がんもどきのがんって何?
隣で寝息を立てている少女
ベットに入ってからどれだけの時間が経ったのだろうか目を瞑っても、眠りにつくことが出来なかった。
隣の少女を起こさないよう、そっとベットを抜け出し、コートを羽織る。
目的地は近くの自販機だ
ポケットから小銭を取り出し、温かい紅茶を買う。
自販機の近くには、古いベンチがあった、アパートに戻るつもりだったが暖かい部屋の中では、頭が回る気もしない。
腰掛け、ペットボトルのキャップを開けた
さっきのやり取りも含め、整理しなくてはならない事が有る。
東雲結城について考えてみる。
先程のやり取りの中で、彼女は口調も、仕草も、表情さえも全く違う人間になったかの如く変貌した。
ぱっと思いつくのは、二重人格であるという事
重大な心理的外傷によって、心を守るために、もう1人の人格を作り出す事があると聞いたことが有る。
まぁ、突飛な話では無いだろう、彼女の生い立ちを考えれば、別段不思議とも思わない。
逃げられる場所が無いから、心の中に逃げ場を作る。
だが、ふとある疑問が頭をよぎる
壊されないために、壊れない為に
そのためにもう一人の人格があるとするならば、おかしいのだ。
そんな事を考えていると、不意に声をかけられる。
「こんばんわ」
誰かと思って、手の中の紅茶から目線を上げれば、コンビニのビニール袋を下げたアヤメが立っていた。
この間とは違うスーツに身を包み、コートを羽織る彼女。
ビニール袋には、大量のお酒の缶と、おつまみ、それにお弁当と、おでんが入っているのが、いつからか薄くなったビニール袋から見える。
あの袋、エッチな本買うと透けるからやめて欲しいんだよな…
気を使って袋を二枚重ねにしてくれる店員さん居るけど、袋二枚の中身=エロ本って図式が完成するから結局、意味無い。
一応言っておくけど、実体験じゃないからね?
だって、高校二年生だし。
つーか完全に、疲れたサラリーマンのチョイスだよ…
別に、若い女の子って生き物に幻想を抱いて生きている訳では無いけれど、見た目は悪くないだけに、若干げんなりしてしまう。
「この前は居酒屋で今日は宅飲みですか?」
アヤメは俺の隣に座る。
「別に、私の自由じゃないですか?」
別に、俺だって咎めてる訳ではない。
ただ、本当にコイツが神だとしたら、酔っ払って世界を作ったんじゃないかって疑念が消えないだけで。
「私だって、ずっと神様な訳では無いんですから、非番も、プライベートも有りますよ。」
「神様って何なの?会社名かなんかなの?」
㈱KAMISAMA的な?
すげー安泰そうだから、株式投資したいレベル。
日本には八百万の神が居るとはよく言うが、シフト制だったとは知らんかった。
まぁ八百万もいるんだから、持ち回りぐらいしないと余りそうだしね?神様。
それに24時間、年中無休で働いているなんて思ってない
というか、定時で働いてるかどうかも怪しいまである。
「まぁ、そんなところです。」
アヤメは袋の中から、チューハイを取り出す。
プルタブをひねると一気に中身を飲み干した。
「プハァー」
「この瞬間のために生きてるって気がします」
完全に中身、オッサン入ってんだろ。
アヤメはおでんの容器を取り出し、
「なにかつまみます?」そんな事を聞いてきた。
中身を見れば、溢れんばかりに、がんもどきしか入ってない。
選択肢ないじゃねぇか、がんも一択だろ。
「大根無いとか、お前とは友達になれないわ」
「私も、人のおでんから大根かっさらってこうとする奴と友達なんて願い下げです。」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺だったら間違いなく絶交だわ、そんな奴
蓋を器代わりにがんもを入れると、俺の方におしやってくる。
「え、箸は?」
「無いですよ?手で食べたらどうですか?」
何この仕打ち、つーか湯気抜きの穴から、汁漏ってるんですけど?
仕方なく、がんもを手でつまむ
「うわ、ホントに手で食べるとか…プライドとか無いんですか?」
言われた通りにやってるのに、その言い草
クソ上司としての才能あるわ。
そんなんじゃ新人育たねぇから?
「プライドくらいあるわ」
なんだったらあり過ぎて困るわ。
ほんとに、困る
ふと、今日のユウキとの会話を思い出してしまう。
誰かに、正直に話せたらと何度思ったのだろう?
そうしたら、こんなにもいろんな事を拗らせなかったと思う。
もう、終わった事だと笑い話にして
どうせ叶わなかったなんて、ちょっと泣いて
そして、忘れて生きていけたのだろう。
「貴方にとって、そんなに大切な事だったんですかね?」
「その初恋は」
本当に、心を読まないでほしい。
メンタリズムなの?
もう流行ってねぇよ
何も言えず、ペットボトルを手で弄ぶ俺に、なおもアヤメは言葉を浴びせる
「そんなに大切だったんですか?」
初恋なんて、そんな綺麗で美しい物じゃ無かった。
ただの自己満足で、押し付けがましいエゴだったと思う。
ただそれでも、青い春なんて呼ばれる時間の全てを
情熱を
それだけの為に浪費して、何も成せずに
今は、色さえ解らない灰色に沈み込んでいる。
そんな事と笑ってしまえるほど、大人じゃなくて
どうせ叶わないなんて思えるほど、賢くなくて
泣いて忘れるには、あまりにも長すぎた。
ただそれだけの話だ。




