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64話 マスターの笑顔

 家に帰ってから、幾度となく芽衣のことを説明し、ある程度の納得を得ることができた。最後まで「私がケーキを作れば問題ないのよ」と豪語していた瑞希も受験の2文字には弱かった。



 中間テストが終わり、文化祭が終わると、期末考査となる。期末考査が終わった段階で、最終的な大学の志望大学が絞られる。瑞希は粘りに粘って、まだきちんんとして進路指導を出していない。



 瑞希の心の中では高校を卒業した後に1年間、浪人すればいいと思ってるかもしれないが、僕も雅之おじさんも瑞枝おばさんも担任の先生も猛反対している。



 都会の大学へ進学すれば、この街から片道5時間の距離になる。ちょっとした小旅行だ。瑞希が嫌がるのも無理ないが、やはり大学は、都会の良い大学に通ったほうがいいだろうと、雅之おじさんも瑞枝おばさんも内心では思っている。担任の先生は露骨に大学のパンフレットを突きつけてきている。



 一応、まだ中間考査のテストが終わったばかりのなので、進路指導については12月にある最終の進路指導まで持ち越された。



 瑞希は怒って、進路指導室でもう少しで暴れだす所だったが、僕がいることで何とか制止した。しかし唇を突き出して不満を露わにしている。



 帰り道の瑞希は不機嫌だ。まだ進路指導でもない時期に、進路の話をされたのだから怒るのも無理はない。



「それだけ瑞希のことを期待しているということだよ。何も言わないけど、雅之おじさんも瑞枝おばさんも、瑞希に大学に進学してほしいと思ってると思うよ」



 瑞希は僕の手に自分の手を絡ませて身を任せてくる、寄り添い歩きながら瑞希が「私が1年間も家にいなくて、蒼は平気なの? 私が遠い都会の街で独り暮らしをしても、蒼は平気なの?」と聞いてくる。



「平気じゃないけど、我慢しなければいけないことだと思ってる。それに瑞希がある程度、ランクを下げた大学を受けてくれていたら、僕も同じ大学に通える可能性は十分にあるからね」



 瑞希が本気の実力を発揮して大学を受けた時には、僕が同じ大学へ入学するのは無理だ。瑞希には悪いけど、程度、妥協してもらうしかない。



「そんなことを言ってるんじゃないの。私がいなくなった家で、蒼はきちんと勉強できるの? 寂しがって、勉強、できなくなるんじゃないかな? 私はそれも心配なのよ」



 確かに瑞希がいなくなると心の穴が開いた状態になるかもしれないが、今の時代、電話、ライン、メルアド、他にも連絡する手段はいくらでもある。どうしても会いたくなったら、都会まで会いにいけばいい。



「大丈夫だよ。目標がきちんとあるんだから、それに向かって頑張っていくだけだよ」



「私が1年間も堪えられなくて、家に戻ってきたら、蒼はどうするの? 一緒に住んでくれるの?」



「都会の家に帰すに決まっているだろう。瑞希を大学に行かせることが最優先だ」



「蒼の意地悪。知らない」

 


 瑞希はとうとう頬を膨らませて、僕から背を向けた。家に帰った僕達は、急いで私服に着替えて、僕は玄関を出る。



「あんまり、無視しないでね。遅くなたら連絡してね」と瑞希の声が聞こえる。



 玄関を出た僕は歩道と歩いて、路地に入り、大通りへ向かう。そして喫茶店に入ると、先に芽衣が店に来ていた。そしてマスターとケーキの話で盛り上がっている。



「どう? ケーキの目途はできてきたかな?」僕は芽衣に話しかける。


「マスターが意外と頑固なのよね。流行りのケーキを教えても、店に合わないとか言って却下しちゃうのよ」

 


 結構、古風で頑固なマスターだから、そんなことを言いそうだよね。



「マスター。マスターから見て、店にあっていないと思うケーキもあるでしょうが、頼まれるのはお客様ですよ。お客様が気に入らなければ、ケーキは売れ残ります。売れ残ったケーキは作らないようにすればいいんじゃないですか? はじめは色々とトライするべきですよ」


「蒼大くんの意見も一理あるな。色々な種類を置いてみて、売れない商品を取り除いていけばいいんだ。それは良い考えだね」


「それより、この店のオーブンでケーキは作っていけるの? 大丈夫?」


「マスターがいつもより3時間早く、店に来てケーキの仕込みをすることに決まったわ。明日から調理開始よ」



 僕はカウンターの奥にあるティッシュをの紙袋を6つ抱えて、駅前の広場に向かう。そしてティッシュを配っていく。もうそろそろ1週間ほどティッシュを配っているので、顔見知りになっている人達も多くいる。



「ティッシュお願いします」と言うと、「毎日、ご苦労様」と声をかけてくれる女性の方も珍しくない。女子高生達も僕の周り集まって「ティシュくん、手伝ってあげようか」と声をかけてくれる。丁寧にお断りをして、ティシュを配っていく。約2時間のかからないうちにティッシュは底をつきてなくなった。



