75話 除夜の鐘
大晦日になった。僕は芽衣と2人でバイト先の喫茶店のホールを見渡している。今日で今年も終わりかと思うと感慨深いものがある。喫茶店も明日から5日間は休業だそうだ。
店にはお姉ちゃん達とマーくん、タッくん、弥生さん、葵さん達が顔を出して、それぞれの席で、ケーキセットを食べて楽しんでくれている。
葵さんには電話でちょくちょく連絡していたので、瑞希と付き合ったことも知っている。瑞希と付き合った時は我が事のように喜んでくれて、スマホの向こうで号泣し、宥めるのが大変だった。
弥生さんは1週間に1度くらいの感覚でマーくんを呼び出して、遊びに連れていっているらしい。遊び代は全てマーくん持ちだと笑って話してくれた。弥生さんは知らないみたいだけど、マーくん相当、弥生さんに惚れこんでいるみたいだ。弥生さんとどんなデートをしたのか逐一で僕に報告してくる。デートの楽しさを誰かに話したいんだろうな。マーくんの無邪気な笑顔を見ると、話を聞いてあげるしかないと思ってしまう。
葵さんと弥生さんは自分達の務めている店の大掃除があると言って、「良いお年を」と言って去っていった。
喫茶店の大掃除は皆も手伝ってくれることになって、ずいぶんと隅々まできれいになって、新年を迎える準備ができあがったような気がする。手伝ってくれて、皆、ありがとう。
少し時間が遅くなったので、僕と瑞希は芽衣の家まで、芽衣を送ってから家に帰る。2人寄り添って歩く散歩道はとても楽しく、家に帰るのが勿体ないほどだ。
この街に転校してきてから、ずいぶん色々な出来事が起こり、多くの人達と仲良くなることもできた。僕にとっては収穫の多かった1年といえるだろう。父さんの親戚の家を転々をしていた頃と大違いだ。
そしていつも、その中心には瑞希がいる。いつものふわりと優しい微笑みで僕を待ってくれている瑞希。すごく愛おしい。いつもありがとう。瑞希がいるだけで世界が明るくなり、僕は幸せに包まれる。
ゆっくりと時間をかけて家に向かってあるく。路地の公園で立ち止まり、ブランコに乗って夜空を眺める。空には所々、雲がかかっているが、その向こう側に満天の星空が輝いている。
こうやって、この公園で瑞希と2人でブランコに乗って夜空を眺めるのは何回目だろう。この公園も僕達の大事な思い出の場所になっていると感じる。瑞希の吐いた息が白く、気温の低さがよくわかる。でも、2人でいれば、なぜか温かい。心が温かいと、体の温度も温かくなるものなのかな。
「家に帰りたくない」
瑞希が小さい声で呟く。
「うん」
僕も瑞希と2人の時間をもっと長く過ごしたいと思った。満天の星空の下、僕達は小さな公園で星空を見ながら、黙っている。黙っているけど、会話しているような、そんな心地よい雰囲気が僕達を包み込む。
いつまでもこうしていたけど、瑞希が風邪をひいたら大変だ。僕はブランコを降りて、瑞希に手を差し出す。瑞希は僕の手を持って、僕の体を引き寄せると唇を合わせた。時間を忘れたように僕達は抱き合う。
このままだと朝まででも帰ることができない。僕は瑞希と寄り添って、公園を出て路地を歩く。家の前を通っている道路に出て、歩道を歩いて家に着くと、家の中の明かりがついていた。
鍵を開けて中にはいると、明日香がリビングでお菓子を食べて、テレビを見ている。その無防備な顔を見て、思わず笑みを零す。
「蒼お兄ちゃん、人の顔を見て笑うなんて、失礼なんだよ」
「ごめん。平和そうにお菓子を頬張っている明日香の顔が可愛くて笑っちゃった」
明日香が頬を膨らまして、テレビを見る。僕は明日香の頭をなでる。台所から瑞希の「ヒッ」という小さな声が聞こえた。すぐに台所に駆け付けると、キッチンコンロの上にフライパンがあり、その中に炭化した物体が自己主張をしている。
「瑞希お姉ちゃん、ごめんなさい。帰りが遅いから、何か食べ物を作っておこうとしたけど、失敗しちゃった」
この物体を見ただけで、明日香の料理の腕前がわかる。まだ僕のほうが上手いのではないだろうか。まだまだ、明日香の料理を作らせるのは危険だな。もっと料理を練習して慣れてもらわないと、僕の胃腸が危ない。
