81話 卒業式
3月初旬になり、とうとう高校3年生の卒業式の日が訪れた。僕と瑞希は朝食を食べ終わって、制服に着替えてリビングで集まる。僕はスマホを取り出して、瑞希の制服姿を、僕が満足するまでスマホのカメラで連写した。
「そんなにカメラで撮られたら、恥ずかしいよ。蒼、ちょっとカメラで撮り過ぎ」
瑞希が顔を真っ赤にして照れている。
「その高校の制服、新しいマンションへ持って行こう。時々、着てくれると僕は嬉しい」
「蒼、興奮してるのはわかるけど、自分が何を言ってるのかわかってるの? 傍で聞いていると変態だよ」
だって、瑞希の制服姿が可愛いからいけないんだ。もっと鑑賞していたい。
「蒼の馬鹿」
瑞希はそう言うと、エプロンを着けて朝食を作り始めた。2人で朝食を食べて、玄関を出て、2人で最後の登校をする。2人で手をギュッと握り合って登校する。最後の登校だと思うと涙が出そうになる。2人で噛みしめるように1歩1歩を歩んでいく。
途中から瑞希が僕の腕に自分の腕を絡めて寄り添ってきた。僕も瑞希に寄り添って歩く。幸せな時間はあっという間に過ぎていってしまう。気づけば校門がすぐ前に迫っていた。校門に立っている先生達も今日は暖かい目で見守ってくれている。
僕達は靴箱の所で見つめ合う。瑞希は優しく僕をみて微笑んだ。僕達は靴箱の前で分かれた。
教室に入って自分の椅子に座ると、咲良が既に涙を溜めてハンカチで目元を拭いている。芽衣が僕に近寄ってくる。
「今日は3年生の晴れ舞台よ。蒼も泣きたくなると思うけど、なるべく小さい声で泣きなさいよ」
僕が泣くのは芽衣の中では既定路線なのか。確かに泣いてしまうかもしれないけど、大声で号泣はしないから安心してほしい。
蓮が久しぶりに僕に近づいてくる。
「とうとう瑞希姉ちゃんが卒業するな。なにかとうるさい姉ちゃんだったけど、いなくなると思うと少し寂しいな」
蓮もなにか思いに耽っているようだった。
「2年生は体育館に集合してください」というアナウンスが流れる。僕達は体育館に集合する。その後に3年生が列をなして、体育館の中央を歩いて自分達の席に座る。
また、校長先生の長い話が始まった。とにかく話が長い。それが終わったと思ったら来賓の方々のスピーチが始まった。思わず眠ってしまいそうだ。
次に藤野香織が檀上に上る。そしてマイクの前で一礼をする。
「3年生の先輩方、今日という卒業式を迎えられたこと、心よりお喜び申し上げます。先輩方々が卒業されることで不安と心配が胸を過りますが、これからは私達2年生が3年生になって、下級生を引っ張っていく責務があると思っています。卒業されていかれる先輩達に恥じぬよう、胸を張って報告できるように、精一杯、最上級生として責務を果たしていく所存です。3年生の先輩方々とのお別れは、胸に詰まるものがありますが、これも卒業ですから仕方ないことだと思います。これから先輩方々はそれぞれに新しい未来に旅立たれることでしょう。その未来が輝かしいものであることを信じて疑いません。今までありがとうございました。送辞、2年生代表、藤野香織」
体育館の檀上でマイクの前に瑞希が現れた。凛としたすがたが凛々しい。
「私達3年生は今日でこの学校を卒業することになりました。思い返せば1年生の時はどんな友達ができるかな、どんな部活があるのかな、どんな先輩達がいるのかなと、不安と好奇心で一杯だったような気がします。2年生になると学校生活にも慣れ、友達や知人、先輩、後輩も増え、先生方々とも親しくなり、楽しい学生生活を送ってきました。3年生になり最上級生となった責任と受験生というプレッシャーに心も体も緊張する日々でした。しかし、今、この卒業式の日を迎えて、全ての日々が無駄ではなかったと確信して言えます。2年生の皆さんも来年は最上級生となり緊張の毎日が続くこととなると思いますが、最上級生であるという自信と誇りをもって1年間を頑張っていただきたと思います。今日までご指導いただいた先生方、本当にご指導、ありがとうございました。先生方々のご指導があったからこそ、私たちは無事に卒業できることができました。本当に感謝いたします。
