表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/78

クリスマス前夜の前夜

クリスマスまでにと思ったんですけど間に合いませんでした。

彼女は俺が泣き止むまで、何も言わずただ抱きしめつづけた。

どれくらい、そうしていたのだろう

「もう、大丈夫だから」


そう言って、俺は彼女の腕から離れる。

「つーか、俺ダサいね」

「泣き喚いて、慰められて」

「ガッカリしたでしょ?」

このとき俺はなんと言葉を返して欲しかったのだろう?


そんなこと無いと言ってほしかったのだろうか?


それとも、幻滅したと突き放されたかったのだろうか?


多分、どちらでも良かったのだ。


ただ、その少女はそのどちらでもなく、笑って言った。

「安心した」


「なんでもは知らなくて」


「嫌な事あると泣いちゃて」


「自分と一緒なんだって思えて安心したよ?」


今日俺は、いくつの事を知らなかったのだろう。

店の名前、料理のこと、テーブルマナー

そのどれも、俺は知らなかった。


今日、俺はどれだけ、彼女の前でみっともなく涙を流したのだろう


それはきっと、誇るべきことなんかじゃなくて

弱くて、どうしようもなくて駄目なことなのに


それでも良いなんて言われてるようで


「私もね、知らないこといっぱいあるよ?」

「漢字も、バスの乗り方も、食べた子の名前も全部分かんない」


「殴られたとき、ご飯が食べられなかったとき、それが命あった事もわからなかったとき」

「私も悲しくて、いっぱい泣くよ?」


「ずっとね、そんなの私だけだって思ってた」

「何もわからないのも、泣いてしまうのも、私で」

「チアキを困らせてるって」

「そう思ってた」


「でも、チアキも私と一緒だった」

少女は俺の手を握る

「だから、さっき嬉しかった」


「やっとチアキの事を考えられるって」

「一緒に悩んであげられるって」


彼女は、俺の望んだ言葉を返しはしない。

そんなこと無いなんて、見ないふりをすることも


幻滅したなんて、見限ることもせず


紅い瞳が俺の目を見続ける

逸らすことなく、瞑ることなく、ただもっと知りたいと

そう言っている。


諦めたように、溜息をつき

「この前の、ウチでの話覚えてる?」

「剣道の話?」

「そう、その話」

ゆっくり息を吸い込んだ

そうじゃないと声が震えてしまいそうだ。

「面白い話じゃないし、オチも用意できてないよ?」

ユウキは頷く

「うん、いいよ」

「私は、チアキが知りたい」

「面白くなくても、悲しくても、くだらなくても」

「それでもいいよ」


彼女にだけは話さないと誓ったのは昨日だった。


あまりに光速の手のひら返しに、自分で苦笑いしそうだ


冷たい風が、吹く。


さっきまで、感情が昂ぶってたからだろうか?

あまり寒さを感じなかった

多分、この話は長くなる


「話してもいいけど、何処か入ろうか」


「うん」

「あそことか、おしゃれな感じ?」


よく分からなそうに指を指すユウキ


そこには、おしゃれな外観のホテルがあった。

「さっきからね、人がいっぱい入ってたから」

「人気のお店?」


……まぁ時期も時期だし人気店ではあると思うけど


「なんか喫茶店探すね」


スマホを取り出して検索する。


クリスマスが近い、ラブホテルの前で泣きながら女の子に縋り付いている


恥ずかしさで死にそうだ。


幸い、すぐ近くに喫茶店が見つかった


歩き出した俺の手をユウキが掴む

「歩くの早いよ?」

手を繋がれたことに驚き、立ち止まってしまう。

俺が止まっても、ユウキは手を離そうとしない

「ゆっくり歩くからさ?」

「うん、ゆっくりでいいよ?」

ユウキは、いたずらっぽく笑い

「それとも腕組む?」

それは、さすがに恥ずかしい

「いや、このままでお願いします」


そのまま手を繋いで歩き出した

「なんで急に?」


「さっきのお店にね、入ってく人達がみんなそうしてたから」


お店ってかホテルね?

それはそうだろうと思ったが、すぐに思いなおした


誰しもが、付き合っている恋人でもないのだ。

もしかしたら、不倫かもしれないし

つい、さっきまで友達だったかも知れない

それどころか、お金だけで繋がる関係かも分からない。


それでも、そんな風に

少しでもそうだと思えるように、そうやって歩くのだ。


どれもこれも

クリスマスには恋人が居ないと

そんな風にしていないと、まるで不幸みたいだと

有りもしない普通に怯えているだけだとしても。


彼女が、そんな普通に憧れただけで、俺と手を繋いだのだとしても。


それでも良いだろ?

だって明日はクリスマスイブだ

クリスマスの空気に当てられたなんて言い訳をして

誰も彼もが間違えるのだ。

だから、俺もそんな言い訳をしよう。


彼女の手は暖かかった。

そのぬくもりを離さないよう、しっかりと握り直す。


こんなことなら、もう少し遠い喫茶店探せばよかった。


この瞬間だけは、俺たちは被害者でも、加害者でもなくて

クリスマスなんていう陰謀に踊らされるその辺の幸せな奴と変わらないのだ。


有りもしない、普通を探して


好きでもない奴と手を繋ぐ


それでも良いなんて思えるなら、

このままずっと離したくはなくて。


それでも、終わりはやってくると知っているけど


今だけはそれでいい。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