63話 マスターと芽衣の相談
マーくんの頼みで喫茶店でバイトをすることになったことを瑞希に説明する。瑞希はマーくんの家があのピアノジャズの流れる喫茶店だとは知らなかったらしい。あの店は瑞希もお気に入りだ。理由は1つ客が少ないからだ。
しかし、客が少なすぎて、店が潰れかけていると聞くと、瑞希は自分もバイトすると言い始めたが、瑞希は受験生だ。バイトをさせるわけにはいかない。もう高校3年生の2学期も中盤に入っている。瑞希には受験勉強を頑張ってもらわないといけない。
「ううん、瑞希は今は受験勉強に集中して。喫茶店のほうは僕が何とかするよ」
僕はそう言って、この話を切りあげた。瑞希のことだから絶対にバイトをするの言いかねない。
「わかったわ。蒼の言う通りにするね。私も受験生だもんね」
2人で夕飯を食べて、それから後は勉強することになった。瑞希は自分の部屋で勉強をしている。僕は自分1人でなるべく問題を解いていてく。わからない問題は飛ばしてこなしていく。わからない箇所は後程、瑞希に聞いて教えてもらう。
夜10時になったので就寝する。僕は瑞希に抱かれて微睡んでいく。朝、早くに起きて、勉強の続きをする。その間に瑞希がお弁当の用意と、朝食の用意をしてくれる。2人で朝食を食べて片付ける。そして自分の部屋で制服に着替え、鞄を持って、瑞希を2人で外へ出る。学校まで手を繋いで登校するのが常になった。
2人で仲良く手を繋いで校門を潜って、校舎の中に入って、瑞希と分かれる。僕が2階の自分の教室に行くと、既に芽衣は登校していた。
僕は手を振って芽衣に近づく。芽衣も笑顔で手を振ってくれている。
「昨日の件なんだけど、私に用事がある内容を教えて教えてほしいわ」
余計なことを聞かないで、要点をきいてくるあたりが芽衣らしい。話が進むから助かる。
「ああ、芽衣って料理が上手だろう。いつも自分でお弁当を作ってきてるしさ。ケーキ作りもできるのかな?」
「ケーキは材料の量と配分は難しいけど、慣れれば誰でも簡単に作れるものよ。難しいケーキは無理だけど」
へえ、ケーキは材料の量と配分が難しんだ。料理みたいに感覚で作ると大怪我をするんだな。
「昨日、芽衣達がきた喫茶店、ケーキの量はどう思う?」
「種類は少ないわね。もっと種類があってもいいと思う。女の子は甘い物は別腹だから」
「うん、それで喫茶店のマスターにケーキを教えてあげてほしいんだ。後ウェイトレスのバイトも頼みたいな」
「そんなこと蒼大が勝手に決めていいの? マスターから許可を取っていないんでしょう?」
「芽衣がケーキを作るのが上手くて、新しい種類のケーキを作れるとなると雇ってくれるよ。それに芽衣がウェイトレスになると、芽衣は美人だから、男性客も多く入ってくるようになると思うんだ」
芽衣はクールビューティーな美女だ。それに胸には楓姉ちゃんに匹敵するぐらいの胸がある。男性を悩殺するのは間違いない。
「蒼大は私を喫茶店のアルバイトに勧誘しているのね。咲良は無理なの? 咲良はまだ蒼大のことを想ってるわよ」
「だから誘えないんじゃないか。咲良には早く僕のことを諦めてもらって、新しい恋をしてほしいからね」
「蒼大、一応、私も蒼大に好意を持ってる1人なんだけど、忘れているのかしら?」
「覚えているよ。でも芽衣が盲目な恋なんてするように見えない。きちんと自制するに決まっている。それに僕は既に瑞希と付き合ってる。芽衣が付き合っている人の輪を乱してまで、異性を取るタイプには見えない。だから頼んでる」
