51話 明日香の不登校
体育祭の次の日、振替休日となり今日は休みだ。家でのんびりするつもりでいたのだが、瑞希のスマホに雅之おじさんから、至急、家に来てほしいと電話が舞い込んだ。簡単な用事なら電話で済ませられるはずだ。家まで呼ぶようなことはないだろう。瑞希と僕は電話をもらって、すぐに隣の瑞希の家に赴いた。
インターホンを押すと瑞枝おばさんが微笑んで僕達を迎えてくれる。家の中に入った僕達はリビングに入ると雅之おじさんにソファに座るように勧められて、雅之おじさんの対面に座った。
「実は、ずいぶん前から明日香ちゃんが学校に行かなくなってね。家で塞ぎ込んでいるんだ。私も瑞枝も明日香ちゃんに訳を話すように、私達に相談するように言ってるんだけど、部屋の中にこもったっきり、出てこないんだ」
明日香はこの街の中学に転校してから上手く周りの生徒達と馴染んで楽しそうに中学校に行っていると報告をもらっていたのに、一体何が起きたんだろう。とりあえず明日香の部屋へ行ってみよう。
「僕が明日香から訳を聞いてきます。瑞希はここにいてくれないかな」
瑞希は僕を見つめて頷いた。僕はソファを立って、明日香の部屋へ向かう。明日香の部屋のドアを叩いても、中から返事をする気配もない。
部屋の中に入ると、明日香がベッドの上で三角座りをしていた。
「明日香、最近、中学に行ってないって聞いたぞ。どうしたんだ? 雅之おじさんも瑞枝おばさんも心配しているぞ」
明日香が俯いていた顔をあげて僕を見る。
「蒼お兄ちゃん、心配して来てくれたんだ。私のことなんか忘れられたのかと思ったよ。私が引っ越ししてきてからも、あんまり私に会いに来てくれなかったから」
いやいや、1週間に1回は顔を見に来ているはずだけどな。いきなり八つ当たりをされるとは思わなかった。
「お兄ちゃんが明日香のことを忘れるわけないじゃないか。雅之おじさんと瑞枝おばさんを信頼しているだけだよ。そんなことより、一体、何があったんだ?」
「・・・・・・」
「僕にも言えないことなのかい。僕で役不足なら瑞希にも来てもらうけど」
男の僕には言いにくい話でも瑞希になら話してくれるかもしれない。
「いつから瑞希お姉ちゃんを名前呼びするような関係になったの。もうそんな関係なの? 蒼お兄ちゃん不潔よ」
明日香さん、一体、何を想像したのかな。たぶん明日香のほうがいっぱいエッチなことを想像したと思うよ。お兄ちゃんと瑞希は健全なお付き合いしかしていないし。
「お兄ちゃんは何もしてないよ。ただ瑞希の名前の呼び方を変えただけだよ。瑞希も喜ぶしね」
「2人でイチャイチャしてればいいのよ。私はここでイジイジしてますから」
自分で自分のことをイジイジとか言ってるし、ずいぶん機嫌が斜めなようだ。
「このまま中学校に通わないのはマズイよ。せめて何があったかだけでもお兄ちゃんに教えてくれ。絶対に秘密は守るから」
「絶対に?」
明日香は疑うような目で僕のほうを見てくる。僕はなるべく誠実な目で明日香を見つめ返した。
「あのね、中学校で友達が少しずつ増えていて、とっても楽しかったの」
それは良かった。それがいきなり、なぜ、休むことになったんだ。
「茜ちゃんという子と凄く仲良くなったんだけど・・・・・・」
明日香はそこで言葉を終わらせてしまった。そこから先が肝心じゃないか。
「茜ちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「・・・・・・」
一体、何があったんだ?
「お兄ちゃんも一緒に考えるから、お兄ちゃんに相談してみろ」
「クラスにね。藤野達也っていう恰好いい男の子がいて、みんなに大人気なんだけど・・・・・・その子に告白されたの。茜ちゃん、達也くんのことが大好きで、私が告白されたから絶交だって言われたの」
藤野? 縁起でもない名前だな。嫌な予感がする。
「その達也くんは歯がキラリと光ったりするのか? 爽やかな笑顔が似合うとか?」
「お兄ちゃん、達也くんと会ったことがあるの?」
これはダメなパターンだ。絶対に拘わりたくない。僕の頭の中に藤野健也の爽やかな笑顔が浮かぶ。
「それで、その達也くんからの告白はどうしたんだ?」
「私、断ったよ。だって、あの爽やかな笑顔が胡散臭いんだもん。私の好みじゃないし」
それだったら茜ちゃんと喧嘩になる必要はないな。絶交されることもないはずだ。
「でも達也くん、私が断ってるのに、全く気付いてないの。何回も断ってるのに、毎日のように告白してくるの。だから茜ちゃんが怒っちゃって、私と口を利かなくなっちゃったの。毎日、告白されるのがイヤで、中学に行ってない」
まさか、3人兄弟だったってことはないよな。行動パターンが藤野健也とそっくりだ。嫌な予感しかしない。
「んー、僕の知り合いに似たような先輩がいるんだけど、その先輩も藤野っていうんだよ。偶然って怖いね」
