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共犯者

がんもをつまみながらアヤメは言った。

「告白してもいない初恋に、よくそんなセンチメンタルなモノローグ付けられますよね?」

「恥ずかしくて、聞いてられないです。」

言ってねぇよ、勝手にお前が聞いてるだけだろうが。

「うるせぇな、センチなお年頃なんだよ」

アヤメは、いつの間にか取り出していたビールを飲みながら


「そんな風に思うなら告白して、振られてくれば良かったんですよ」

コイツ、今さらっと「どうせ無理だった」って言いやがった。

だがそんなことは、アヤメに言われるまでもなく

無理だったと知っている。


「どうせ、告白してたら、もしかしたら付き合えたかもしれないなんて、逃げ道を作って」

「傷付かないようにしていただけでしょ?」

当たり前のように言い放った。

「黙れよ」

怒りで声が震える。

別に間違ったことは、言ってない。

俺だってそんな奴見たら同じ事を思う。

だけど、正しいことだけで生きていけるほど

強くはない。

逃げて、嘘をついて、聞かないようにして、目を背けて


自分を

他人を騙して生きている。

そんな事、とっくに分かってる



「…だったら、全部買い取ってくれよ」

「全国優勝の記憶も、初恋も、それまでの時間も、想いも全て」

俺は吠える。

「こんな記憶、一つもいらねぇから、全部」


「…全部消してくれよ」


それが俺の本心だった。


そんな俺を冷ややかな目でアヤメは見る。


「残念ですけど、その記憶」

「全部消すには、貴方の今までと、これからを全部売り払っても足りないです。」

「だって貴方には、それしか無いんですから」


まるで、今の俺が何もない空っぽだと言われている気がした。


どれくらい時間が過ぎたかは解らない。

アヤメの横にはチューハイの空き缶の山が築かれていた。


「一つ聞きたい」


「何ですか?」


やっと頭が冷えてきた。

「俺の残りの人生って、いくらで買ってくれる?」

アヤメは、少し考え

「ざっくりで申し訳ないですけど、多分20億くらいですかね?」

余りの高額査定にビックリする。

「それなら…」

俺の言葉を遮るようにアヤメは告げる

「それはできないですよ?」

「貴方の人生を売って、ユウキの人生を買い戻すことは出来ないです。」

言う前に、僅かな希望すら潰される。


「何故?」

「簡単な話です、ユウキの残りの人生も、もっと高額で買い取っていただけです」

「そのお金の大半は、ユウキのお願いの為に使ってしまいましたけど」


なるほど、確かに不思議ではあった。

ユウキが幸せになる為に、一番簡単なのは

これまでの事を()()()()()()()()()

それが一番手っ取り早いのに、どうしてそれをしなかったのか

そんな風に思っていたが、出来なかったのだ。


俺の下らない出来事すら、無かったことにするのに

残りの人生を売り払っても足りないなら

彼女のこれまでを精算するなんて、逆立ちしたって不可能だ。


だから、彼女は1週間を残し、全てを売ったのだ

全てを忘れないまま、それでも幸せになれると信じて


だとしたら余りにも救いがない

その1週間を、俺なんかと過ごさなくてはいけないのだから。


押し黙った俺を見て、アヤメは続ける。

「あなたが望むのであれば、できなくは無いですよ?」

「貴方が5日後に死んで、彼女が生きていく」

「別に、私はどっちだって構わないです」


「三億円有ったってあの子が幸せになれるとは思わないですけど」

確かに彼女は、一人で生きていくには余りにも知らなすぎる。


言葉も知らず

世間も知らず


それなのに、人の悪意だけは、知りすぎている。


たとえお金があっても、幸せとは程遠いと言わざる負えない。


「だったら、貴方が頑張って少しでも、幸せに()()()()()()()()情けだと思いますけど?」

その言葉にゾクリとする。

気づいてなかったとは言わない。

そういうことなのだ、彼女を終わらせる代わりに三億円を貰う。

これを殺人と言わず、なんと言うのだろう。


直接引き金を引かないだけで、殺すのは俺なのだ。


「今更、怖気づきました?」

ニコニコとアヤメは笑う


「嫌になってしまったのならどうぞ、お引き取り頂いて結構ですけど?」

「どちらにせよ私には、もう関係無いですから」


「どういう事だよ?」


「彼女に頼まれたのは、家から連れ出すこと、葬式を開くこと、そして一緒に過ごしてくれる人を探し、自由に過ごせる所を作ること」

「これだけです」

「それ以上は、知らないです」


「知らないって、世の中にはサービス残業って言葉が有るの知らないのかよ?」


これじゃ、あんまりだ

詐欺にも等しい。


「知らないですね」

当たり前のように言い放った。

「それが可愛そうだなんて思うなら、貴方が頑張るしか無いんですよ?」

そんなアヤメに問いかける。


「あいつの望みは幸せな最後(ハッピーエンド)のはずだろ?」

「ならそれを叶えるのが、神様であるお前の仕事だろうが?」


アヤメが笑う

()()出来もしない約束は、しませんので」


俺と違って、と言わんばかりの台詞だった。


「だってそうでしょう?」

「あんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()じゃないですか?」



この神様とか言うクソッタレは出来る筈ないと知りながら

少女を(たぶら)かしたのだ

まるで、三億円あれば幸せになれるとばかりに


アヤメは、話しつづける


「だから私は、貴方に声を掛けたんですよ?」


「どうしようもない貴方に、三億円なんて餌をぶら下げて」


「貴方が浅ましくて、本当に助かりました」



「だから、貴方と私は共犯者じゃないですか?」


何を、とは言わずとも、理解してしまう。


幸せになれると少女を騙した神様と

そうなれないと知りながら、少女と一緒にいる俺

…どちらも、変わらないと


そうアヤメは言っているのだ。



俺は、今にも飛びかかってしまいそうな身体を抑え、精一杯の皮肉を返す。

「神様が全知全能なんて、とんだ誇大広告だな?」

アヤメから、これまでの笑顔が消え、鬱陶しげに言い捨てる。


「そうですね、それでも残念な事に」


「私が神様なんですよ」

そう、言い残し立ち去った。


一人残されたベンチで、俺は最初の疑問の答えに行き着いた。


ユウキの変貌が二重人格だというのなら、


()()()()()()()()()()()のだ。

嫌な事を全て忘れて、全てから逃げる事が出来るというのなら

それなら彼女は幸せな筈だから。


だが、俺もユウキも、そんな風に生きること、


忘れて(幸せに)生きることなど赦されはしない。


人生全てでも精算できない不幸を、知らずに居れるなら

それを幸福と言わずして、なんと呼ぶのだろう?

だから、それ(二重人格)は誤りだったのだ。


だって彼女は、神が匙を投げる程


不幸なのだから。




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