僕の言い方に芽衣は呆れている。僕は密に芽衣の驚いたり、呆けている顔が好きだ。良いものを見せてもらった。
「わかったわ。引き受けるかどうか、今すぐ返事はできないわ。放課後になったら、一緒に喫茶店へ行きましょう」
僕は頷いて自分の席に座った。HRが始まり、授業が始まる。僕は授業をきちんと受けていった。
◆
放課後がやってきた。芽衣と一緒に校門を出て、路地を歩いて大通りに出る。
「蒼大と2人で歩くなんて今までなかったわね。手ぐらい繋いでほしいな」
僕は芽衣と手を繋いで路地を歩いて大通りへ出る。大通りを駅に向かって歩いていくと喫茶店があった。僕は芽衣を連れて喫茶店に入る。マスターがニコニコ笑って出てくる。僕も「おはようございます」と挨拶をする。
「この子はなんだい? きれいで可愛い子じゃないか。今日はこのお嬢さんは何かな?」
「ここにあるケーキの種類が少ないので、ケーキのことに詳しい芽衣に来てもらいました。後、芽衣のことを気に入ったらなんですけど、バイトに雇ってもらえないかと思って、もちろん臨時のです。僕も毎日バイトに入れないので。芽衣は美人だから男性客から人気が出ますよ」
マスターは僕の話を聞いて唸っていた。僕はエプロンを付ける。
「僕、駅前でティシュを配ってきますから、マスターと芽衣は色々と相談してみてください」
芽衣がちょっと待ってという顔をしていたけど、僕は無視して、ティシュの紙袋を6つ持って、喫茶店を出て駅前に向かった。駅前に着いた。僕は通行人にティッシュを配り始める「お願いしまーす」と声をかけてティシュを配る。駅を行きかう人々はティッシュを受け取っていってくれる。
なるべく急いでいる人や、何かに集中している人には声をかけない。女性でも男性でも人数の多い方へ声をかける。カップルの時は男性にティッシュを差し出すと、女性の人がティッシュを貰ってくれることが多かった。
段々、ティッシュ配りのプロになりそうだと思いつつ、ティッシュを配っていく。時々、女子大生風のお姉さんに声をかけられた。ティッシュを渡して、少しお話しをして、お店の宣伝をする。たまに男性から声をかけられることもあったが、僕が男性だとわかるとスゴスゴと逃げていった。
ティッシュを配り終えて、喫茶店へ帰ると、昨日よりもお客様の数が増えているような気がする。なぜか芽衣がウェイトレス姿でホールを回っている。
喫茶店へ戻ってきた僕を見て、カウンターの奥からマスターが手招きをする。
「蒼大くんがティッシュを配りに行って、少ししてから、お客様が増えだしたんだ。私1人では対処できないから、今日は臨時のバイトということで芽衣君にもお願いしたよ。蒼大くんのティシュ配りの威力は凄いね」
僕は紙袋をマスターに渡すと、芽衣と交代する。
「いきなりお客様が増えだして、マスターと相談する暇がなかったわ。蒼大はホールをお願い。私はマスターと相談するから」
そう言って、芽衣はカウンターの奥へ入っていった。
店の玄関が開いて、瑞希とお姉ちゃん達だ。皆で大テーブルに座る。そしてなぜか、スマホを取り出して、カメラにして僕のバイトしている姿を写真に収めていく。僕は顔を引きつらせて注文を聞きいく。
美咲姉ちゃんは「私、アイス抹茶オーレとチーズケーキ」、凛姉ちゃんが「アイスミルクティーとアップルパイ」恵梨香姉ちゃんが「私はアイスオーレと苺のタルト」、楓姉ちゃんが「アイスコーヒーとチョコレートケーキ」、瑞希は「私はアイスオーレとショットケーキ」と頼んだ。僕は夢中で注文をメモして、カウンターの奥にいるマスターにオーダーを通す。
