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79話 センター試験

 瑞希が僕を学校に迎えに来てくれたのは、その日1日だった。瑞希の言葉を借りれば、「蒼のためにならない」ということらしい。

 


「私も蒼と一緒にいたいのを我慢して、毎日家で勉強してるんだから、蒼も少しは頑張って」



 瑞希が久しぶりに瑞希姉ちゃんになったような感じだ。瑞希も強がりを言っているところを見ると、僕と同じくらいのショックを受けているんだろう。だから僕も頑張らないとダメだ。



 家に帰れば瑞希が毎日、料理を作って待っていてくれているんだ。まだ都会に引っ越ししたわけじゃない。まだ僕の近くにいてくれる。僕と一緒にいる。だから僕が先に弱ったらダメになる。瑞希の負担になる。だから、僕も頑張らなと、瑞希が安心して都会にいけるように整えてあげるのが、僕の役目だ。



 僕は毎日、瑞希が家にいることを支えにして学校生活を送っていく。そして学校が終われば喫茶店のバイトへ行き、早めに家に帰らせてもらって、日々を過ごした。



 日々はあっという間に過ぎ去り、瑞希はセンター試験を受けるために近くの街の大学まで出かけて行った。さすがにその日は授業を受けている余裕もなく、だからといって1人で家で待っている勇気もなく、学校に行って、保健室で琴葉ちゃんと話しながら1日を過ごす。



 瑞希から僕のスマホに連絡が入ったのは、学校が終わり、日没になった頃だった。僕は喫茶店のバイトを休んで、保健室で琴葉ちゃんと連絡をまっていた。



 瑞希の声が弾んでいる。受験のプレッシャーから解放されたからだろうか。それとも合格できる自信があるからなのだろうか。僕にはその両方のように聞こえた。



 琴葉ちゃんが瑞希と話したいというのでスマホを渡すと、琴葉ちゃんは笑顔で瑞希と話をしている。琴葉ちゃんも安心したようだ。ありがとう琴葉ちゃん。琴葉ちゃんと話した後、電車に乗って、家にすぐに戻ると言って、瑞希からの電話は切れた。琴葉ちゃんが僕に笑顔を向ける。



「瑞希ちゃん、すごく嬉しそうな声だったわね。瑞希ちゃんのことだから絶対に合格間違いないよ。だって私達の高校の学年NO1の成績だったんだから。瑞希ちゃんなら絶対にやってくれるわ」



 僕も琴葉ちゃんの言葉を聞いて頷いた。



「それにしても、蒼ちゃんの心配性も大変なものよね。瑞希ちゃんのことになったら、頭がいっぱいで授業にも出られないんだから。蒼ちゃん、少しは自分が重症なことを自覚したほうがいいわよ」



 琴葉ちゃんは微笑んで僕をからかう。半分以上は本音だろうな。



 僕は琴葉ちゃんにお礼を言って、学校を出て家路についた。そしてそのまま、瑞希の家に向かう。今日は瑞希の家で夕飯を食べることになっているからだ。雅之おじさんと瑞枝おばさんんと明日香が迎えてくれた。



「さっき、瑞希から連絡が入ったよ。蒼ちゃんにも連絡は入ってると思うけど、受験は上手くいったらしい。まだ結果発表はあるが、ひとまず安心してもいいだろう。蒼ちゃんにも心配かけたね」



 雅之おじさんが僕の肩をポンポンと優しく叩く。



 瑞枝おばさんが夕飯の支度を始めた。明日香が僕の袖を持つ。



「蒼お兄ちゃん、私の高校受験の時も、瑞希お姉ちゃんの時と同じぐらいに心配してね」



 明日香が照れた笑いを浮かべて、僕におねだりを言ってくる。僕は優しく明日香の頭をなでる。



 1時間ほど経つ頃に、瑞希が玄関を開けて入ってくる。外は寒かったのか鼻の頭が少し赤い。それがとても可愛く見える。おかえり瑞希。



「なんとか上手くいったと思う。自信はないけど、なんとかなったと思う」



 瑞希はいつもテストで良い成績を取ったとしても、自信があったと言ったことがない。いつも謙虚だ。それでも、なんとかなったと言った時には、必ず良い成績の時だということを、僕も雅之おじさんも瑞枝おばさんも知っている。本当は瑞希に抱き着いて、おめでとうと言いたいところだけど、家に帰ってからにしよう。この場では恥ずかしい。



