ぶらり、葬儀所の旅
「参列者が居ない?」
そんな馬鹿な話が有るのだろうか。
そもそも、参列者が居ないのに葬儀を執り行う事など出来ないはずだ、葬儀屋だってボランティアじゃない
会場を使うのも、看板を出すのも式自体にだってお金が発生する。
その料金だけを支払い、参列はしない?
そんな奴が居るとは考えにくい
女性を訝しげに、見ていると
「最近、流行りの生前葬ですよ」と教えてくれた
生前葬っていうと、終活とかなんとかいって自分が死ぬ前に葬式やら墓を買ったりするアレか
しかし、いくら生前葬とはいえ誰も参列しないのならば葬儀を執り行う意味があるとは思えない。
ともすれば、故人(仮)は終活する前に、もっと人間関係を円滑にする努力をした方がいいと思うのだか…
まぁ、人の事を言えた義理ではない。
俺だって死んだら片手で数える人数しか集まらないだろう。
両親に、あと姉くらい?姉は合コン忙しいとかで来ないかもな。
つまりは家族しかこない。
俺が死んだら海にでも散骨して欲しいと思う。
墓参りだの葬儀の準備だので死んでまで、家族に迷惑掛けるなんてまっぴらごめんだ、それなら千の風にでもなった方がよほどいい。
だが、人生最後に誰も居ないなんて、ボッチにしたって悲しすぎるだろう、それに他に人が居ないと聞いて多少気が楽になった部分もある。
ボッチライフの先駆者様に話を聞くのも悪くないと思えてきた。
「まぁ、そういう事なら参列してもいいですけど…」
と伝えた。
女性はパイプ椅子を畳み、看板の横において
「有難うございます、それでは話の続きは歩きながらで宜しいですか?」
軽く一礼し、歩き始める
「そもそも、故人…というか施主さんはどんな方なんですか?」
というか、俺しか参列しないってことは俺が喪主になるのだろうか?
第一、生前葬の喪主ってどんな空気感で話せばいいんだ?
「生前、故人は…」なんて言い始めたら意味わかんない感じになるし、泣ける気もしない。
むしろ、本人を知っていても難しい気がするのだが。
ただ、俺以外誰も居ないから変な空気になりようがないは救いではあるものの、いっそ、エキストラでも雇った方が良かったのでは無かろうか。
「貴方と同じ位の女性ですね」
勝手なイメージでヨボヨボの老人を想像していたが、同年代と聞いて、少し気が滅入る。
同年代の女の子と話せることなんて、天気の話が限界だ、むしろ、話す前に、MPを削りきられる。
魔王クラスの強敵だ。
こう言っては失礼極まりないが、そう言うことなら、死んでから呼んで欲しかった。
「何か重い病気とか?」
同年代と聞いてはそう考えるのが普通だろう
ずっと病院暮らしで友達もできず、一人孤独に…などと考えてしまう。
「いえ、病気では無いのですが、彼女は一週間後に死ぬんです」
まるで決まったことのように強く言いきるその言葉に違和感を感じずにはいられなかった。
「今日でも、近々でもなく、いつかでもなく、一週間後に?」
「ええ」
疑問を口にしたものの、何となく察してしまう、世の中に溢れかえる死因の中で、(いつ)と決められる物は一つしか思い付かない。
ー 自殺だけだ
ただ、理由はどうあれ、俺はこれから居なくなる人間に会いに行くのだ。
それが自殺だろうが異世界転生だろうが大差は無い。
乗り気なのかと問われれば乗り気では無いが、生前葬をするくらいなのだから、危害を加えられる可能性は低いだろうという事は安心材料ではある。
正直なところ、分からないことだらけだが、特に知る必要は無いのだろう。
「そういう契約ですので」
歩きながら、女はポツリと呟いた
「契約?どういうことですか?」
1週間後に死ぬ契約なんて、保険金目当て以外思い付かない。
他殺も日時を明確に出来る死因だということに思い至った。
彼女は、口を開いた
「守秘義務も有りますので全てはお話しできませんが、私達は彼女の未来を買い取ったのです」
「買い取る?未来を?」
もはや、ここまで常軌を逸してしまえばこの話は、冗談じみた時間潰しの雑談としか思えない。
他に話すことも思い付かないので、面白半分に聞いてみる。
「因みにおいくらだったんです?その子の残りの人生は」
「三億円です」
女の顔には冗談のような笑みが…浮かぶはずもなく