「瑞希が蒼ちゃんのバイト姿を見たいっていうから皆で来ちゃった」
美咲姉ちゃんがいたずらっぽい顔をして笑う。絶対にウソだ。
「美咲、話が違うでしょう。皆がバイト先へ蒼の姿を見に行くっていうから付いてきたんじゃない」
大テーブルは大騒ぎだ。他のお客様の視線も集まってきてるから、やめてほしい。僕と瑞希とお姉ちゃん達が騒いでいる間に、スルスルと気配を消して芽衣が扉を開けて、逃げ帰っていった。芽衣、色々な特技を持っているな。
適度にお客様が来店される。適度な感覚なので、店が満員になることはないが、僕が休む暇はない。
お姉ちゃん達は瑞希を置いて、先に店から帰っていった。瑞希だけは大テーブルに座って、僕のほうを見て笑っている。
ずいぶんとお客様が引けてきた。マスターがカウンターの中から顔をだす。すると不思議そうな顔をして瑞希を見ている。
「お久しぶりです。おじさん、マーくんの幼馴染で千堂瑞希です。覚えられてますか?」
「あのお転婆な瑞希ちゃんかい。きれいで可愛くなって、すごく変わったね。女性の成長は早いと言うけれど、本当だね。今日は坊主達は遊びに行っていないよ。何の用事かな?」
「彼氏を迎えにきました」
瑞希姉ちゃんの言葉に一瞬、マスターが固まった。そしてゆっくりと僕を見る。僕はゆっくりと頷いた。
「なるほど、美男、美女のカップルだね。とても似合ってるよ。瑞希ちゃんも迎えに来ているし、蒼大くん、今日は帰っていいよ。急なバイトを押し付けてゴメンね。軌道に乗るまで手伝ってくれないかな?」
「仕方ないと思っています。マーくんとタッくんに頼まれたわけだし、途中で投げ出すのもイヤなので、頑張ります。でも休日はくださいね」
僕はさりげなく、要望をいれておく。そうしておかないと、ずっとバイトに来ないといけなくなる。それはイヤだ。
「わかった。考えておくよ。今日は帰っていいよ」
僕はエプロンを脱いで、カウンターの奥に置くと、瑞希2人で店を出て、駅と反対へ向かうように歩道を歩く。
瑞希が怪しい目で僕を見る。
「さっき、私達が大テーブルで騒いでいる時に気配を消して通り抜けていったのは、2年3組の柏葉芽衣さんよね。どうして彼女がいたの? そして逃げるように帰ったのはどういうわけ?」
さすが瑞希、鋭い。でも僕にやましいところは1つもない。
「マスターがケーキのレシピで悩んでいてね。芽衣がケーキを作れるって言うから、マスターと相談してもらっていたんだよ。後、僕がティッシュ配りをしている間にお客様が多くなちゃって、仕方なくホール周りもしてもらった」
「なぜ私達を見て隠れたのよ」
「僕と瑞希が付き合ってることは芽衣も知ってるからね。変な誤解をされたくなかったんだと思うよ」
誰でも面倒事からは逃げたいもんだ。芽衣の気持ちがよくわかる。
「なぜ、私に相談しなかったのよ。私、ケーキの腕も相当、できるわよ」
「大学受験の真っ只中でしょう。大学受験を控えている人にバイトを頼めるほど非常識にはなれないよ」
「それじゃあ、芽衣さんはこれから、あの喫茶店でバイトするの?」
「それはわからないよ。今はマスターの相談役だから、何とも言えない」
瑞希は僕の耳に口元を持ってきて『私を怒らせるようなことはしないでね』とささやいた。その言葉は僕の心臓に氷の杭が撃ち込まれるような衝撃があった。絶対に怒らせません。
僕達は路地へ曲がって入っていく。細い路地に外灯がポツポツと並んでいる。僕達はその薄暗い路地を2人寄り添ってゆっくりと歩いた。