 店に帰ってくると店の中は満席状態だ。芽衣も忙しくホールを回っている。



「蒼大もボーっとしてないで、ホールを回って、私はマスターの手伝いをするから」



 芽衣はそういうとカウンターへ消えていった。僕がホールを回ると、駅前で笑みかけたお姉ちゃん達が手を振ってくれている。僕も笑顔で手を振り返す。ティッシュ作戦は上々のようだ。



 芽衣が新しく作った、ミルフィーユや苺のタルトやブルベリーのタルトも大好評だ。次々とケーキセットが頼まれていく。



「蒼ちゃん」と声かけられて、振り向くと葵さんと草薙弥生さんが苺のタルトとブルーベリーのタルトを食べて、アイスオーレを飲んでいた。



「蒼ちゃんがこの店でバイトしてるって瑞希ちゃんから聞いて、様子を見に来たのよ。客席がいっぱいね。私としては以前の静かな喫茶店が好きだったんだけどなー」



 葵さんの言っていることもわかる。以前の店のほうが落ち着きがあったし、店内にジャズピアノの演奏が聞こえて、しっとりした雰囲気を楽しめたもんね。



「この店の人気も一時のことだと思いますよ、また静かな喫茶店に戻る時もありますよ。比較的朝なんて昔のままですよ」


「なるほど、休みの日に朝から来ちゃおうかな。それだと蒼ちゃんに会えないのよね。複雑~」



 葵さんはそう言って、アイスオーレを口にした。草薙弥生さんは僕の顔を見ると肘から上の手を挙げている。



「蒼大くん、久ぶり、明日香ちゃんは元気なの? また洋服を買いに来てよ。弥生さんが見てあげるからさ」


「ありがとうございます。またモールに行かせてもらいます。その時はお願いします」



 そんなことを話していると複数の席から手が上がった。僕は注文を取りにお客様の元へ駆け寄る。そして注文を聞いて、カウンターにオーダーを通す。結構、忙しい。



 夜も8時になり、お客さんの量もまばらになってきた。芽衣がエプロンを外して席に着くと、ケーキのショーケースから、いつくかの売れ残っているケーキを持ってきて、食べ比べしている。自分なりに反省しているのだろう。



「やっぱりタルト系とショートケーキとチョコレートケーキ、ティラミスが良く売れるわね。今度ミルククレープにも挑戦してみようかしら」



「そんなに食べると芽衣、太るんじゃないか? せっかくきれいなスタイルをしているのに勿体ないよ」


「女の子は甘いモノは別腹なんです。それに帰ってから、少しは運動をして体調管理はしてるわよ。蒼大、失礼よ」



 女子に食べ物のことで迂闊な発言をするのは禁止かもしれない。僕は1つ賢くなった。



 マスターが茶色の封筒を2つ持って出てきた。マスターは笑顔で僕達2人に茶封筒を渡す。



「2人のお給金だ。少なくて申し訳ないけど、売り上げが上がった分、少し余分に色をつけてあるから、喜んでくれると嬉しい。これからも2人とも、よろしく頼むよ。明日と明後日は休みだから、この店もゆっくりと営業するつもりだよ。時間があったら寄ってくれたら、奢らせてもらうよ」



 僕と芽衣の制服も来週には出来上がってくるそうだ。芽衣がどんな制服を着るのか楽しみだ。そんなことを考えて、芽衣がジーっと見ていると「瑞希先輩に言いつけるわよ」と芽衣に言われてしまった。



 マスターに「お疲れ様です」と言って、僕達2人は店をでる。帰り道は逆側になるので、店の前で手を振って別れた。路地と真っすぐ歩いていると風体の悪い2人と出会ったマーくんとタッくんだ。



「蒼大と蒼大の友達のおかげで、喫茶店が盛り返しているって親父から聞いた。ありがとうな。これからは何でも言ってくれ。協力するからさ」


「それじゃあ、マーくんとタッくんにお願いがあるんだけど、一緒に働いている芽衣は美少女なんだよ。ストーカーに襲われるか心配だから、これからはマーくんとタッくんで守って帰ってあげてくれないかな。芽衣を口説くのは禁止だからね」


「わかったよ。店の恩人を口説いたりしないよ。俺達に任せておけ、護衛は俺達は得意だ。絶対に安心させて家まで送り届けるよ」



「じゃあ、また月曜日にねー」と言って、僕は手を振って2人から離れて、路地を帰っていった。



 2人はいつまでも手を振っていた。よほど喫茶店の売り上げが上がったことが嬉しかったのだろう。僕は路地を急いで抜けて、道路に出て、歩道を歩いて、自分の家に到着する。リビングへ入ると瑞希が抱き着いてきた。



「今日のおかずは、蒼の大好きなハンバーグと目玉焼きだからね。お腹空いたでしょう」


「うん、お腹空いた。すぐに食べたいな」


「もう少し、こうしていて、蒼が帰ってくるの、ずっと待っていたんだから。寂しかった」



 瑞希は僕の首に手を回すと僕を抱き寄せて、僕の唇に自分の唇を合わせた。そして僕も瑞希を抱き寄せて、2人で長いキスをした。

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