55話 泣き虫瑞希
僕の体が優しく揺らされる。その揺れが段々と激しくなる。思わず目を開けると瑞希が額にキスをする。
「朝だよ、蒼。今日は良く寝たね。私も朝まで熟睡しちゃった」
昨日の夜は疲れ切って、僕達は早くに眠ってしまったんだった。瑞希は1階へ降りていく。僕は1階へ行って洗面所で歯を磨いて顔を洗う。鏡には瑞希がいたずらでつけたキスマークがすごく目立つ。それも沢山あるからどうしよう。
僕はリビングへ行き。救急箱からバンドエイドを取り出して、洗面所の前でキスマークの上にバンドエードを貼っていく。10枚のバンドエイドはあっという間になくなった。これは困った。仕方なく僕は首の周りに包帯を巻いていくことにした。少しの間の辛抱だ。
教室に着けば、騒ぐ連中もいるだろうが、そんなのは無視すればいい。僕は軽く考えることにした。
すると、瑞希がクスクスと笑っている。
「蒼、その包帯、目立ちすぎ。それだと皆に疑われちゃうよ。私がいいものを持ってるから待っててね」
瑞希は2階の自分の部屋へ何かを取りにいった。しばらくするとリビングへ戻って来る。そして僕の包帯をはずす。まだバンドエイドで隠せていないキスマークが多く残っている。いったいどれだけつけたんだ。
瑞希は僕が貼ったバンドエイドを丁寧に取っていく。バンドエイドを勿体ない使い方をした。そして手に持っていたファンデーションテープを僕の首に巻くように貼っていく。するとキスマークは完全に消えた。よく見ないとファンデーションテープが貼ってあるとはわからない。こんな良いものを持ってるなら最初から出してくれたらいいのに。
「思っていた以上にキスマークがいっぱいだったね。私、相当、皆に嫉妬してたんだね。これで見えないから学校でも大丈夫だよ」
瑞希の独占欲の強さの一端を見たような気がする。それにしても瑞希の鎖骨、きれいだったな。
瑞希が笑って、パジャマのボタンを2つ外して胸元を見せる。そこにはいっぱいのキスマークがあった。
「蒼も私のこと、言えないんだから。こんなにいっぱいキスマークつけちゃって。スケベ」
スケベはお互い様だと思う。昨日の2人の雰囲気はヤバかった。もう少しで流れに飲み込まれるところだった。これからは気を付けよう。少しやり過ぎだよ。
朝食を食べて、僕達は鞄を持って玄関を出る。そしていつものように歩きはじめる。変わったところは瑞希が僕の腕に自分の腕を絡ませて、体をもたれさせて、2人寄り添って歩いているところだ。
路地から莉子と悠が手を繋いで現れた。そして僕と瑞希を見ると呆気に取られている。そして莉子が頬を膨らませて僕達を指差す。
「蒼大、天気の良い朝の中で、なぜ、あなた達2人だけが甘い別空間にいるのよ。私達だってそんなこと、したことないのに。瑞希先輩も蒼大にもたれて寄り添い過ぎです。もう、見てるだけで恥ずかしい」
莉子が僕達を見て「キーっ」と怒っている。僕は悠へ目を向ける。
「莉子が悠と寄り添って歩きたいみたいだよ。悠もしっかりと莉子を抱き寄せないと、莉子に怒られるよ」
「私はそんなことを求めてないわよ。悠と手を繋いでいるだけで十分よ。蒼大達を見てるとアマアマ空間の中で歩いてるみたいって言ってるのよ」
アマアマ空間か。莉子も上手いネーミングをつけるな。瑞希が嬉しそうに僕を見る。
「蒼、私達ってアマアマ空間なんだって。これで他の女子からちょっかいかけられないね。私、嬉しい」
瑞希が喜んでくれるなら、もう少しこのままでもいいか。校門の近くでは腕を放してもらおう。
莉子は怒って、悠の手をひっぱって歩いていってしまった。顔が真っ赤だった。
僕達が寄り添って歩いていくと、登校する生徒達は道を開けてくれる。とても歩きやすい。その中を僕達はゆっくりと歩く。
「蒼、今日、私、朝から幸せ。だって蒼と寄り添って登校できるんだもん。これからも一緒に登校しようね」
毎日、一緒に登校しているよ。瑞希が言いたいのは寄り添って歩きたいということだろう。僕も瑞希と寄り添って歩きたいから、別にかまわないけど。
校門が見えたきた。そろそろ瑞希と手を繋ぐことにしよう。先生達に目をつけられても面倒だ。そんなことを考えていると、美咲姉ちゃんが声をかけてくる。
