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53話 藤野家 後編

 僕はソファから立ちあげり、藤野健也の前に立つ。



「瑞希が藤野健也先輩に会いにくるわけがないだろう。あなたは僕に負けたんだ。瑞希のことは諦めると言ったはずですよね。今すぐ諦めてください。誰にも瑞希を渡すつもりはありません。特に藤野健也先輩には絶対に渡さない!」



 藤野健也が不思議な顔をする。



「確かに僕は君に負けた。だから今まで諦めていた。しかし、瑞希のほうから僕に会いに来てくれたのなら、話は別だろう」



 瑞希がソファから立ちあげる。青ざめた顔をしているが、意識をしっかりと保っているようだ。



「誰が健也に会いに来たって言ったの。私は健也の顔なんて見たくないわ。今日はあなたの弟さん、達也くんの件であなたのご両親に会いに来ただけよ。私、あなたのこと大嫌いなんだから。きちんと理解して!」


「嫌と言っていても、いつかは好きになるものさ。僕のお母さんが良い例だよ。だから僕は父を尊敬している」



 全ての原因は父親か。



 香織のお母さんがため息をついて首を横に振る。



「私だって、この人と結婚するつもりなんてなかったのよ。幼稚園の時から追いかけられていたんだから、怖くて、お付き合いをしただけよ。お付き合ってみたら優しかったから、そのまま結婚したけど、今でも毎日のように後悔してるわ」



 香織のお母さん、こんな時に爆弾発言を投げ込むのは止めてください。そんな話は僕達が帰ってからにしてね。



「健也。どういう勝負を蒼大くんとしたのかはわからないけど、負けたのなら潔く、瑞希さんから手を引きなさい。この家の犠牲になるのは私1人で十分よ。女の子に強引に迫るのはやめなさい。これは母親の私からの命令です。もし、私の言うことが聞けないというなら、この家から出ていってもらいます。それと会社の次期社長の件も白紙にするから、そのつもりで私に歯向かいなさい」



 はじめて藤野健也の歯に輝きに陰りが見える。そして顔も引きつっている。



「蒼大くん達には話しておくわね。私は藤野グループという企業の会長をしています」

 


 そして香織のお父さんが社長をしているという。そしてこの藤野家の全財産は香織のお母さんの名義になっているらしい。香織のお父さんが毎日のように香織のお母さんに色々とプレゼントしている間にこうなってしまったいう。だから藤野健也は香織のお母さんには歯向かえない。



「ですから健也のことで困ったことがあったら、私に相談してください。これ以上、身内の恥をさらしたくありません」


 藤野健也は胸から蘭の花を手品のように一輪取り出して。母親に向けて花を捧げるポーズをとる。


「マミー、僕はマミーのいうとなら何でも従うよ。だから、そんな厳しい処罰はしないでほしい。今日のところは僕が引き下がろう。確かに君に勝負で負けた。だから瑞希を諦めよう。君に勝つことができたら、瑞希を迎えにいく」



 それを諦めてないって世間ではいうんだよ。お前には思考回路はどうなってるんだ。



「私が瑞希さんに迷惑がかかないようにしますから、許してね。私は蒼大くんの味方よ」



 香織のお母さんがまともな人で良かった。香織もお母さんの血を引いていれば、まともな性格に戻るだろう。



 その言葉を聞いて、瑞希は力が抜けたのかソファにもたれかかると、目から涙を流して頬を濡らしていた。よほど怖かったんだろう。明日香がポケットからハンカチをだして、瑞希の涙を拭っている。



「まだ本題の解決がされていません。達也くんと会わせてもらえますか? 明日香の口からはっきりと断りの言葉をいいますから、香織のお母さんは証人になってください。そして明日香を守っていただけませんか?」



「あなた達が来た時からそのつもりよ。藤野家の男子の悪い慣習を正すのは私の務めです。健也、達也を連れてきなさい」



 藤野健也は母親に頷くと、部屋を出て行った。



 しばらすると藤野健也を小さくしたような、中学生の藤野達也が現れた。確かにイケメンだ。笑顔も爽やか。歯もキラリと光っている。確かに藤野健也の弟に間違いない。



 明日香がソファから立ちあがる。興奮で顔を真っ赤にして、目を吊り上げている。



「達也くん、中学へ登校する度に、休憩時間に私を口説くのはやめて。そして放課後に毎日、告白してくるのは止めて! 正直、気持ちが悪いし、友達とも仲良くできなくなった。全部、達也くんのせいよ。もう私に拘わるのは止めて!」



 明日香は達也くんに対して絶叫した。しかし達也くんの爽やかスマイルは健在だ。



「大丈夫だよ。僕とお付き合いすれば、僕がどれだけ素晴らしい人間かわかるから。絶対に明日香は僕のことを好きになる。だって僕のお母様がそうだったから」



 やはり父親が原因か。藤野健也と全く同じことを言うなんて、中学生なのに将来が怖ろしい。



 僕は達也くんの前に立つ。



「僕は明日香の兄で蒼大という。もし妹に毎日のように付きまとうなら、明日香を転校させて、違う中学に通わせる。君もそんなことは望んでいないだろう。だから、明日香に付きまとうのはやめてくれ」



 達也くんは満開の笑顔を僕にむける。



「明日香が転校すれば、僕も同じ中学に転校すればいいだけじゃないか。全く僕には問題ない。行動力には定評があるんだ。僕は明日香のためなら、どこまでも追いかけていくよ」



 香織のお母さんは額に手を当てている。眩暈でも起こしていそうだ。



「達也。いい加減にしなさい。あれほど健也を見習うなと教えてきたはずです。それなのに、あなたは健也を尊敬ばかりして、悪い所ばかりが似てくるわね。明日香さんはあなたのことが嫌いなの。だから告白も断っているの。男子は女子に嫌われていた時には身を引かないといけないのよ。だから明日香さんを諦めなさい」



