71話 瑛太の頑張り
最近では、僕は瑞希と堂々と付き合えるようになって浮かれていたのかもしれない。お姉ちゃん達にも遊んでもらって浮かれていたのかもしれない。だから、瑛太のことを、大事な友達のことを放置していた自分に気づいていなかった。
瑞希との楽しい昼食を済ませて、教室へ帰ろうとした僕は自販機で大量にジュースを買っている瑛太と出くわした。
「瑛太、これ全部、お前が飲むの? 飲みきれないだろう。それに持つのも大変そうだね。僕も持ってあげるよ」と瑛太に声をかけると瑛太は顔を引きつらせて無言で逃げていった。何か僕にマズイ所を見られたというような感じだ。
僕は瑛太を追うようにして教室へ入る。そして、瑛太が誰にジュースを渡しているのかを見ると、同じクラスのチャラグループの#田垣桃花__タガキモモカ__#と#桜木由梨__サクラギユリ__#の女子グループだった。
2人はシャツのボタンを2つ外して、スカートの丈をすごく短くして履いている。机に座っているのでスカートの中身が見えそうだ。態度も悪い。
瑛太が教室に入ってきた僕を見て怯えた顔をしている。僕は瑛太を無視して田垣桃花と桜木由梨に近づく。転校してきてからも、ほとんど話したこともないグループだ。
「あまり話したことないけど、僕は蒼大って言うんだ。瑛太の友達なんだけど。なぜ瑛太が君達のグループのジュースを大量に買ってるのかな? 教えてくれないかな?」
田垣桃花と桜木由梨は目を吊り上げて、僕のことを睨みつける。
「空野蒼大だろ。知ってるよ。あんたは3年の先輩達とイチャイチャしてたらいいだろう。瑛太は私達が可愛がってやってるから、ほっときなよ」
「そうはいかない。瑛太は僕の幼馴染だ。そして友達だ。瑛太がこんなことになっているとは思ってなかった。瑛太をパシリ扱いするのはやめてくれないかな?」
「私達がやらせてるわけじゃないわよ。瑛太が勝手に私達のためにやってくれているんだよ。そうだよね瑛太」
瑛太は顔を蒼白にして、固まったまま何も言えずに立ったままになっている。
「わかったよ。じゃあ、瑛太が君達になぜ、そんなに優しくしているのか理由を聞かせてくれないか?」
「そんなの私達に聞かれても知らないわよ。瑛太のやってることだから瑛太に聞きなさいよ。別に瑛太がジュースを買ってこなくても、私達と仲良くしてくれてる他の友達が買ってきてくれるからいいんだけど」
瑛太が叫ぶ。
「蒼大には関係ないことだろう! 僕のことは放っておいてくれよ!」
正直、ショックだった。瑛太からそんな言葉が出るとは思わなかった。その声を聞きつけて、蓮と悠がやってきた。
蓮があ~あ、という顔をする。
「桃花、由梨、あれだけ蒼大には見つかるなって言ってたよね。大事になるからって注意してたよね。なぜバラしちゃうかな」
蓮のその態度から、ずいぶん前から桃花と由梨が瑛太をパシリにしていることを知っていたようだ。その態度を見て悠が目を吊り上げて、蓮の胸倉をつかんで持ち上げる。
「蓮、お前、瑛太がパシリにされてるのを知っていて見過ごしてたのか? 俺達、幼馴染だよな。友達だよな。友達が苦しんでるのにお前は知らん顔か」
「悠に言われたくないね。最近、莉子ばかりと遊んでいて、教室の中で何が起こっているのかも、全く関心も示さずにいたのは悠のほうだろう。俺に八つ当たりすんな」
悠が蓮の顔面に拳を叩き込む寸前に、僕は悠の拳を掴んで止めさせた。
「蓮には蓮の都合があったんだろう。蓮、聞かせてくれないかな? どうして蓮は見ていたんだい?」