この言葉をもって答辞の言葉とさせていただきます。答辞、3年生代表、千堂瑞希」
3年生からも2年生からも拍手が沸き起こった。琴葉ちゃんはハンカチで涙を拭いている。
3年生の1人1人が名前を呼ばれて卒業証書を受け取っていく。体育館の中からは女子の泣いている声が聞こえてくる。僕も瑞希のことを思うと泣きそうだ。3年6組の番が回ってきた、瑞希は凛々しく、そして上品に卒業証書を受け取っていく。
藤野健也が卒業証書を受け取った。そのまま大人しく檀上を降りていくのかと思えば、壇上にあったマイクを手にもって両手を広げる。
「藤野健也だ。今日で僕はこの高校を卒業することになった。僕という光が失われたことで、下級生の皆の中には失意に沈んでいる生徒も多いと思う。その生徒達には大変、申し訳ない。しかし、僕の光は君達の心の中で輝き続けている。そのことを覚えていてくれたまえ。藤野健也は永遠に不滅さ。レッツ・ミート・アゲイン」
多くの先生が壇上に上がって、藤野健也を連行していった。最後までお騒がせな奴だ。それでも自分を貫きとおす姿勢は、少しは見習ったほうがいいのかな。
女子生徒の中には「健也様ー」「最高ですー」とう声も聞こえる。受け取り方にも色々とあるもんだ。藤野健也、2度と会いたくない相手だった。さようなら藤野健也。2度と僕の前に姿を現さないでほしい。卒業式が藤野健也のせいで滅茶苦茶になってしまったよ。僕の目から涙も出なくなった。
長い卒業式が終わり、僕達は自分の教室へ帰って、自分の席に座る。咲良が潤んだ目で僕を見ている。
「瑞希先輩の答辞の言葉、何も見ずに話していたけど、即興で話をされたのかな。凄いな。やっぱり尊敬するわ」
そういえば家で答辞の練習をしている所を見たことがない。たぶん即興でオリジナルで話したんだろう。瑞希らしいや。でも、皆の前で度胸あるよな。藤野健也に負けるけど。
僕は席を立つと、2年4組の藤野香織の席に向かった。
「素晴らしい送辞だったな。よくやったと思うよ。香織はよくやった。褒めにきたんだよ。ただね・・・・・・・」
「それ以上は言わないで。身内の恥だから、健也お兄様って、やっぱり変ね。私はなぜ、あんなお兄様を崇拝していたのかしら。今となっては恥ずかしいわ」
「誰にでも間違った時期はあるよ。これから香織も学校生活を楽しんでいけばいいんじゃないかな」
「ありがとう、蒼大。そういえばお母様が、また是非に蒼大に会いたいって言ってたわ」
慎んでお断り申し上げます。あんな心臓に悪い思いは2度としたくないからね。僕は香織に自分のクラスへ戻ると言って、2年4組の教室を出て、自分の教室へ戻った。さすがの香織も藤野健也には参っているみたいだ。
HRが終わり、校舎を出ると3年生の先輩達が2年生の後輩達と写真撮影をしていた。藤野健也の周りにも多くの女子生徒が群がっている。なんで人気があるんだろう。さすがイケメンとしか言いようがない。
僕は瑞希とお姉ちゃん達の所へ向かう。お姉ちゃん達はそれぞれ、僕に抱き着いてくる。そして頬に涙が伝っている。楓姉ちゃんと恵梨香姉ちゃんは電車で1時間ほどの距離にある地元の大学に合格していた。美咲姉ちゃんと凛姉ちゃんは、瑞希と同じように都会の大学に合格していた。
僕達はスマホで撮影会をして、皆で喜びを分かち合った。芽衣と咲良が僕達のいる場所に歩いてくる。
「今日は3年生の卒業式で、マスターが夜まで喫茶店を貸し切りにしてくれているわ。今日は咲良や悠、蓮、莉子、瑛太、崎沢結花さんも参加するわ。もちろんマーくんもタッくんも待ってるわよ。なるべく早く来てね」
芽衣はそういうと校門へ向かって歩いていった。芽衣と咲良の他にも悠達も一緒に喫茶店に向かう。
「私達も喫茶店へ向かいましょうか。今日が3年生最後の日だもん。記念すべき日にしたいわ。早く喫茶店で騒ぎましょう」
僕と瑞希とお姉ちゃん達も校門を出て、喫茶店へ向かった。夜、遅くまで皆で盛り上がったことは言うまでもない。