「高校生のお兄ちゃんがいるって言ってたよ。お姉ちゃんもいるんだって、お姉ちゃん、高校で生徒会長してるって胸張ってたよ」
ビンゴだ。間違いない。
僕はすぐにスマホを取り出して香織に連絡をする。すぐに香織がでた。
《あ、蒼大、どうしたのよ。いきなり連絡してきて、デートの誘い? 予定を開けておくから、いつ行くの?》
僕はまだ連絡した内容を何も話してないよ。香織とデートなんかしたら、瑞希に何されるか怖いよ。
《つかぬことをお伺いしますが、香織の兄妹って、2兄妹だよね?》
《違うわよ。4人兄弟よ。健也お兄様、私、達也、信也よ。達也は中学生で、信也は小学生よ》
藤野健也に似た者が後2人も残っているのか。
《実は僕の妹も中学校3年生なんだけど、藤野達也くんという男の子に告白されたらしいんだけど、まさか香織の弟じゃないよな?》
《あー、そういえば、達也がこの前、僕のお嫁さんになる子が決まったって言ってたわ、確か名前は明日香ちゃんって言ってたわ》
《それは僕の妹だ。達也君に毎日のように告白されて、中学を不登校になってる。今すぐ達也君を止めてくれ》
《それは無理だと思うわ。だって、達也って健也お兄様のことを崇拝しているもの。達也の性格は健也お兄様そっくりよ》
これはアウトだ。明日香の通っている中学を転校させたほうがいいかもしれない。
《香織、投げやりな言い方はやめてよ。僕の可愛い妹の明日香が、香織の弟の達也くんに毎日、告白されて中学校に行けなくなってるんだ。お姉ちゃんとして香織が達也くんを止めてくれてもいいだろう。頼むよ。妹の明日香の明日がかかってるんだよ》
《無理だと思うわよ。だって健也お兄様と同じなのよ。あのしつこさは蒼大も知っているでしょう。無視するのが一番よ》
最近、香織も藤野健也への見方が変わったな。もうブラコンではなくなったみたいで良かった。
《その達也くんを好きな女の子がいて、明日香の仲の良い友達らしいんだ。だから友達とも上手くいかなくなってきているんだよ。達也くんを何とかしてくれ》
《健也お兄様の話だったら聞くかもしれないわね。崇拝してるし。蒼大から健也お兄様に頼んでみたら?》
絶対にイヤだ。あの男にだけは頭を下げたくない。拘わりたくない。会話もしたくない。僕の精神がボロボロになるに決まってる。
《とにかく香織から一度、達也くんを注意してくれ。僕も妹と少し話がしたいから電話を切るね》
《わかったけど。絶対に無理だと思うわよ。またね》
香織との電話を切った僕は、無意識に全身から冷や汗が噴き出していることに気が付いた。
「蒼お兄ちゃん、汗でベッタリなっているけど、一体、どうしたの? 何が起こってるの?」
「明日香にはすまないが、この話、瑞希も交えて相談したほうがいい。瑞希も同じ被害者だから」
明日香は不思議そうな顔で僕を見ている。僕ではこの問題を1人で抱え込む勇気がない。早く瑞希の顔を見て癒されたい。僕が幼児退行してしまいそうだ。藤野健也・・・・・・どこまで僕の周りに迷惑をかけるんだ。
どうすればいい? 達也くんが毎日、告白してくるのがイヤで明日香は中学に行かなくなった。仲の良い友達の茜ちゃんとも仲が悪くなってしまった。やはり達也くんをなんとかするしかない。
達也くんは藤野健也と一緒で他人のいうことを全く聞かないタイプのようだ。達也くんが話を受け入れるのは藤野健也の話だけだという。
僕が藤野健也を説得できるか、はたして話が通じるか・・・・・・絶対に無理だ。瑞希には相談するけど、瑞希の説得で藤野健也が理解するとは思えない。また瑞希に付きまとう可能性もある・・・・・・絶対に瑞希から藤野健也に頼むようなことはさせられない。藤野健也のことだ100%勘違いをして瑞希が自分のほうへ振り向いてくれたと思うだろう。それだけは避けないといけない。藤野健也は危険すぎる。
誰に相談すればいいだろう。
この前は芽衣と琴葉ちゃんに相談して、あんな恥ずかしい戦いをして、やっと藤野健也を追い払ったというのに・・・・・・兄弟がいたとは思わなかった。まさか明日香が犠牲になるとは。僕って藤野健也に呪われてるのかもしれない。
僕は深呼吸をして自分を落ち着かせてから、明日香の目を見る。
「明日香を困らせている。藤野達也くん。実はお兄ちゃんの知り合いの弟だった。お兄ちゃんが何とかするから、一応、瑞希にも相談しないといけない。達也くんのお兄ちゃんの藤野健也は瑞希のクラスメイトだから。瑞希に相談してもいいよね。絶対にお兄ちゃんと瑞希で、中学校に通えるようにしてあげるから」
明日香は怯えた目で僕を見ている。僕も心の中では怯えているよ。あの兄弟とは拘わりたくない。
明日香は無言で頷いた。僕は明日香と手を繋いで1階のリビングまで降りていく。リビングに着くと瑞希が心配そうな顔で僕を見てくる。
「第2の藤野健也が現れた」
僕が一言そういうと、瑞希は目を白黒させて、ソファに倒れた。瑞希のトラウマも相当に深そうだ。
どこまで迷惑をかける藤野兄弟。