普通な調子で語っていた。
多分、俺の残りの人生に値段を付けるなら、70年で三千万円位のワゴンセールだろう。
これだって自己愛で高めに見積もっている。
大して偏差値の高くない高校で、単位数はギリギリ。
恋人どころか、友人も居ない。
「仮に、残りの人生を三億円で買い取って貰えるなんて、よほど恵まれた人生だったんですね」
「そんなお高い人生なのに、売り払うなんて勿体ない」
自嘲気味に呟いた
別に、嘆くほど不幸だとは思わない。
死にたいだなんてこれっぽっちも考えない。
ー けれど、灰色の人生だ。
たぶん、これからも
「勘違いされているようですが、彼女の人生は、有り体に言えばとても辛い人生ですよ? 普通に生きて、適度に挫折して、それなりに不幸を気取ってる小暮千秋さん、貴方なんかと違って」
これまでの会話で、名乗った覚えはない。
一瞬で悪寒が背筋を這い上がる
「私、未来だけでなく過去も買い取りをしてるんですよ」
こちらの反応なんて、どうでも良いというような調子で
「貴方のこれからが、無価値なものだというのなら、過去でもいいです、買い取りましょうか?」
「例えば、そうですね剣道で中等部全国優勝をした時の記憶なんか、良い具合に幸せで、高く買い取りしますけど?」
女はいつの間にかヒラヒラと契約書と書かれた一枚の紙をつまんでいる。
中身を見れば、俺の住所、氏名、年齢だけでなく俺の学校名、優勝した大会名なんかまで詳細に記入され、後は捺印するだけの状態だった。
急いで俺は女から紙を奪い取り、ビリビリに破る。
「残念、交渉決裂ですね」
張り付けた笑顔に、先程までは冗長な雑談の筈だった、この会話に、 底知れない恐怖を覚える。
「まぁ貴方の場合、その後引退して、過去の栄光は自身の足枷にしかなってないようなので、満足いかれる金額で買い取りを出来るか判りませんが」
「それでも貴方にとって幸せな…」
「これ以上ふざけたことを言い続けるなら俺は帰りますけど?」
恐怖よりも怒りが勝り、話を途中で遮る。
もはや、そんな記憶二束三文で売り払ってしまっても良いが
過去を、記憶を買い取る。
そんなこと出来るはずがない。
それよりも何でその事を知っているかの方が、怖い。
女性を睨み付ける
女性はそんな俺を意に介さず
「いえいえ、道すがらのどうでもよい雑談です」
「不快な思いをさせてしまいましたか?であれば謝罪致します」
あっさりと引き下がり、微笑みを崩さない。
「なんにせよ時間をお金に変えることが出来るというのならこの世から仕事という二文字は無くなりますよ?」
一生ニートの素敵ライフの完成だ、なんだったら適当に人生を売り払って遊んで暮らしたい。
「労働という時間をもって賃金に変える。皆さん、そうやって生きてますよね?」
確かに、働いた時間に対して給料を支払う、時給なんて言葉が有るのだからそれは、至極当然だろう。
だが、それは労働によって得られた成果に対しての報酬だ。
「公にしてないだけで出来るんですよ?なにせ私、神様なので」
にこりと作り笑いで微笑み掛けるー 自称神
今しがたの話に困惑し、個人情報を掌握している事実に戦慄する
俺の処理能力は限界だった。
コイツ今、自分の事を神宣言した?
むしろ、神様であれば俺の個人情報なんか知っていて当然だろうという事で、逆に安心だが。
そんな事を考えていると
「着きました」と女性は、言った
ごく普通の葬儀場だったが
看板は花輪付いた看板が掛かっている
「こっちの看板も花輪付いてるのか…」
もはや看板よりも、この女の方が異様だと思い知った俺は、諦める。
「では入りましょうか」
薄暗いロビーへの入口を開き進んでいく。
先を進む女は、俺が入口で立ち止まっていることに気付き振り返り、こちらに微笑む
ロビーの薄暗さのせいかその笑みはとても残酷に、そして美しく見えた。
笑みを向けられ、思ってしまった。
あぁ、神様ってやつが居るとするのならホントに、こんな感じで気が狂ったような奴なのかもしれないと
そうじゃなきゃ、酔っぱらいが三時間で作ったような
不条理で欠陥だらけの世界にならなかっただろう。
息を吸い込み、ロビーに足を踏み入れる。
ここまで来てしまったのだ、覚悟を決めてあとへ続いた。