 香織のお父さんが口をはさんだ。



「達也はまだ中学生だ。まだ子供だ。今の内から女性を口説く訓練をしておかないと、大人になっても良い女性を逃してしまうことにもなる。それに明日香くんはなかなかの美少女じゃないか、達也が追いかけるのも無理ないだろう。両人とも中学のことだし、達也を許してやったらどうだ」



 この父親、一体、何を考えているんだ。お前がそれだから、変な息子しか育たないんだよ。



 香織のお母さんがキっと香織のお父さんを睨む。



「あなた、私に口答えをしていい立場だと思っているの。今日の朝も離婚届に名前を書いてもらったわよね。本気で役所に離婚届を出しますよ。それと藤野グループの社長を解任してもいいのよ。一文無しから1回、人生をやり直してみる? 私は本気よ。あなたはどうするの?」


「マミー、ちょっと達也の味方をしてみただけじゃないか。私も父親として少しだけ発言したかっただけだよ。本気に取らないでくれ。マミーに捨てられたら、私はどうやって生きていけばいいのかわからないよ。そのうえ、社長職まで奪われて、会社を追い出されたら、私は生きていけない。マミーに従うから、どうか許してください。愛してる。だから離婚だけはしないでください」



 香織のお父さんは椅子から倒れると、土下座をして香織のお母さんに謝っている。しかも必死だ。



「わかればいいのよ。あなた。あなたは私の隣で黙って座っていてね。話が複雑になるから」



「はい、マミー」



 香織のお父さんは椅子に座り直して、銅像のように動かなくなった。歯も光っていない。



「達也。明日香さんに迷惑をかけるのはやめなさい。これ以上、明日香さんに迷惑をかけるなら、高名なお寺を紹介してもらって、出家してもらいます。一生、山から出られないようにするから、そのつもりで。お母さんは本気ですからね。これ以上、恥をかかせないでちょうだい」



 達也くんは急にポロポロと大粒の涙を流して、膝から崩れ落ちる。




「マミー、お山には行かさないで。お山はイヤだよ。3年前もお山で1年間も暮らしたんだよ。どんなに寂しかったか。どんなにマミーに会いたかったか。あんなことは2度とイヤだ。明日香のことは諦めるから、お山は止めて」



 お山に1年間も閉じ込めたのか、香織のお母さんも怒ると怖いな。香織もあんな風になるんだろうか。



「あなたがお山に1年間、閉じ込めらえた理由を忘れたわけじゃないわよね。幼稚園の時から幼馴染だった梨花ちゃんを追いかけ回して、一家全員を引っ越しさせたからでしょう。そのことを忘れたとは言わさないわよ。あの時の梨花ちゃんの涙は今でも忘れられないわ。それに慰謝料でどれだけお金がかかったと思ってるの。大人になったら返してもらいますからね」



 幼稚園の頃から女の子を追いかけ回していたのか、父親とそっくりじゃないか。ある意味で藤野健也を越える存在になっていたかもしれない。香織のお母さんの罰は厳しいかもしれないけど、達也くんもやり過ぎだ。



「マミー、僕、2度と明日香を追いかけないし、口説かないし、告白もしない。諦める。だから、お山は許してください」



 僕は安堵の息を吐いた。明日香も緊張が抜けたのかよろよろとソファに座る。瑞希が背中をさすっている。



 香織のお母さんのおかげで全ては丸く解決した。香織のお母さんが常識人で良かったよ。あの父親だけだったら、みんなが被害者になっていたかもしれない。



 香織のお母さんから謝罪として、夕飯でも食べていかないかと誘われた。とても藤野一家と一緒に食事をする勇気はない。僕達は丁寧にお断りをした。



 僕達は香織のお母さんに感謝の言葉を述べて、部屋をでる。香織が玄関まで送ってくれた。香織がニコニコと笑っている。



「蒼大、これで貸し1つだからね。絶対にデートしてね」



 大声で香織がのたまった。瑞希の顔つきが変わる。目が吊り上がている。



「蒼は私の宝物なの。誰にも貸さないわ。今回の件は、そもそも藤野家が問題を起こしたことでしょう。だから解決してもらうのは当たり前です。だから香織さんに借りはありません。だから蒼がデートをする必要もありません。勘違いしないように」



「瑞希先輩も独占欲が強いんだから、少しくらい蒼大を貸してくれてもいいでしょう」



 2人が玄関に着くまでもめていたが、瑞希が勝利したようだ。良かった。香織が恨めしそうな顔で僕を見ている。僕は咄嗟に目を逸らせた。



 玄関から出る時に振り返って、香織に手を振る。



「今回は香織にも手伝ってもらってありがとう。感謝してるよ」


「瑞希先輩に飽きたら、いつでも私に連絡してね」



 瑞希と香織の間で火花が散っている。明日香がそれを見て怖がって、僕の腕にしがみ付く。最後くらいは笑顔で帰りたかった。



 僕達は藤野家の玄関を出て、門を潜って家路につく。



 僕達は幸運にも藤野兄弟に対する切り札として、香織のお母さんと知り合えたことで、この問題を解決することができた。後は雅之おじさんと瑞枝おばさんに報告しないと。



「これで、茜ちゃんとも仲直りができるよな。中学にも行ってくれるよな」


「ありがとう、蒼お兄ちゃん。明日から中学校に通うね。茜ちゃんとも仲直りする。本当にありがとう」



 明日香は向日葵のような笑顔で破顔した。今日1番の笑顔だ。瑞希も優しい笑顔で溢れている。

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