瑞希がエプロンをつけて、明日香がやりちらかした料理の残骸を片付けていく。そして慣れた手つきで夕飯のおかずを作っていく。今日はエビフライとポテトサラダとポタージュスープだ。見ているだけでも美味しそうだ。
今日は台所のテーブルに3人座って、夕飯を食べる。明日香がすごく嬉しそうな笑顔で頬張っている。そんな明日香を瑞希はとても優しい目で見つめている。こうやって見ると本当の姉妹のような仲の良さだ。
夕食を食べた後は順番のお風呂に入って、リビングでテレビを見て過ごす。3人隣合わせになって、リビングでテレビを見るなんて、何カ月ぶりのことだろう。明日香が僕と瑞希に挟まれて、照れて俯いている。その姿が可愛い。瑞希も明日香の髪を何回も梳いて遊んでいる。
テレビでは大晦日の特番が流れている。僕達は見るともなく、見て、聞くこともなく、聞いている。ただその時間の流れが大切で、とても愛しい時間のように感じる。
いつまでもこの雰囲気が3人を包んでいてくれたらいいのにと、思わず願ってしまう。
時計が夜10時の針を指すと、明日香がソファから立ちあがった。
「雅之おじさんと瑞枝おばさんと一緒に年越しする約束だから、蒼お兄ちゃんと瑞希お姉ちゃんは2人で仲良く年越しをしてね」
明日香がふわりと笑って、僕達を見る。僕達2人に気を遣っているのだろう。できた妹だ。明日香は手を振って「良いお年を」と呟いて、家を出て行った。僕達も明日香が出て行くまで、笑って手を振る。
明日香が去ったので、テレビの電源を消して、1階の部屋の明かりも消して、間接照明だけにして、2人でリビングのソファに寄り添って座る。瑞希は僕の肩に顔を置いて、上目遣いで目を潤ませて僕を見つめる。僕はそっと抱き寄せて唇を重ねる。
時計の針が11時20分を指した。瑞希が何も言わずにソファから立ちがあると、台所に行ってエプロンを着ける。年越しそばを作ってくれるみたいだ。僕は瑞希と寄り添っているほうが良かったのに。でも瑞希の心配りだから、ありがたくいただこう。
年越しそばができて、僕達はリビングのテーブルで年越しそばを食べる。
「これを食べないと大晦日っていう感じがしないのよね」と瑞希が笑う。僕も笑顔で「そうだね」と頷いた。
年越しそばを食べ終わって、2階へのぼると瑞希は自分の部屋に入っていった。何しに行ったんだろうと、自分の部屋のベッドの上で寝転んでいるとネグリジェに着替えた瑞希が、1冊のアルバムを持って部屋に入って来た。そして部屋の明かりを消して、間接照明にかえる。瑞希が持っているアルバムには見覚えがある。瑞希の部屋にあった昔の写真が載ったアルバムだ。
僕達2人はベッドの上で寄り添って、アルバムを開く。アルバムの中では、幼い瑞希が常に幼い僕の手を持って、にっこり笑って写っている。アルバム全てに僕と瑞希が写っている。
僕は父さんの親戚の家を転々としている間にアルバムを紛失していたが、瑞希は大切に持っていてくれたらしい。瑞希がアルバムの写真の話をしてくれる。瑞希の心の中には僕達2人の幼い時の思い出が詰まっているようだ。僕は瑞希の話を聞いて頷くと、瑞希は嬉しそうな顔で微笑んでくれる。
2人でアルバムに見入っていると、どこからともなく除夜の鐘の音が小さく部屋に流れ込んでくる。時計を見ると針が12時を回っていた。
瑞希が僕にもたれかかったまま、目を伏せて、「今年もよろしく、蒼」と小さく呟いた。僕も瑞希の頭に顔を預けて、「こちらこそよろしく」と答えると、瑞希が上目遣いの視線を僕に向ける。目が潤んでいてとても美しい。
僕達はアルバムを閉めて、ベッドの下へ置く。そしてベッドの中へ潜り込む。瑞希が僕の腰に手を回して、僕を抱き寄せる。
「12時前から蒼と抱き合っていればよかった。そうすれば2年分抱き合えたのにね」と言って笑顔を零す。
除夜の鐘の音が微かに聞こえる部屋の中で、「これからもずっと一緒だよ」と言って、僕は瑞希を抱き寄せた。
潮ノ海月でございます。
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