 瑞枝おばさんがテーブルの上に夕食を並べていく。5人で夕食を食べて、少し雑談をしてから、僕と瑞希は家に帰った。玄関からリビングへ入ってすぐに僕は瑞希の腰に手を回して、瑞希を持ち上げてグルグルと体を回転させる。



「おめでとう瑞希。受験お疲れ様」



 瑞希は返事の代わりに唇を重ねてくる。僕も嬉しくて唇を受け入れる。僕は唇を合わせたまま、リビングのソファに瑞希を降ろす。そしていつまでも2人で長いキスを交わした。キスが終わると瑞希が顔を赤くしている。



「今日の蒼、いつもより激し過ぎ。ちょっと恥ずかしくなっちゃった」



 瑞希に言われて、僕も顔を赤らめる。



「私、まだ着替えてないから、お風呂に入ってから着替えるね」


「わかった。僕もまだ制服のままだから、着替えてくるよ。お風呂は先に瑞希が入って」



 僕達2人2階へ上がって着替えをすませる。瑞希はお風呂に入っている。僕はリビングのソファに横たわって目をつむる。いつの間にか眠ってしまった。気が付くと僕は瑞希の膝の上で眠っていた。僕が目を覚ますと瑞希がクスクスと笑っている。



「まるで蒼が今日、受験をしてきたみたい。蒼のほうが疲れてるなんておかしいね」


「そう言わないでよ。今日は心配で授業にも出られなかったんだから」


「また、保健室に逃げ込んでたのね。最近、蒼、サボり過ぎだよ。内申が低くなるから、きちんと授業は出ないとダメよ」



 確かに最近の僕は保健室へ逃げ込み過ぎてるよな。すこし反省しないといけないね。



「僕もお風呂に入って来るよ」



 僕はお風呂に入ると言って、瑞希のお説教から逃げた。その様子を見て、瑞希がクスクスと笑う。そんなに笑わないでよ。恥ずかしい。



 お風呂からあがって、リビングを見ると瑞希の姿はなかった。僕が自分の部屋に入ると瑞希はベッドの中に丸まっている。僕もすぐにベッドの中へ潜り込んだ。



 瑞希の大きな瞳と目が合う。瑞希がポツリポツリと語り始めた。



「本当は今日、答案用紙を白紙で出すつもりだったの。そうすれば、この街から出て行かなくてもいいし、蒼と離ればなれになる必要もないし、この家でずっと蒼と一緒に暮らせるから」


「うん」


「でもね、そんなことをすると蒼に迷惑がかかると思って、受験はしっかりと受けてきた。だって都会がイヤになったら、蒼とずっと暮らしたくなったら、大学を辞めればいいだけのことだもん」



 瑞希の意思を聞いて、正直、驚いた。瑞希のことだ、全部、本音で話している。そのサッパリとした考え方に驚かされる。僕では到底、考えもつかないことを、簡単に考えて、行動しようとする瑞希に驚く。



「大学に合格したら、絶対に辞めないでね。僕が一生懸命に勉強して、瑞希と同じ大学に行けばいいだけだから」


「うん、今はそのつもりでいるし、大学に合格したら都会には行くつもり。だって私がこの街に残っても、蒼が大学に合格して都会に行っちゃうかもしれないから」



 そうだよね。僕は男だから仕事をしないといけない。選択肢は多くあったほうがいい。僕なら大学進学を選ぶだろう。瑞希はそこまで考えていたのか。瑞希はさすがに頭がいいな。僕はそこまで考えていなかったよ。



「1年後には2人で都会で暮らそう。一緒に大学生活をしよう」


「蒼、前にした約束覚えてる?」


「もちろん覚えてるよ。僕が大学に合格したら結婚する約束。忘れたりしないよ。約束は守る。僕も瑞希と一緒にいたい」


「うん」



 僕が瑞希の体を引き寄せると、瑞希が僕に抱き着いて、鼻先を合わせて満開の笑顔を見せる。この笑顔が僕の幸せだ。だから絶対に来年は僕が頑張って大学に合格しないといけないな。



 僕達は眠りに着くまで、互いに抱き合って、何度も長いキスを交わした。



 それから数日後に瑞希の合格が決まった。おめでとう瑞希。一緒に居られる、残り僅かな日々を大切にしていこうと僕は心に誓った。

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