「桃花と由梨が言ってることが本当のことだからだよ。瑛太が勝手に桃花と由梨のパシリをしてるんだから、好きにやらせるしかないだろう」
蓮は悠の怒った顔を見て、怯えているが、殴られることがないとわかると、少し余裕がでてきて、ニヤリと笑っている。
「蓮、お前は情報通だよね。それも女子に関しては、蓮以上に情報を持ってる男子は少ない。何があったか教えてくれないかな?」
「いくら、蒼大の頼みでも、こればかりは言えない」
「わかった。じゃあ、今から保健室に行って、琴葉ちゃんに事情を話して、保健室への出入り禁止にしてもらうから」
僕は身をひるがえして、教室の外へ出ようと歩き始めると、蓮が僕のシャツの袖を引っ張って、それを止める。
「桃花、由梨、お前達には悪いけど、琴葉ちゃんは俺のオアシスなんだ。だから蒼大に全て話すけど、悪く思うなよ」
「使えない男だよ。だから軽薄な男子は嫌いなんだ」
桃花が蓮を睨みつけて苦虫を潰したような顔になる。
「桃花と由梨が虐めているのは瑛太じゃない。#崎沢結花__サキザワユカ__#さんだ。いつも窓際で体を小さくしている、存在感があまりない眼鏡っ子の崎沢結花だよ。瑛太は崎沢さんの代わりにパシリをやっていたんだよ」
崎沢さんを見ると背中を丸くして怯えている。顔が青い。なるほど崎沢さんを庇って瑛太はパシリをしていたのか。その理由まではわからなかったが、優しい瑛太のことだ。虐めがエスカレートしないように自分を犠牲にしたんだろう。
「田垣さんと桜木さん、ダル先生に言って、問題を大きくすることもできるけど、どうする?」
「勝手に言えばいいんじゃない。ダルの奴はやる気ないから、私達、いつも怒られてるけど、それ以上のことにならないからいいわよ」
2人はヘラヘラと笑っている。
「わかった。ダル先生に報告するのは当たり前だけど、生徒会長の藤野香織にも学校で虐めが発生していることを報告しないといけないね。そうなると生徒会も動くしかない。学校の先生全体が動き出すけど、それでいいね」
桃花と由梨の顔が硬直する。そして僕に向けて殺気を放ってくる。
「私達の彼氏が誰だかわかってんの。サッカー部のエースとサッカー部のGKだよ」
「君達の彼氏が誰かなんて僕は知らないよ。丁度いい。僕も元、生徒会長と付き合ってるんだ。それに元、生徒副会長とも面識がある。君達が3年生の先輩に頼るなら、僕も3年生の先輩を頼ることになるけどいいよね」
蓮が観念したように手をヒラヒラさせる。
「桃花と由梨、蒼大が出て来た時にもう、お前達の負け確定してるから。俺も庇いようがない。お前達が崎沢結花を虐めていたのは事実だしな。もう、崎沢結花を虐めるのはやめようぜ。お前達にとって面白くない結果だと思うけど・・・・・・だから蒼大には知られるなって、あれほど注意したんだ」
騒ぎを聞きつけて、芽衣・咲良・莉子も集まってきた。芽衣が胸の下で腕を組んで話を聞いている。咲良は目を白黒させている。莉子は今にも喧嘩を売りそうだ。悠が莉子の頭をなでて、落ち着かせている。
「ちょっと虐めるとビビるから、面白がってただけじゃん。皆、何を真剣な顔をして私達を見てるのよ。私達、そんなに悪いことしてないわよ。からかってただけじゃん」
桃花と由梨はヘラヘラした顔で笑う。突然、瑛太が吼えた。
「いつも、虐めてる奴はそうなんだ。「そんなつもりはなかった」「軽い冗談」「からかっただけ」いつもそう言う。虐められた人の気持ちなんてわかろうとしない。僕は虐められた経験があるからわかる。虐めをされた人間にしか、この痛みと苦しみはわからない。崎沢結花さんがどんな気持ちで学校に来てたか、お前達にわかるか。崎沢結花さんが毎日、どれだけ苦しんでいたかわかるか!」
