に叩きつけられた。
地面に転がる札束に目を奪われていると、東雲さんが近づいてくる。
反射的に後ろに下がろうとする俺の体を、東雲さんの腕が絡めとる。
微かに鼻をくすぐる甘い香りが
みずみずしく濡れる唇が
見つめる紅い瞳が
全て、俺に向けられている。
「私に幸せな最後を頂戴」
体温すらも感じてしまいそうな吐息が肌に触れる。
「そうしたら三億円をあげる」
にこやかな笑みでそう言った。