「今日も暑いと思ったら、気温を上昇させてる2人がここにいたわ。熱い熱い。2人で朝からイチャイチャしてるんじゃないわよ。これはお姉ちゃんとしての注意だから2人とも寄り添うのはやめなさい」
なかなか、僕と寄り添うのをやめない瑞希を強引に引き剥がして、美咲姉ちゃんが僕と腕を組んできた。
「美咲姉ちゃん、さっきと状況、変わってないんだけど。瑞希から美咲姉ちゃんに変わっただけだよね」
「今はそれを言ってはいけないの。私にも蒼ちゃんエネルギーが必要なんだから充填させてね」
瑞希が眉を寄せて、眉をピクピクさせている。爆発数秒前といったところだ。僕は慌てて、美咲姉ちゃんと距離を取る。美咲姉ちゃんは不満そうだったけど、瑞希の顔を見て、いたずらするのをやめた。
「瑞希、ちょっとしたいたずらじゃないの。ちょっとしたお茶目よ。だから許して。蒼ちゃんは瑞希のものだから。そのことはわかってるから、朝から校門で絶叫して号泣するのはやめてね」
美咲姉ちゃんが瑞希姉ちゃんに寄り添って、背中を何回もさすっている。瑞希姉ちゃんが少し冷静になってきた。
その時、僕の両腕が絡み取られた。キョロキョロと見回すと楓姉ちゃんと恵梨香姉ちゃんだった。
「蒼ちゃん、おはよう。蒼ちゃんの両腕が開いていたから、思わず抱き着いちゃった」
楓姉ちゃんが照れたような笑いをして舌をだす。楓姉ちゃんはこんな仕草でも可愛くてエロい。
「蒼ちゃん、私と登校しよ。私はお姉ちゃんだから、蒼ちゃんに付き添っていないとダメなのだ」
恵梨香姉ちゃんが元気よく宣言する。その恵梨香姉ちゃんの頭にチョップが叩き込まれる。凛姉ちゃんだ。
「恵梨香、朝から風紀を乱すな。それと瑞希を見ろ。もう号泣する数秒前だぞ。こんなところで泣かれてみろ。先生達に質問攻めにあうぞ。すぐに瑞希に謝ってきなさい」
凛姉ちゃんの一喝で、楓姉ちゃんと恵梨香姉ちゃんが瑞希の元へ駆け寄って「これは冗談よ」と言って謝っている。瑞希は体を震わせて今にも泣きそうだ。瑞希の近くに行こうかとした時、しっかりと凛姉ちゃんに手を繋がれていることに気が付いた。凛姉ちゃんも瑞希をからかうのにノリノリなんだ。
瑞希は目から涙を流すと、皆を押しのけて、僕に体当たりをしてきた。僕は必死に抱きとめる。衝撃がすごい。抱きとめるのが精一杯だ。
僕は瑞希の背中をさすりながら、校門を潜る。校門に立っていた先生達は怪訝な顔をしているが、呼び止められることはなかった。瑞希が上目遣いで潤んだ瞳で僕に訴える。
「蒼は昨日、私のものだって言ったよね。あの言葉にウソはないよね」
なぜ、そんなに焦ってるの。
「大丈夫だよ。僕は瑞希のモノだし、瑞希は僕のモノだよ。昨日の夜に話したばかりじゃないか。大丈夫だから」
瑞希はそれでも大粒の涙を流している。お姉ちゃんズもからかうタイミングを考えてほしい。朝の忙しい時に瑞希を泣かしてどうするのさ。僕は瑞希が泣き止むまで背中をさすっていた。
すると僕の肩を叩く人がいる。後ろを振り返ると琴葉ちゃんが立っていた。
「昨日は相談の電話をしてすみませんでした。藤野家に行って、両親から藤野健也先輩と達也くんを叱ってもらいました。上手く解決することができました。ありがとうございます」
「いいわよ。それぐらい。蒼ちゃんからの連絡だったらもっと嬉しかったんだけどな」
その言葉を聞いて、瑞希が号泣しはじめた「琴葉ちゃんまで、蒼を狙ってるー」と泣きじゃくる。
琴葉ちゃんが僕の耳元に口を寄せる。
『瑞希ちゃんのことは任せて、蒼ちゃんは教室へ行きなさい。そして授業を受けるのよ。そして1時間目の授業が終わったら、保健室へ来てちょうだい。ファンデーションシールが剥がれかけているわよ。貼り直してあげるから』
僕は思わず首を触って、シールがきちんと貼られているかどうか確認する。シールはきちんと貼られていて、剥がれている場所はなかった。
「あら、ウソがばれちゃったわ。でも休憩時間には保健室へ顔を出してね。瑞希ちゃんは保健室で預かっておくから」
琴葉ちゃんはそういうと泣いている瑞希の背中をさすって、小声で何かを話している。
「琴葉ちゃん、後のことは任せます。1時間目の授業が終わったら、保健室へ行きますから、よろしくお願いします」
僕は琴葉ちゃんに頭を下げて、2階への階段を駆け上った。教室に着いたと同時にHRを報せるチャイムが鳴る。瑞希が泣いちゃった。どうしょう。