いつも冷静な瑛太にしては、珍しく興奮している。
「崎沢結花さんが虐めにあってるってわかったのは最近だよ。ノートや教科書に卑劣なことを、油性ペンで書かれて結花さん、ポロポロと泣いてたよ。毎日、泣いてた。だから僕が身代わりになってパシリになってたんだよ」
瑛太の言葉を聞いた崎沢結花さんが大声で泣き出した。どんな心境で泣いているのかはわからなかったが、机に突っ伏して、顔を隠して泣いている。
「ノートや教科書に油性ペンで悪口を書いているのは悪質としかいえないね。現、生徒会長の藤野香織に言って、学校の教師全員に動いてもらうことにしよう。自分のしたことを反省したほうがいいと思うよ」
僕は桃花と由梨に向けてニッコリと笑った。芽衣が口を開ける。
「蓮、あなたは軽薄だけど、そんなことに加担していたなんて最低ね。私の近くには来ないでちょうだい」
「芽衣、許してくれよ。俺は黙っていただけで、何にもしてないよ。だから許してよ」
蓮が芽衣に頭を下げて、謝っているが、芽衣は聞き入れるつもりがないらしい。
莉子が口を開いて、蓮に追い打ちをかける。
「蓮、このことが2年生女子全員の耳に入ったら、蓮は誰にも相手されなくなるわよ。私、全クラスに友達がいるから、全員に今のこと話すからね」
蓮は必死に莉子にも謝っている。蓮には良い薬だ。
桃花と由梨に僕は最後の言葉をかける。
「今すぐ崎沢結花さんへの虐めをやめたら、問題を大きくしない。もし続けるのなら、現、生徒会長に言って、学校全体の問題として取り上げてもらう。そうなれば全教師が動き出す。ダル先生も怒られるだろうね。そうなったらダル先生も厳しくするしかなくなるだろう。今までのようにはいかないよ。どうする? 虐めをやめるかな?」
桃花と由梨は僕から目を逸らす。
「君達が彼氏を出してきてもかまわない。僕も自分の彼女とその友達のお姉ちゃん達に相談する。君達を絶対に逃がさないよ」
桃花と由梨の顔が段々と蒼白になっていく。
「わかったわよ。もう金輪際、崎沢には近づかない。虐めない。悪さもしない。からかわない。これでいいでしょう」
芽衣が2人を睨みつける。
「蒼がいない時にでも、そんなことがあったら、私達が蒼に報告する。瑛太も報告する。わかった」
桃花と由梨がとうとう泣き出した。教室の生徒達は全員2人を見ていたが、僕達を止めようとするものはいなかった。
桃花と由梨の元へ歩み寄る。
「田垣さんと桜木さんと喧嘩したいわけじゃない。誤解しないでね。僕も転校してまだ少ししか経っていないから、2人のことも良く知らないし、2人が虐めに走ったのにも訳があると思うんだ。もし、よかったら、友達になってくれないかな? 2人のことをもっとよく知れば、相談にものってあげられると思うから。お願いできるかな?」
桃花と由梨の前に手を差し出した。2人は僕の手を握って泣き出した。
昼休憩の終わりのチャイムが鳴り、科目担当の先生が入ってきて、僕達の状況を見て驚いている。
芽衣が「もう問題は解決しました。すぐに席に着きますから、もう少し待ってあげてください」と頼んでくれている。
桃花と由梨は泣き止むと自分の席へ戻っていった。僕達も席へ戻る。瑛太が僕の肩を叩いて「ありがとう、蒼大」と笑った。
その日の放課後から崎沢結花さんと瑛太が一緒に帰る姿が見られるようになり、僕は田垣さんと桜木さんと友達になり、桃花、由梨と呼ぶようになった。そして、時々、桃花と由梨から彼氏の相談を受けるようになった。